008 ネクロマンサーとゾンビと錬金術師
元国王は幌車の側に立っていた。
何もせず。
じぃっと魔物が居るであろう方角を見ているだけ。
そしてマリーを除く子供達は、そんな元国王を見ていた。
どんな凄い戦い方をするのであろうかと興味津々の目だ。
元々がこの国には縁もゆかりも無い転生者の勇者が国王まで上り詰めたのだ、その戦い方も普通では無い筈。
大体が転生者が国王に成るなどは前代未聞の出来事の筈だ。
今の時代のこの国でも、転生者に対する差別もいまだに色濃く残っている。
元国王が王に成る前はもっと酷い有り様だったと予想も着く。
それを納得させるだけの強さが有る筈だ。
まあ……元国王は転生者とは言っても召喚者の方では有るのだが……。
どちらにしたって、ロンバルディア人では無いのは確かだし……その区別も今の時代の子供達にとってはあやふやでわかりにくいもの。
ただ100年近く昔の出来事と、国の歴史とそんな感じで、誰かに聞かされた程度だ。
ただ凄い事だと……。
そんな元国王を、生唾を飲み込んだ子供達はその動きを待っていた。
……数分後。
元国王は小さく肩を竦めて、踵を返し。
幌車に両手を掛けて……よじ登った。
そして幌車の中でアクビをしながらに座り込む。
「魔物はどうするのよ?」
痺れを切らしたエルが大きく叫びを上げた。
「倒すんじゃあ無いの?」
ん? な顔の元国王。
もう一度、幌車の中から顔だけを出して。
「もう終わったぞ」
エルにそう告げる。
「あっちで倒れておるから、ゴーレムでも使って引っ張って来てくれんかの……歩いて行くには面倒臭い」
魔物が来るであろう方向を指差して。
「終わったって……もう倒しちゃったの?」
イナとエノは口元を押さえて、驚きの表情。
「何にもしてないのに?」
「あれ? 二匹の魔物が急に倒れたよ」
無線からはエレンの驚きの声。
「見付からない様に少し遠巻きに隠れて後を追ってたのに……あれ?」
アンナの声も重なる様に聞こえる。
「死んだのかな? どうでも良いけど……アレ、食べないんでしょ?」
アレの指す意味が違うが……ぶれないネーヴだ。
「食べるのは親の方でもじゅうぶんでしょう……」
ペトラはボソリと突っ込む。
「デカイよ」
しかし、ネーヴへの突っ込みはそれだけ。
その他の者は、やはり元国王が何をしたのかの疑問で頭が一杯だ。
「魔法?」
クリスティナは横に居るアマルティアに聞いている。
「魔法でも……見える何かは有る筈よね? 魔方陣とか……光る何かが飛んでいくとか」
ペトラは首を傾げて唸って答えた。
「呪いとかですかね?」
幌車の中から首だけを出して会話に参加するムーズ。
「それでも……そんな素振りは有った?」
顔だけを上にして、それにも答えるアマルティアだった。
実際に引き摺られて来た魔物が三匹。
三姉妹がゴーレムに指示を出し、そしてここまで誘導して来たのだ。
その一番に大きいモノには頭が無い。
残りの小さい方の二匹は同じくらいの大きさで……馬程? もう少し大きい? 親であろうモノの半分ほどだった。
確かめればその親は牝の様だ……母親なんだろう。
やはりか昨日の食卓のヤツはこの子達の父親か?
そして今日の食卓には……その母親が並ぶ事に成りそうだ。
「仕方無いわね」
エルがその母親の死骸を見つつに溜め息を吐く。
「今晩はここで夜営ね」
「まだ……町もスグそこだけどね」
バイクに跨がるエレンは、その方角を見て小さく肩を竦めた。
見えはしないが、頑張れば歩ける距離だった。
「で……誰が料理をするの?」
アンナは、頭の無い一番に大きな獲物の側に居た。
「焼くだけでもいいんじゃないの?」
ネーヴは既にヨダレを垂らして居る。
別段、生でも齧り付きそうな雰囲気だ。
「私達では無理よ」
火を起こす準備を始めているイナがポツリと。
「大き過ぎるから捌く事も出来ないわよ……だいたいこの大きさでの血抜きって……どうやるの?」
エノもその手伝いをしながらの否定する。
その二人も、もうこの場所でのキャンプは確定のようだ。
出発してイキナリの足止めにも、疑問も否定もする気は無いようだった。
そしてそのタヌキ耳姉妹の言葉に、エルとクリスティナと数名が獲物に注視を向ける。
「二人が出来ないなら……誰も出来ないのでは無いのでしょうか?」
その中の一番の最年少の、クリスティナが至極真っ当な意見でポツリ。
「そんな事は……言葉にしなくてもわかっているわよ」
エルはそのクリスティナにジト目で一言。
「皆はこれをどうするのかを考えているのよ……今」
少しだけイライラとしたのだろうか?
自分が怒られたと理解したクリスティナは、しかしと辺りを見渡した。
確かにアマルティアは考えては居る素振りだが……しかし他の皆は。
バイクに乗ったままの犬耳三姉妹は明らかに考えては居なさそうな顔をしている。
戦車組は、出てきても居ない……ただ近くに停めているだけで何かをしている雰囲気だ、整備なのだろうか? それともローザに改造の相談なのだろうか、とにかく獲物を見ずに別の事を話している。
ムーズ様は……この方はハナからそんな事は考える筈もない……料理等は誰かが勝手にするものだと解釈しているからだ。
では元国王とマリーは……と見れば。
二人は小さい方の魔物の側に居る。
たしか、ゾンビにすると言っていた方の二匹だった。
つまりは料理の事等は……考えていないと思われる。
そして……ヴィーゼは。
ただ煩い。
バルタが一発で仕留めたその瞬間から声を出して泣き続けて居る。
誰もそれにも注視しないからか今は駄々を捏ねる事も混ぜながらに盛大に声を出しながらだった。
余程に悔しかったのだろうと推測は出来るけど……でも、鬱陶しい。
さて……今、真剣に獲物の行く末を考えているのは……エルが1人だけでは無いのだろうか?
もう少し優しく大きな目で見てもアマルティアを足して二人だけ……。
そんな事をクリスティナが考えていると。
「何よ」
と、エルがもう一度クリスティナに声を投げ着けた。
慌てたクリスティナはシドロモドロとしていた。
声に出せば何かを言われる、そんな雰囲気だ。
多分、エルもわかっているのだ……誰も何も考えていない事に。
そしてそのイライラをぶつける相手を探しているのだ。
そんなトバッチリは嫌だ……さっきは不用意に言葉にしてしまったけど、もう喋らない。
特に真っ当な……的を得た意見は危険だ。
クリスティナは最年少の七才にしては賢い方だった。
それは環境がそうさせたのだろう。
親も居ない、保護してくれたのはエルフとは敵対していた人間で……実際には人種差別をしない人では有るが、大きなくくりではやはり人間側の人間だ。
常に賢く考えて居なければ生き辛い環境だったのだ。
だから子供特有のポロリと失言には特に気を付けては居たのだが……さっきはツイ……。
口元を押さえながらに首を左右に振るクリスティナ。
と、そこに元国王とマリーもやって来た。
今、殺した魔物二匹をゾンビにして従えてだった。
「なんの話?」
マリーがエルに尋ねた。
微妙に険悪な雰囲気を察したのだろうか?
クリスティナが困っている素振りを見ての一言?
「どうしようかと思って……料理」
エルはそのマリーに返答を返す。
指は頭の無い獲物を指してだった。
「あのサイズだと、出来る者が居ないのよ」
今のこの状況……あの獲物に対して興味を持ってくれたことが嬉しかったのか少しだけ柔らかく言葉にした。
とにかく誰かがアレをどうにかしなければイケナイのだ。
「私がやろうか?」
マリーもその獲物を目で確認して……一言。
驚いたエル。
「出来るの?」
背丈は自分と同じくらいなのにと、マリーをマジマジと見詰めて……そしてふと気付く。
そうだ、こんな子供の成りでも、もう何百年も生きている……遥かに年上なのだと。
実際にはもう既に死んでいるのだが……ゾンビなのだし。
しかし、そんな事はどうでも良いのだ!
出来るか出来ないかが今は重要なのだ。
大きく頷いたエルは。
「御願いします」
と、頭を下げた。
が、その後ろに立つ元国王は苦い顔をして見せる。
それに気付いたクリスティナは声には出さずにソッと指を差す。
指された指に釣られたのはアマルティア。
「何か問題でも?」
師匠であり先生でも有るマリーが料理をすると言っているのに……その顔はなに?
そんな感じの一言なのだろう。
そしてその声にマリーも反応。
「文句ある?」
元国王を睨み付けた。
「いや……料理って」
シドロモドロの元国王。
「ビーカーとか乳鉢とかすりこぎ棒とか……」
「料理の道具じゃ無いの……それがどうしたのよ」
胸を反り返したマリー。
「何時もの錬金術の時の道具と同じでは?」
自分の言いたい事が上手く伝わらないと、ますますに渋い表情に成る元国王。
「当たり前でしょう」
ふんと鼻を鳴らしたマリーはハッキリと言いきった。
「料理も錬金術の一種よ……同じなのだから同じ道具を使うのは当たり前でしょうに」
指を突き立ててドドーンと効果音を響かせる、そんな感じだった。
「しかし……」
それでも負けていない元国王は、チラリと後ろ。
自分に付き従う魔物のゾンビ二匹を交互に見て。
「さっきこのモノらに渡した……防腐剤? ゾンビが腐らなく成る薬? も、同じ道具で造ったんだよな?」
「そうよ、腐らないは大事な事でしょうに」
何を当たり前の事をと声を一段上げて返事を返したマリー。
「腐れば嫌な臭いもするじゃない、必要な事よ」
「それはわかるのじゃが……同じ道具というのが」
「何が言いたいのよ」
少しイライラし始めたマリーは地団駄を踏みはじめて。
「ハッキリと言いなさいよ……私の造る料理が食べられないとでも言いたいわけ?」
それに大きく頷いた元国王。
その態度に頭から湯気を出し始めたマリーは元国王を指差して。
そして周りに視線を走らせた。
この男に言ってやって。
人が親切に料理をしてやろうというのに文句を言って。
さあどう思う?
そんな同意を求める視線だったが……。
しかし、その見られたエルは目線を下にズラした。
クリスティナは見ない様に目を瞑っている。
弟子であるアマルティアも上を向いていた。
今の話で察したのだ。
マリーの造る料理には何か危険なモノが有ると。
「何よ!」
そしてマリーも察した……味方が居ない事に。
「あんた達まで文句あるっての?」
金切り声だった。
そこにやって来たネーヴ。
ニコニコと笑いながら。
「アリカ達が来てくれるって」
胸の無線を指差してだった。
「アリカが料理をしてくれるの?」
エルはホッと胸を撫で下ろす。
そのネーヴの一言に、その場のマリー以外は良かったと顔に出してしまっていた。
ハッキリとわかりやすく……だ。
そして、草原に響くマリーの罵声。
もうその意味も聞き取れない程の、わけのわからない叫びに成っていた。