083 原始人
原始人が戦車を見ていた。
襲って来る風でもない……ただジッと見ているだけ。
信号機に片手で掴まり、体を預けて休めている様にも見えた。
身長が信号機と変わらないので、チョッとした杖の様だ。
なので、刺激しない様にと、ユックリと慎重に進む戦車とバス。
横を素通りさせてくれるなら、それに越した事はない。
無用な争いは避けたい。
だって……大きいんだもん。
流石に5トンの戦車を持ち上げられはしないだろうけど。
今、手にしている信号機を引っこ抜いて叩かれたら、ダメージが入りそうだ。
砲塔の回転は突き出たハンドルバーで押したり引いたりしているのだから、そこを無理矢理なら楽に動かせるだろうし。
私やバルタでも普通に動かせるのだから、あの体なら楽勝だろう。
そんな事をされれば、砲塔の中で砲にしがみついているバルタなんかはグリンと捻られそうだ。
もちろん……そんな素振りを見せたなら、バルタは躊躇無くに撃つのだろうけど。
カン……。
戦車の中に音が響く。
カン……カンカンカン。
「ハダカデバゴブリンだ……」
ヴィーゼは操縦席に着いたままで、分厚い鉄板の装甲越しに斜め上を見た。
横の屋上に石を投げていたのを見付けた。
数はそんなに多くはない……数匹?
でも、今は止めて欲しかった。
「鬱陶しい……」
「でも……原始人には石はブツケないのね」
ポツリとバルタ。
そう言えばそうだ。
相変わらずに信号機に凭れたままで涼しい顔。
ハダカデバゴブリンの方も、そこに投げて届かない様にも見えないのに一個も飛んでいかない。
「仲間かな……どうする?」
「うーん……少し距離を取って迂回して」
まだ、決断は出来ない様だ。
何を迷っているのだろうか?
ソロリソロリと道幅をイッパイに使って回り込む。
と、今まで建物の角に隠れていてわからなかったのだけど……もう一人、原始人がいた。
そちらはもう少し人間ぽい……毛むくじゃらな感じではない、少し毛深いかんじだ。
そして、たぶん女の子。
オボコイ感じのソレでも、シッカリと原始人だった。
大きい方の原始人の腰の辺り近くまである身長……それは優に2mは越えていた。
「子供?」
「娘かしらね……なんだか庇って居る様にも見えるね」
バルタはその子の気配に気付いていた様だった。
だから、躊躇ったのか。
その大きい方の足元に、小さな影……膝小僧にも届いていないたかさ。
こちらはハダカデバゴブリンだった。
私達を指差してナニやら叫んでいる。
言葉はわからないけど……襲えとでもいっているのだろう。
首を横に振った原人の足首辺りを蹴飛ばしていた。
「主従関係としては、ハダカデバゴブリンの方が上なのか?」
無線からの元国王の声。
バスも見える位置にまで来たようだ。
本当の所……バスはもっと早くに動けるのだろうけど、戦車に守って貰う都合上その速度を合わせてユックリした速度で移動していたのだ。
「女の子もサイズは大きいがネアンデルタール人の様に美人さんのようじゃ」
ネアンデルタール人が美人かどうかはしらないが……少しだけムッとした。
私達には誰一人として美人なんて言った事も無いくせに。
確かにあの子はシュッとした顔だし、色白で目もぱっちりだ。
でもさ、鼻の下の口元は……モッって成ってる。
ソコだけ猿っぽい?
ゴリラっぽい?
絶対に私の方が美人だ。
「こちらを襲って来ないならナンでもいいけど」
アッサリとしたバルタ。
しかし、声音は真剣だ。
そして……ボソリと続けた。
「それに、もっとヤバそうなのが近付いて来てるし」
ん?
ヴィーゼ後ろを振り向いた。
バルタは砲を女の子の後ろの方に向けている様だ。
そして、大きな声で叫んだ。
「あんた達! 逃げなさい!」
親子に向けてだと思う。
その親子は……? な顔に成る。
やはり言葉は通じない。
それでも、独自の言語は持っているのだろう、聞くという事はできていた。
もちろん、通じてはいないが。
「ヴィーゼ! 親子を後ろに向かせて!」
やはり、その方向からナニかが来るようだ。
ヴィーゼは言われるままに、ハッチを押し上げて姿を晒す。
そして、後ろ後ろと指を差す。
その頃には、ドシンドシンと振動も微かに感じられる様に成っていた。
なので、親子も素直に後ろを向いてくれた。
ついでにハダカデバゴブリンはもう居ない。
エルフと同じ繋がる力で、何処かの別のハダカデバゴブリンの意識を感じてその存在に気付いたのだろう。
念話の様な、もっとイメージに近いテレパシーの様な……アレ。
で……現れたのは……なにアレ?
「ゾウ?」
鼻の長い四つ足のゴツイ見た目……そこまではゾウだ。
でも大きい、ゾウよりもモット大きい。
そして、長い牙にケムクジャラ……流行ってんの? ソレ。
なんで、私が知っているモノにケムクジャラが足されるの?
「元国王……アレは?」
バルタが冷静に聞いていた。
「マンモス……かの?」
「かの? って……わからないの?」
「いや、マンモスで正解じゃ……ただワシも実物を見るのは初めてじゃ」
「原始人は見た事が合ったんだ」
ヴィーゼは少し関心した。
「いや……無い」
無いんかい……私のへーを返せ!
「ただ、復元したモノは見た」
頷いた元国王。
「マンモスは絵でなら見た事が有る」
「どうでも良いけど……明らかに苛立っているわね」
バルタが話を戻す。
そうだ、そのマンモスか何かの魔物をどうするかだ。
ヴィーゼは素早く戦車に潜り込み、ハッチを閉じる。
どう動くにしてもバルタの指示しだい、どうとでも動ける様にしておかなければだ。
「原人の前に出て……マンモスとの間」
親子を助ける積もりの様だ。
でも、私もその方が良いと思う。
敵意を見せなかったし、仲の良さげな雰囲気の親と子……羨ましいけど、ソレ以上に親を怪我させたら子供が泣く、それは嫌だ。
逆はモット嫌だ。
スルスルと戦車を動かして、親子に近付いた。
もちろん横をすり抜ける積もり……だったのだが、親の方が勘違いをした様だ。
子供を抱いて後ずさる。
「ダメ! そっちへ行かないで」
叫んで見たけど、それも通じない。
ただ、もっと脅かしてしまった。
マンモスのいる方向に逃げ出したのだ。
そして、マンモスの方も驚いたのだろう。
突然に自分に向けて走り出して来たのだから、それは敵意に見えたに違いない。
パオーン! と一鳴きして走り出した。
ドシンドシンドタンドタンと地響きが体に伝わる。
音や動きとは裏腹に、その速度はとても速かった。
あっという間にすぐ側まで肉薄した。
そのせいで、やっと本当のサイズがわかる。
「でっかい原人の二倍くらい……って事は10メートル? 重さは?」
漏れた呟きにバルタが教えてくれた。
「この振動の感じなら40トンくらいかな? t-34よりも重くてパンターより軽い感じ」
「えええ……この戦車の6倍じゃん」
情けない声に成った。
「そんなの蹴られたらひとたまりもないじゃん」
「そうよだから助けないと」
バルタは戦車砲をぶっぱなした。
マンモスの肩口を貫く。
「チッ……あの親子邪魔ね」
そこしか狙う場所が無かったのだろう。
当たっても顔をしかめていた。
「加速するよ!」
離れているから邪魔なのだ。
間にいるから邪魔なのだ。
だから、一気に近付いて……追い越せば良い。
ヴィーゼはシートしたの青いレバーを引いた。
それはニトロと呼ばれるモノ……正確にはNOS、ニトロはアダ名な様なものらしい。
なんでも戦闘機とか言うモノの加速に使う代物だと聞いた。
酸素の薄い上空高くでエンジンに亜酸化窒素を送り込んで馬力を稼ぐ代物……そんな良くわからないモノだけど、とにかく凄い加速をしてくれる。
メルセデスベンツのエンジンにそれを足せば戦車だってウイリーするのだ!
三姉妹のモンキー50zみたいに前を浮かせて走れるのだ!
「ばか!」
慌てたのはバルタ。
「それじゃあ撃てないじゃないの」
確かに戦車の前を浮かせれば……一緒に砲も上を向く。
下に向ける角度が元から悪いのに余計に撃てなく成るのは道理だ。
「ごめーん」
でも、チョッとだけ待って!
もう少しで親子の横だから!
が、マンモスの方が一歩早かった。
父親がその大きな牙で跳ね飛ばされていた。




