084 親子
「なんでよ!」
叫んだのはヴィーゼ。
それは戦車と原人とマンモスの距離感が明らかにおかしいからだ。
幅の広い五差路を大きく使って居たとはいえ、原人と戦車との距離の方が明らかに近い……確かに原人はマンモスの方へとは逃げていた。
それでもだ、マンモスが戦車よりも先に原人に到達出来るわけがない……筈。
「瞬間移動というか……縮地じゃな」
バスの中から見ていたのだろう元国王の答え。
「自分が加速するのか、それとも廻りの時間を止めるのか……まあそんなすきるじゃ」
「そんなの魔法じゃない……有り得ない」
「ワシのゴーレム達も持っておる……それに、ダンジョン産のモノは時間凍結が掛かっておるのじゃろう? なら、時間に関する魔法やスキルは存在する」
「そんな事よりもヴィーゼ! ブレーキ!」
バルタが背中を蹴った。
慌てたヴィーゼは目一杯のブレーキを掛ける。
ガクンと加速して浮き上がっていた車体の前が落ちた。
すぐさま砲撃。
今度のバルタは正確にマンモスの胸の真ん中に当てていた。
胸に為ったのは、マンモスが戦車を踏みつけようと両方の前足を大きく上げたからだ。
丁度下から撃ち抜いた格好。
それに、邪魔をしていた原人ももう居ないので外すわけもない。
胸を射抜かれたマンモス。
二本で立ち上がる様な格好のまま、その支えて居た後ろ足から崩れる様に倒れ込む。
大きな地響きと、砂埃を舞い上げてだった。
横倒しのマンモス。
そして、弾き跳ばされた原人も横たわっていた……側には女の子が泣いている。
バルタが戦車を降りてバスに向かった。
「大丈夫なの?」
ヴィーゼもハッチを開けてチラチラと両脇のビルの屋上を窺う。
「たぶんマンモスが暴れたからだと思うけど……」
バルタも歩きながらに首を巡らせて。
「ハダカデバゴブリン達は何処かに行ったみたい」
「建物の中に隠れて出てこないって、感じでもないのね」
小首を傾げたヴィーゼ。
良くわからない。
いくらマンモスが強くても、ビルの中に入り込めばそこまでは入ってこれないサイズなのに……。
それでも安全では無いのだろうか?
瞬間移動以外にも、ハダカデバゴブリンが嫌がる様なスキルを持っているとか?
フームと考えていると。
バルタが元国王を引き連れて……死んだ原人の側に寄る。
しかし、子供が暴れて近付けない様だ。
もう死んで居るのに……それが理解出来ない?
もっと酷い事をされると恐れている?
子供でも、とにかく大きい体……身長的には元国王よりも4・50cm大きい?
それが本気で暴れれば流石に危ない。
困っている二人にヴィーゼが声をかけた。
「マンモスを先に使役したら?」
倒れているソレを指差して。
「で、マンモスに女の子を抑えて貰えば良いじゃん」
成る程と左の掌を右手の拳で打つ元国王。
バルタも気付かなかったと肩を竦めていた。
原人の子供は、起き上がった父親に抱き付いていた。
マンモスはオトナシクじっとしている。
そして、元国王はそのゾンビと成った原人とマンモスに告げた。
「後で、ダンジョンの外れの病院まで来るのじゃぞ」
たぶん何時もの防腐剤を渡すのだろう。
せっかく動ける様に成っても、腐ってしまえばヤッパリ子供が泣くのは目に見えている。
其々のゾンビが頷いたのを確認した元国王はバスに戻っていた。
そしてバルタも戦車に戻る。
早く皆の居る場所に行かないといけないからだ。
進む戦車とバス……と、マンモスに原人も着いて来た。
元国王は後でと言っていたのに……やはり言葉が? あれ? でもゾンビに使役してしまえば意思の疎通が出来るって言ってなかったけ?
ムムム?
もしかして後でが何時かがわからないから着いてきた?
そうか……時間とかの感覚は無いのだろうな。
わかんないから、後でに成るまで一緒に居て待つ積もりなのかな?
そうだよね……見た目が人間っぽくても人間に成る前の原人だ。
そこまで賢くは無いのだろう。
ムフフッと女の子を見たヴィーゼ。
「私の方が賢い」
「ハダカデバゴブリン……消えたね」
バルタがポツリ。
「そう言えば確かに」
もうすぐ、皆と別れたビルの所に着くはずなのに……上から石が一個も降ってこない。
「どうしたんだろう? 飽きた?」
「違う様じゃぞ」
元国王が無線で盗み聞きしていた様だ……私とバルタの会話に返事を返してきた。
「どうも……戦車の動く振動が原因らしい」
「どゆこと?」
「ハダカデバゴブリンにとって、マンモスは天敵の様に嫌いなモノらしいのじゃが、その理由が……地下に住んでいるハダカデバゴブリンの位置を正確に把握して足踏みしてトンネルを崩すようじゃ」
「あああ……そう言えば穴を掘って暮らしてるって聞いた」
その習性はダンジョンでも同じなのか。
ってことは、このアスファルトの下はハダカデバゴブリンの掘った穴だらけ?
「でも、なんで戦車?」
「7トン近いモノがゴトゴトと進めば、穴にも振動が伝わる……崩れなくてもそれが不快だったらしい」
「ふーん」
それで、イライラしたのか。
「でもさ……ソレを知っているなら、先に言ってよ」
そしたら、戦車を置いて来たのに。
「今……知ったんでしょう?」
バルタが後ろを指差す。
あ! 使役した原人にでも聞いたのか。
「あれ? でも原人はハダカデバゴブリンに使役させられていたんじゃ……」
「どうもそうでも無さそうだ、随分と立場に上下は有るようじゃが……まあ、隣人と言う感じらしいぞ」
ふーん。
煩い隣人に無理矢理に引っ張って来られたとか……それとも、たまたまそこに居たから煩く言われた?
なるほど……迷惑な話だ。
まあいいや。
目線を前に向ければ、皆が集まって待っていてくれた。
一応は上を気にしているらしい素振りだ。
そして、後ろのマンモスにも驚いて居る。
「さて……いったんマリーの病院に戻ろうかの」
元国王はバスを停めて皆を乗せながら。
「もう、奴等は襲ってこんみたいじゃし」
原人が何かを言ったのか。
マンモスが大人しく歩いているからか。
その両方なのか。
良くわからないうちに解決はしたみたいだ。
「車拾いは戦車を置いてから、もう一度じゃな」
戦車をガレージに戻して、暫く。
マリーが防腐剤を原人とマンモスに飲ませているのを横目に。
病院前のロータリーに停められたバスに皆で乗り込んだ。
「あれ? 増えてる……」
バスの窓からその原人の様子を見ていたヴィーゼが驚いた。
「女の人? お母さんかな?」
少し毛深い感じは女の子と同じだ。
色白なのもそう。
「やはり……ネアンデルタール原人なのかの?」
運転席の元国王も首を傾げて呟いていた。
「でも……あきらかにデカ過ぎじゃ」
「魔物だからでしょう?」
お婆さんがその元国王に返答を返していた。
「良く似たモノでも、魔物に成ればサイズが変わるのは良く有る事だから」
「魔物なのか……」
イマイチ納得が出来なさそうにしていた。
それは、見た目の問題なのだろう。
特に女の子は……たぶん5才か6才かだと思うけど、本当に人っぽい。
鼻の下のモッが無ければ完璧だ。
「あ……毛も剃らないとダメか」
「ダメだよ剃っちゃ」
エレンが横で笑う。
「あの大きさの服は無いよ」
アンナにも笑われた。
「流石に女が裸では可哀想だよ」
ネーヴにはヤレヤレと首を振られた。
「今でも微妙なのにね」
エルも原人の親子を見て。
「お乳の先っぽが見えてるし」
お母さんのだろう。
確かに見えていた。
「ねえ……お婆さん、服は作ってあげられない?」
気にしだすと、どうにも我慢ができなくなった。
アレはヤッパリ恥ずかしい。
「そうだね……ソレっぽいモノを作ってやるかね」
お婆さんも気の毒に感じたのだろう。
ヴィーゼの言葉に頷いてくれた。