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ファウストの子供達  作者: 喜右衛門
8/233

007 魔物……再び


 「魔物! 大きい!」

 エルやペトラが賑かにしていると、バルタが叫んだ。


 全員の会話が止まる。

 そして、車列も停まった。

 次のバルタの声を邪魔しない為にだ。

 泣き続けていたヴィーゼも、その嗚咽を止める。

 そのヴィーゼの背中を擦っていたムーズも手を止めて聞き耳を立てる。


 「前方の右」

 バルタはヘルメットを脱いで、確かめる様に耳をピクピクとさせて。

 「昨日の魔物の少し小さい……そんな感じのヤツ」


 「わかった!」

 エレンがそう短く返答を返して、モンキーのアクセルを捻った。

 「確認してくる」

 無線を極力邪魔しない様に、三姉妹を代表してだ。

 動き出したのは三姉妹が同時にだった。

 

 一同に緊張が走る。

 昨日は結構苦戦していた。

 そしてトドメを刺したエルのヴェスペは先頭に居る。

 後方の隠れた所からのドカンは今回は無理だ。

 

 「今回は……回避したいわね」

 エルの呟き。

 人数も多いし、迎撃や討伐の準備も出来ていないからだ。


 暫く、三姉妹達の報告を待つ時間が続いた。

 しかし、子供達の戦闘でのマイナールール……その基本的な事がわかっていないマリーが無線で。

 「ヴェスペでも……直接撃てるよね?」

 感じた疑問を口にする。


 「撃てるけど……」

 幌車に乗っているクリスティナが無線を使わずにマリーに説明。

 「ヴェスペには徹甲弾を積んで居なかった様だし……」


 「わしに買えと言ったのも榴弾だけだったな」

 元国王も話に入ってきた……良くわからない待ちは退屈なのだろう。

 実際に自分が出れば魔物等は楽に対処出来るとでも思ってなのかも知れない……と、思ったクリスティナとアマルティアも少しだけ気が抜けた気がした。


 「魔物相手なら、ルノーの小さいピュトー砲でもじゅうぶんに通用するの」

 アマルティアも入って説明。

 「と、言う依りも威力の小さいピュトー砲の方が後の食べる所が残るから、そっちの方が都合が良いのよ……もう戦争も無いのだし戦車に襲われる事も少ないだろうから」

 と、幌車の端に歩いて行って。

 しゃがんでゴソゴソ。

 出してきたのはピュトーSA18の3.7cm弾とヴェスペの10.5cm砲榴弾。

 それを、マリーの前に転がした。


 「小さいのがピュトー砲弾?」

 マリーはそれを手に取った。

 「缶ジュースみたいね……ポカリスエットの青いヤツがこんなサイズだったっけ? もう少し小さいかな?」


 「?」

 元国王は首を傾げる。

 「ポカリはペットボトルじゃろう? もっと随分とデカイと思うが?」


 チラリと元国王を見たマリー。

 「貴方の時代じゃあそうかも知れないけど……私の時代じゃあ普通の缶ジュースで100円なのに120円もするから高級な飲み物なのよ」


 「120円が高級?」

 驚いた顔の元国王。

 「500ミリリットルのペットボトルでも、だいたい皆同じ150円でも売っとるぞ……自販機だとだが」

 笑い。

 「スーパーの安売りなら100円を切ってる時もあるし」


 「だから時代よ!」

 マリーは叫んだ。


 良くわからないそんな会話を聞いていた、その残りの三人……ただしヴィーゼは除く、踞ったままでいまだに拗ねたままだからだ。

 そして聞いていた方の三人は共に現地人なので転生者の二人の会話は理解不能だ。

 しかし、マリーの大声には反応したアマルティア。

 慌ててマリーの口を押さえに飛び付いた。

 「魔物の種類によっては、耳の良いのも居るから……出来るだけ静かに」

 口許に指を当てて。


 それにはマリーも首を竦めて。

 「あら……ごめん」


 「まあ……転生元の時代はこの際どうでも良いじゃろう?」

 元国王はマリーが手にした3.7cm砲とは違う方。

 ヴェスペの10.5cm榴弾砲弾を両手で持ち上げた。

 両手に為ったのは重いからでは無い。

 10.5cm砲弾は二つに別れていたからだ。

 「こっちの流線型のが弾じゃろう?」

 もう一つの方を差し出して。

 「こっちの缶詰みたいのはなんじゃ?」


 「爆発する弾はそう」

 アマルティアは頷いて。

 「で、丸い筒の様なモノが発射薬……砲の後端が薬莢の様な役割もするの」

 頷いて。

 「ヴェスペは……もちろん、普通の薬莢付きの一体型のも撃てるけど。より長距離や高速弾を撃つには弾を細くして7.5cmや8.8cmの弾を装弾筒って言うカートリッジを使えば撃てるのよ……その為にはセパレート型の砲弾が良いの」


 「フム……良くわからんが」

 元国王は頷いて。

 「わかった」

 

 「何がわかったのよ」

 マリーは元国王を睨んで。

 「根本的な事……何で今は直接に撃てないのかが問題でしょう?」


 「フム……」

 少し驚いて見せる元国王。


 「セパレート型の砲弾は装填に時間が掛かるの」

 アマルティアは続けて。

 「動きの読めない魔物だと、次の装填の間に近付かれるかも知れないでしょう?」

 

 「外せばそうか……」

 頷いた元国王。


 「一体型の……」

 アマルティアはマリーが掴んでいる3.7cm砲弾を指差して。

 「そんな感じの弾だと次弾も早いのだろうけどね」


 「まあ、どんな魔物かもわからなければ……どのみち危険と言う訳じゃな」

 元国王は幌車の幌の隙間からヴェスペを見て。

 「砲や乗組員を守る防御板が天井や後方に無いから、取り付かれれば何も出来ずに魔物の餌か」


 「そうなれば……相手がハダカデバゴブリンでも驚異に成るの」

 アマルティアも頷いていた。


 「しかし、主は中々に詳しいの」

 感心して見せる元国王。

 そして両手の2つに別れた10.5cm砲弾をマリーに渡す。


 「普段は冒険者達と一緒に居る事が多いし……ローザさんの所でお手伝いもしているから」

 肩を竦めるアマルティア。


 「前の戦争で、歩兵としても優秀で強かったってパトさんも言ってたし……だね」

 クリスティナもニコニコと頷いている。

 

 「アマルティアはゴーレム使いだものね」

 マリーは渡された砲弾をシゲシゲと見詰めながらに呟く。

 元国王の目論見どうりに、五月蝿いマリーの興味は砲弾そのモノに移った様だった。

 

 「今は……奴隷印で繋がるゴーレムも直接に使役しているゴーレムも居ないから」

 肩を竦めてアマルティア。

 「役立たずだけどね」


 「まあしかしゴーレム使いのスキルとは……中々に面白いのう」

 顎に手を当ててアマルティアを見る元国王。


 「正確にはそんなスキルでも無いのだけど」

 そんなアマルティアは少し否定した。

 「家族や近しい人とか、奴隷印とか使役とか……そんな感じのモノで繋がった人とかゴーレムの視界を共有出来るだけの能力」


 「成る程……ゴーレムを使役していれば直接に念話で指示も出せるから、疑似的なゴーレム使いと成るわけか」


 「本来のゴーレムの能力は越えられないけどもね」

 

 「使役出来るゴーレムの数はどうじゃ? 魔素量は足りているのか?」


 「それも問題」

 溜め息を着いたアマルティア。

 「私の魔素量じゃあ……1体か2体が限界」

 チラリとマリーを見て。

 「だから魔素の燃費を上げる方法か、私の魔素量を底上げする方法かをマリー先生に一緒に考えて貰っていたのだけど……」


 「簡単な事なのだけどね」

 マリーはまだ10.5cm砲弾を弄くっていた。

 「錬金術師のレベルを上げて、疑似魂を使えれば良いだけの事」

 

 「疑似魂か……」

 元国王も考え始めた。


 「疑似魂なら……動く為の魔素は自分で供給出来るからアマルティアの魔素量は関係が無くなる」


 「それでも、何処からかの魔素の供給が必要なのでは無かったかの?」


 「何時の話よ……もうだいぶ研究も進んだし、今は適当な魔素玉か魔石からでも補給は出来るのよ」


 「成る程……ゴーレムも遂に食事が必要に為ったか」

 頷いた元国王。


 「そう言う事」

 マリーも同じく頷いた。


 そんなユルい無駄話をしていた幌車の中の面々。

 それが、少しだけ緊張感を戻された。

 そのわけは。


 「見付けた……」

 斥候に出たエレンからの無線だった。 

 「昨日のデカイのと同じヤツ」

 アンナも続けて。

 「昨日の依りも少しだけ小さい感じだ……それともっと小さいのが二匹、側に居る」


 「合計三匹?」

 エルの声も無線で聞こえる。

 「親子かしら」

 側に居るであろうイナの声。

 「昨日のヤツのツガイとかかな?」

 エノの小さい呟きも聞こえて来た。


 「ソイツ等が……揃って皆の方を向いてる」

 「気付いている感じに見える」

 「戦車の音が大きかったのかもね」

 

 「急に停まって音が消えたから確かめているのね……」

 三姉妹の連絡にエノも返して。

 「なら……そのまま私達を見失ってくれれば良いのだけど」

 二言目はボソリと。


 「……無理みたいよ」

 エレンの声のトーンが小さくなった。

 「走り出したわ……目が血走ってる……確実に襲う積もりね」

 アンナも同じ様に。

 「昨日の仕返しかな?」

 ネーヴは……1人、普通の声音で緊張感が薄かった。

 もしかすればだが……まだ、腹は空いていない? とかかな?


 「何でも良いわよ」

 エルは平静を装うと声音に気を付けて居るようだが……しかし、随分と早口には成っている。

 「そんなの返り討ちよ……主にバルタが」

 最後の一言はとても小さな呟きだった。


 しかし、その小声はバルタにも聞こえていた様だ。

 「標的の方角は補足した」

 ルノーft-17(改)の砲塔内で2つの耳をピクピクとさせている。

 耳が良いのだ、魔物の足音もエルの小声も聞き洩らす事もない。

「あとは……射線が通るだけ」

 ピュトー砲に肩を預けて、引き金に指を掛けた状態で耳以外はピタリと止めた。


 ……。

 暫くそのまま。

 何もない草原。

 見えるのは緑の絨毯を造る草。

 バルタはその一点をルノーft-17軽戦車のピュトー砲の照準器から覗いていた。

 そこに一頭の魔物の頭が地面から這える様に出てきた。

 その顔は昨日のと同じ……スピノサウルスだ。 

 高低差を利用して隠れて近付いた格好だが……この魔物にそれほどの知恵が有るようには見えない。

 ただの偶然だと思われる。


 「撃つよ……」

 ルノーft-17軽戦車の砲塔の中で、その体をピクリとも動かさずにバルタが小声で宣言。

 そして、砲撃音。

 極力音を立てずに静かに身を潜める様に停まっていた隊列が一気に動き出す。

 ルノーft-17軽戦車の後ろで幌車を掴んでいたゴーレムはそれを手離し。

 戦車は前に加速。

 幌車の中のアマルティアとクリスティナはstg44を担いで飛び出し、幌車の下に潜り込み銃を構えた。

 エルのヴェスペは砲を魔物の方に向けながら……後退る様に後退を始めた。

 イナとエノはヴェスペの防御板の上から覗き、kar98kライフル歩兵銃で狙撃しようと構えた。

 皆が昨日の事、見た? 聞いた? を踏まえた動きだった。

 が。

 顔を出したスピノサウルスは……その頭を無くしていた。

 バルタの一発で消し飛ぶ様に消えたのだ。


 その瞬間をその場の皆の者が見ていた。

 エルやタヌキ耳姉妹は、バルタが撃てばそんなモノよと無言で頷き。

 犬耳三姉妹は次の魔物……小さい方の二匹を標的としてその動きを目と体で追い掛ける。

 残りの者はバルタの一撃にただ感嘆を見せる……ただし、まだ全ては終わったわけではないと理解しているので、緊張感を保ちつつ声も音も漏らさずに周囲の警戒を続けた。

 

 そんな中で……若干2名は声を上げる。

 「あ!」

 短く小さな……嘆く様な悲鳴と残念だと惜しがる呻き。


 悲鳴の方はヴィーゼだった。

 昨日の自分は散々苦労して一発も当てられなかったのに……バルタはいとも簡単にそれをやる。

 砲手としての能力の差を見せ付けられた。

 もちろんそんなヤヤコシイ事はヴィーゼの頭の中には浮かばない……ただ悲しいのだ。

 だから、悲鳴の後は突っ伏して泣いた。

 「何でよ……」

 嗚咽で声には出せない嘆きの言葉だ。


 もう1人の方は元国王。

 驚きと惜しむ嘆きに続けて。

 「勿体無い……」


 その元国王の言葉は無線を通じて皆にも聞こえた様だ。

 

 犬耳のネーヴが元国王に返事を返す。

 「大丈夫よ、頭を撃った方が食べる所が沢山残るから……そっちの方が良いの」


 それには苦笑いの元国王。

 「いや……食い意地の話ではないよ」

 

 「頭を吹き飛ばせばゾンビに出来ないのよ……この男が言いたいのはそれよ」

 マリーが言葉足らずの元国王を補足した。


 「え? ゾンビ?」

 エルがそれを聞き返す。

 「何でそんな事をする必要が?」


 小さく肩を竦めた元国王は、そんなエルに答えた。

 「ゾンビにして、この幌車を引かせるのじゃよ」

 無線なので見えないのだが、敢えて自身の鼻を摘まんで見せる格好をして。

 「戦車の後ろに繋がれて居ては、排気ガスで臭くてかなわん」

 大きな声で言いきった。

 そして小さく続ける。

 「それに音が煩い」


 「馬の代わり? ……だ」

 成る程とイナが頷いた。


 「ヴェスペの後ろの荷車も曳かせれば……」

 エノはエルを見て。

 「此方も動きやすく成るわね」

 

 あああ! っと大きな口を開けたエル。

 すぐさま無線で。

 「残りの二匹はバルタは撃たないで……出来るだけ綺麗に殺して」

 

 しかし、その指示にはエレンが否定した。

 「そんなの無茶よ……銃の弾では何発撃ち込めば良いかもわからないよ」


 「小さい……子供? だから多少は効くとは思うけど」

 アンナも否定的だ。


 「口を開けた時に、中に撃ち込むとかは?」

 クリスティナだった。

 「イナさんかエノさんなら、それでも当てられるでしょう?」


 「口の中から……脳天に弾を届ける感じ? 口の中なら確かに其ほどの固さは無いだろうけど」

 眉を寄せたイナ。

 「そんなに簡単に口を開いてくれるかしら? その方法だと角度もシビアよ」

 エノは下顎にシワを寄せて、それを手で押さえていた。


 「それだと長期戦に成りそうね」

 アマルティアは横に並ぶクリスティナに首を振って見せる。

 「リスクが増えるだけだと思うけど?」


 「何か他に良い案は無いのかしら?」

 これまで大人しくヴィーゼを宥めていたムーズが口を開いた。

 完全に本泣きしたヴィーゼを諦めた様だ。


 「フム……」

 元国王は立ち上がり。

 幌車から降りて仁王立ち……居るであろう魔物二匹の方を睨み直した。

 「面倒じゃが……ワシがやるかの」

 振り返りムーズに無線を示して。

 「誰もその場から動くなと伝えてくれ」

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