082 新手の魔物?
バスから戻って来たヴィーゼを確認して、操縦席を指差したバルタ。
自分は砲塔の後ろのハッチに座っていた。
「今度は私が運転?」
ヴィーゼは素直に乗り込む。
「元国王とゴーレム君、なんか無茶苦茶やってたよ……ハンドルの下の部分を壊して線をイッパイ引っ張り出して……」
バルタへの報告の積もりだったのだが……そのバルタは聞いていない素振りだ。
「ねえ……バルタ?」
ヴィーゼしつこく声を掛けていると……バルタが自分の口に人差し指を当てて。
「しぃー……」
そして、耳をピクピク。
「またハダカデバゴブリン?」
ボソリと呟いて考えるヴィーゼ。
それだと、投石が有るから体を外には出さないか……。
って事は……別の魔物?
そうだよね……ここって凶悪なヤツが居るってマリーも言ってたし。
ヴィーゼは操縦席に着いて、上に思念体を飛ばした。
建物の高さを越えて、もう少し上がる。
警察署の屋上は黒く焦げていた。
良く見れば穴も空いている……しかし、直撃したソコだけで他は依然としてシッカリとしたものだ。
ダンジョンの建物は何処に行っても頑丈だ。
もう少し広く見てみると……幾つかの建物の屋上から黒い煙が上がっている。
煙が修まったであろう黒い跡を残した所も見えた。
エルが砲撃したのだろうけど、相変わらずに正確だ。
黒い跡も煙もドレも屋上の中心に当たっている。
だいたいの指示……適当な指示で良く当てられる。
やっぱり羨ましい能力だ。
私もそんなのが欲しかった。
と、またビルの屋上が爆発した。
たまたま見ていたソコにはハダカデバゴブリンが群れて居たのだけど……みな爆風で跳ばされて、バラバラと地面に落ちていく。
8cmの迫撃砲だっけ?
あの小さな缶詰みたいな爆弾でもこの威力だ。
いや、まあ……ハダカデバゴブリンが小さくて軽いからってのも有るだろうけど、それでもゴミ屑の様に吹き飛ばされている。
成る程、エルが上からドーンの砲撃に拘るのもわかる気がする。
蟻の巣を棒でツツイて蹂躙する……感じか?
標的に成ったと理解したハダカデバゴブリンが慌てふためいて右往左往して逃げ惑うのが滑稽にも見えた。
罪悪感は無い。
先に喧嘩を売ってきたのはアッチなのだから。
「ヤッパリ……大きい」
背中のバルタの声が聞こえた。
一度、意識を戻してバルタの頭の上、耳を見る。
後方?
さっき来た道の方かな?
また、意識を上げた。
そして、見付けた。
確かに大きい。
二本足で立っているそれは、五差路の信号機と同じ暗いの背の高さだ。
「見た目……猿?」
ヴィーゼの眉が寄る。
「ヴィーゼにもそう見える?」
首を傾げたバルタは続けた。
「歩く足音は人間みたいなのよ」
「そう言われれば……確かに人間ぽい」
四肢のバランスと立ち姿に歩く動作も。
「でも……毛むくじゃらだよ。裸だし」
「人間の魔物?」
「転生者って事?」
「いや……ほら」
考え出したバルタ。
「他の動物でも、良く似た魔物っているじゃないの。例えばギュウ太とか、普通に牛も居るけどあのコは魔物でしょう? 多少の違いも有るし」
「その……人間版って感じ?」
首を捻ったヴィーゼ。
上手く想像が出来ない。
「元国王なら知っているかな?」
ヴィーゼは無線機を手に聞いてみた。
「ねえ、さっきの交差点の方向なんだけど……なんか居るの。アレわかる?」
「ん?」
元国王のトボケタ返事。
同時にエンジンの音も聞こえた。
バスを動かす事に成功したらしい。
「良く見えんな……少し近付いてみよう」
「バルタ……アレに近付いて安全だと思う?」
直接に見てしまったヴィーゼには不安が過るのだ。
やたらに背が高い人間……小さな子供の頃に威圧されていた盗賊に重ねてしまう。
「戦車なら……大丈夫だと思うけど」
バルタも少し不安そうだ。
「でも、どのみちアッチに戻らないとイケナイし」
バルタもあの足音が怖いのだと思う。
理由はたぶん私と同じ。
それでもソロソロと戦車を動かしたヴィーゼ。
後ろからはバスも着いて来る。
チラリと見れば、壊したドアのその場所にゴーレムが立たされていた。
本人に責任を取らさせるというわけでも無いのだろうけど……少し凹んで見えるのが面白い。
元からゴーレムの顔は無表情で素っ気ないのだけど、だからか余計にそう見える。
「バルタ……バスのゴーレム君を見た?」
砲の照準器に集中していたバルタは、そのままで返した。
「なにか有ったの?」
「いや……しょげてるなーって」
クスリと笑って見せた。
「そう……」
素っ気ない返事。
……話はそこで終わってしまった。
ヴィーゼはもう一度、ちゃんと前を向く。
動いている戦車、いくら遅くても前は見ないと危ないので仕方無い。
「怖がら無くても大丈夫よ……こっちに向かってくる様なら確実に当ててやるから」
低く落ち着いた声だった。
「別に怖くないし……」
少し、強がって見せ……バルタを睨む仕草。
「そう?」
でも、気付いたヴィーゼ。
バルタの鼻が珍しくヒクヒクとしている。
犬耳三姉妹達はその鼻が武器だから何時もだけどバルタは耳なのに……と、考えていると思い当たる事がある。
犬耳三姉妹が言っていたのだけど、戦場で隠れている敵の位置が臭いだけで良くわかるねと聞いたときだ。
緊張や恐怖が有ると人間は臭い匂いをだすの、だから良くわかるのよ……と言っていた。
ストレス臭と言うらしい。
つまりは……。
ヴィーゼは自分の脇や腕の匂いを嗅いでみた。
自分ではわからないけど……たぶん、臭いんだ。
バルタには私が怖がっている事がわかっていたのだ。
だから私のどうでも良い話に返事だけはしてくれていたのだ。
怖さを紛らわす為の雑談。
現実逃避では無いけれど、落ち着く為のどうでもよい事。
「アレね……」
そのバルタが声を上げた。
「確かに変な感じ」
やっとバルタにも見えた様だ。
「人っぽいのに人じゃ無いでしょう?」
相変わらず恐怖は消えないけど……上手く押さえる事は出来そうだ。
「あれは……」
無線機から元国王。
「原人?」
「なにそれ?」
答えが出ればもっと、落ち着けるかも知れないと意味を聞く。
「大きいし毛むくじゃらだからギガントピテクスか……でも四肢や頭や姿勢を見るにもう少し進んでハイデンベルク人か、ネアンデルタール人までは進み過ぎな気もするから……たぶん?」
「ワケわかんないよ、だからなに?」
「旧人類じゃ、もっと言えば原始人かの?」
「んんんっと……」
上手く理解出来ない。
「それって、人間の先祖って事?」
バルタはわかった様だ。
「うーん……そこは微妙じゃな、人間の祖先の枝分かれ? か、近縁種? 進化の過程で枝分かれした先の別種? しかし、同じ遺伝子も数パーセントは含まれ居るのだし……」
モゴモゴ。
「とにかく人間に成る前の何かの近い種って事ね」
バルタはグダグダな元国王の話をぶった切った。
「まあそうじゃ」
「人間なら話は通じる?」
ヴィーゼが質問。
「無理じゃろう……話が出来る知能が有っても言語が同じとは、到底思えん」
「なら……性格は? 好戦的?」
「それもわからんが……たぶん転生なのだろうから、魔物じゃろうな」
「それって、意味無く襲って来るって事よね」
「衝動を押さえる理性が無ければな」
「見た感じ……そんなの無さそうだけど?」
もう一度、良く見てみる。
「毛むくじゃらだけど、スッポンポンだし……チンチンも出しっぱだし」
その状態で外をウロウロ出来るのは変態か魔物だろうと思う。
「うーむ……デカイの……」
「人間の大人の三倍くらいの身長ね」
バルタも同意。
でも、ヴィーゼは気付いてしまった。
元国王のデカイはそれではない。
股間のプラプラしているアレだ。
自分のとでも比べたのだろうか?
いや、バルタもそれは気付いてた?
元国王のセクハラ発言に知らないふりして話を流しただけ?
どっちにしても、しょうもない発言だと下唇をつき出したヴィーゼだった。
……。
おかげで、怖さは吹き飛んだけど……。




