088 草原の戦車戦
「アンナにネーヴ、国防警察軍の誰かと接触出来そう?」
草原の真ん中に停止しているヴェスペのエルが無線で確認。
「警察軍とは無理そうだけど……逃げているキャラバンの誰かなら出来るかも」
「誘導出来そう?」
「どうだろう……話を聞いてくれるかな?」
アンナにネーヴは獣人で女の子だ、普通なら無視をされるだろう。
でも、列車での討伐ショーでは犬耳三姉妹はあまり目立っては居なかったが、マッタク出ていないわけでもない。
ファンが付いたクリスティナとかヴィーゼとかなら、すぐにわかって貰えるのだろうけど……。
「もしも聞いて貰えるなら、右に流れる様に逃げて」
ヴィーゼが指示を出す。
「そっちに森が見える……遠いけど。でも、その間の草原は起伏が激しいみたいだし隠れながらに逃げられるから」
意識を上空に上げて地形を確認した様だ。
それが見えるのは、もう随分と近付いたのだろう。
ヴィーゼは意識だけを空に飛ばせても真上で視力は普通のまんまだからだ。
交戦が近いと判断したエル。
「馬を潰さない様に加減して逃げるのよ……馬が潰れない限りはマトモには撃ってこないから」
「わかってる」
馬車への襲撃は、まずは追い立てて馬を潰すのだ。
そうすればもう逃げられないし、反撃も馬車を盾にしたモノだけに為る。
襲う方も楽だし。
何より荷を奪うのが楽だからだ。
「ところで、キャラバンの編成は?」
エルが聞く。
「いまさら?」
無線の向こうでは呆れた声。
「今さらもなにも、報告が無かったわよ」
「あら……ゴメン」
そうだっけ? な声。
「二頭立ての荷馬車が3で、単馬の馬車が1……後はトラックが2」
「因みにだけど、トラックは古い方のダンジョン産?」
「そう、オペルブリッツ」
「L3のガーデンロイドだけど5両は見えるね」
エレンがキャラバンに追い付いたのだろう、補足をくれた。
「キャラバンの最後尾を守ってる」
守るとは言っても、撃たれた時の盾役か? 一発でも当たれば終わるのに。
「無茶な事を……」
でも、装備の差を考えればやれる事は少ないのだろう。
「警察軍ももう少し考えれば良いのに」
「機銃に拘っているからね……戦車砲は過剰装備だって言って」
「今は賊も普通に戦車も有り得るのに」
「前の戦争で大量にばら蒔かれたし……売って儲けた人も居るしね」
「あら、私の事?」
ヴェスペの運転席に乗り込んでいたローザだ。
ソレには肩を竦めるだけで返事は返さないエルだった。
たぶん他にも沢山居る、ドワーフだけじゃない……元兵士が奪ってそれを売っても居るだろう。
まあ今は、戦車なんて何処にでも有るってことだ。
「そろそろ一発撃つよ」
割り込んで来たバルタが宣言。
そして、乾いた号砲。
戦車戦が始まった。
同時に信号弾が撃ち上がる。
上空に糸を引く白い線。
「見えたは、こちらも撃つわよ」
エルは答えて、引き金を引いた。
ドンと音と白煙に揺れる車体。
すぐさま叫ぶエル。
「ローザ移動よ」
頷いたローザは前進を始めた。
ヴェスペの10.5cm砲は撃てば大きく煙を上げる、それは敵に位置を知らせるノロシと変わらない。
しかも、音で方向は特定されるのだ、移動しなければ良い的にしかなら無い。
ただし、今回は相手に野砲は確認されていない。
反撃は無いかも知れない。
それでも見付けられて居ないだけで、隠れて居るかも知れないのだ。
危険は可能性でも排除すべきだ。
だいたい、その為にヴェスペは自走砲なのだし。
「信号弾から3kmの距離でもう一発撃つわ」
エルは次弾の準備を始めた。
重い砲弾を詰め込むのはミスリルゴーレムの仕事。
エルは発射薬の調整と、砲のロックの確認だ。
「見えてきたよ」
ローザが伝えてきたそれをエルも肉眼で確認した。
遠くに2mmか3mmの黒っぽい点が動いている。
双眼鏡を取り出してもう一度確認。
「スチュアートね……チャーフィーは何処かしら」
無線の向こうでの会話がボソボソと耳に入る。
「スチュアートさんて誰ですか?」
声の感じだとムーズ?
「スチュアートってのはアメリカの戦車の事よ、M3かM5の軽戦車」
答えて居たのはマリーだった。
「M5スチュアートみたいよ」
無線に答えてやるエル。
「因みにだけど、チャーフィーはM24軽戦車ね」
「まあ、アダ名みたいなモノよ」
マリーの説明は続く。
「M5スチュアート軽戦車は37mm砲で15t」
「納屋に有るパトの38t軽戦車と同等かチョッと上ね」
エルも補足。
「M24チャーフィー軽戦車は19tの7.5cm砲……こっちは3号中戦車の最終型に近いのかな」
「アメリカだからの、20t近い重さでも軽戦車なのじゃ」
元国王は笑っていた。
「それって……バルタ達のルノーft軽戦車で太刀打ち出来るの?」
「無理」
エルとマリーの声が揃った。
「真正面からの撃ち相じゃあ絶対に勝てない」
エルが付け足す。
「じゃあ、後ろからとか?」
少し困惑気味の声。
「それも無理」
ハッキリと言い切るエル。
「何処から何処に撃ち込んでも、凹みもしないわよ」
「ええ……じゃあ無謀なのでは?」
少し慌て始めたムーズ。
「だから、私のヴェスペで倒すのよ」
エルは鼻息荒く。
「ヴェスペの10.5cm砲なら当たれば一発よ」
「それと、私達も居るしね」
割り込んで来た三姉妹。
「ファウストパトローネなら近付けば穴を開けられるし」
「あの子達が持っているのはパンツァーファウスト30クラインだけどね」
ローザが横から。
「14cmの鉄板まで穴を空けられるわよ……ただし30mまで近付かないとだめだけど」
「スチュアートもチャーフィーもどっちも装甲厚はあんまり変わんないから当たれば楽勝かな?」
軽い調子のエレン。
「楽勝って、30mって……すぐ目の前じゃないの」
ムーズは生唾を飲み込む。
「大丈夫だよ、戦車って以外と近い所は見えてないから」
「見える場所も限られるし」
「死角から近づくし」
三姉妹はもうその準備に入っている様だ。
「私達の体もバイクも小さいから……それを利用しないとね」
エレンが話を閉める。
「さあ……行くよ」
「とつげきー」
「こっち見んなよ」
無線に風を切る音が混ざり始めた。
「ヴィーゼ横に流れて」
バルタは砲を横にして砲撃をしている。
引き金を引いては、空の薬莢を足元に落とし……次弾を込める。
それの連続だ。
もちろん外しはしないが……当たった砲弾は甲高い音を立てて明後日の方向に弾かれていた。
「エルも外すかな……」
ヴィーゼはブチブチと文句を垂れていた。
「わざとでしょう」
それにも返事を返すバルタ。
「自分達が挟まれたとわからせる為?」
「それ意味が有るの?」
「……一応は、慌てて居るみたいだけど?」
「一両くらい倒しても同じじゃないの? それ」
「おなじ……かもね」
「だったら当ててよ」
「外してないわよ」
「バルタじゃない! エルよ!」
「次は当ててくれるわよ」
と、一番に近いスチュアートの砲塔が火を吹いた。
上からの砲撃が直撃の用だった。
「ほら、当ててくれた」
バルタはその無力かした戦車を指差して。
しかし、ヴィーゼはまだ慌てていた。
「駄目! 撃たれる!」
バルタは慌ててそちらに砲を向けた。
砲を向けられているのは二両の戦車から。
チャーフィーとスチュアートの1両づつ。
どちらも今にも撃てそうな雰囲気だ。
「撃たれるならスチュアートにして!」
二つともから避けるにはこの場所は広く障害物が無さすぎた。
「どっちでも同じじゃないの?」
悲鳴に近いヴィーゼ。
「7.5cmより3.5cmの方がマシでしょう?」
バルタはチャーフィーの方に砲を向けて、その砲塔に連続で当てている。
少しでも発射を遅らせる為だ。
だけど、自由な方のスチュアートの砲が火を吹いた。
真っ直ぐな砲から、煙と火花。
確実に当たる角度だ。
「ハッチを開けて!」
叫んだバルタだった。




