076 実験
アマルティアは目が覚めた。
ソファーで寝てしまって居たようだ。
たった1体のゴーレム造りで予想外に疲れてしまっていたらしい。
「で……ここどこ?」
ノソノソと半身を起こして、辺りをキョロキョロ。
「だれも……居ない」
そこは自販機の有った広く膨らんだ廊下の、その場所だった。
ソファーはたぶん、その時から有ったのだろう。
お菓子を食べたテーブルから、離れた端の方に置かれていた。
そして、そのテーブルにはお菓子が散乱している。
見た感じだと、ついさっきまではそこに居たのだろう。
散らかり具合で、誰が何処の席に居たのかも予想が着きそうだ。
少なくともヴィーゼの席は……あの一番に散らかっている所だ。
最年少のクリスティナは子供の癖にマナーはシッカリしている……まあムーズの教えなのだろうけど。
そういえば……私の造ったゴーレムは?
皆とお菓子を食べていたわけも有るまいにと思う。
食べる口は有りそうだが……消化する器官はないし、第一意味がない。
栄養というか……燃料は魔石なのだから。
と、不意に視界がボヤけた。
あれ? と驚いたのだが……それは一瞬。
その感覚はアマルティアは知っていたからだ。
少し、意識をボヤけたモノに向けると……ここではない景色が見えてきた。
ゴーレムを造ったガレージだ。
子供達、皆もそこにいた。
もちろん私の造ったゴーレムは見えない……それは、この視界がそのゴーレムのモノだからだ。
よし! と、小さくガッツポーズのアマルティア。
目論見通りに視界共有は出来ている。
次に試しと、声を出してみる。
「ソコは何処?」
知っている事を敢えて聞いたのだ。
声を出したのは、その方が確実だろうと思ったからだ。
『はい、地下のガレージです』
頭に声が届く。
ゴーレムからの返事だ。
そして、皆が私……いや、ゴーレムを見ている視線に気付いた。
たぶん、ゴーレムも声に出しての返事だったのだろう。
『アマルティア……起きた?』
ゴーレムに話しかけてきたのはペトラ。
その声も聞こえるという事は耳も共有出来ているという事。
コレは普通の市販のゴーレムでは出来なかった事だ、たぶん知力が関係しているのだろう。
やはり……相当に能力が高い様だった。
試しに目の前のペトラを触ってみた。
『な! なによ……』
ジトリと睨まれた。
そうか……ゴーレムの見た目から男判定をしている様だ。
『ゴメン』
一応の謝罪。
しかし、欲したモノは得られなかった……触った感触。
触覚までは無理なようだ。
そこまでの高性能とはいかない。
だが、触れたその手を見て思う、思った依りもチャンと動かせる。
この感じなら銃も撃てるのではないか?
ゴーレムの両手の平を見える所でニギニギ。
指の一本一本も独立して動かせた。
ただ、間にゴーレムの意識が入るので、多少の動きのぎこちなさは有る。
しかし、それは……もっと大雑把に指示を出せばゴーレムの意識に動きを任せられるとも考えられる。
結果としては良い事では無いだろうか?
今は1体だけだから良いけど……コレが2体とか3体とかに増えれば、逆に細かい指示は混乱を招きそうだしだ。
後は鼻だけど……これはたぶん無理そうだ。
それでも五感の内の二つは使える。
それは、戦場に立つ兵士としてはじゅうぶんとは言えないけれども、そのぶん頑丈な体が使えるので、差し引きは無しとしておこう。
戦場での兵士は五感をフルに使ってその場所の状況と敵を知る。
目は見て。
耳から聞こえる音は、足音も銃声も敵を知るには必要だ。
そして、鼻は今の状況を知れる……火薬の臭いに血の臭い。
触った感覚は、敵の死体を触れた時に生き死にを判断できる。
味は……自身の状態だ。
鉄臭い味がすれば、怪我をしているのだ。
戦場の興奮した状態だと痛みが感じられない時が有る……その時の大事な味覚だ。
じゅうぶんな確認が取れたとアマルティアは歩き出す。
「今からそっちに行くよ」
廊下の先の階段に向かった。
アマルティアがガレージに着いて最初に目に入ったのは、動いているトライク。
それが、目の前までに来て。
「起きたんだ」
運転していたのはイナだった。
「大丈夫? 事故らないの?」
以前にローザが盛大にぶつけて居たのを思い出して目を丸くした。
元国王が動く様にした乗り物は、ゴーレムなので意思を持つ。
だから、さっきの私とゴーレムみたいに動かす方と動く方とで、ギクシャクした感じに成ってしまう……筈。
「大丈夫よ……コレの意思はアマルティアのゴーレムに移ったじゃない。もう普通の乗り物よ」
スイーっと走り去る。
あとを追ったアマルティア。
皆の所に合流した。
「おはよう」
皆に先に挨拶した。
もう何度も起きた? と、聞かれるのも面倒だからだ。
と、マリーに声を掛けられた。
「どうする?」
指差したのは、私が描いた魔方陣の方角。
そこには次のゴーレムの材料が積まれていた。
すぐに2体目を造るのかと聞いたらしい。
「どうしようかな?」
別にまだ疲れているというわけでは無いのだけど、とジュリアお婆さんを探した。
たぶん、もうお婆さんが居なくても独りで出来るとは思うのだけど……少し不安だ。
マリー先生も、能力は別にして、性格が微妙な所が有る……そこも不安。
と、見付けたお婆さんの手にはレンチが握られていた。
右手のレンチでポンポンと左手の掌を叩いている。
その足元にはバラされたモンキー125が転がっている……ダンジョンで拾った大きい方のモンキーだ。
何をしていたのだろうか?
「エンジンを載せ変えたのよ」
マリーが横に立ち、私の視線を追ったのだろう、答えてくれた。
「前のはダメだったの?」
「私は前のでも良いとは思うんだけど……みんながダメだって」
両肩を上げて見せる。
「非力なのだから、クラッチが必要だ! ってね」
「前のって……オートマだったの?」
「カブみたいな円心クラッチギア?」
「それなら……別に良いじゃん」
なにがダメなんだろう?
「綺麗な舗装された道は問題無くても……草原とか悪路とかはクラッチが有った方が楽らしい」
マリーは首を傾げていた。
「でもさ……あれってマリーのだよね?」
改造されたトライクを指差して。
「持ち主がそれでいいって言ってるのに改造しちゃったの?」
マリーは頭をカリカリとして。
「いや……もうあげちゃったし」
苦笑い。
「意識を抜いてゴーレム化を解除しちゃったら……滅茶苦茶乗り難いのよ。どうも今まではゴーレム化でトライクが勝手に走ってくれていたらしい」
「あああ……それが普通に成ったら運転も普通にしないといけなくなったと」
成る程……今までは乗せられて居ただけだったのか。
だから、マリーでも長距離が苦に成ってなかったのね。
「でもさ……もう一度ゴールデンウィーク化して貰えれば、元に戻るんじゃないの?」
元国王を指差した。
左右に首を振るマリー。
「やったけど……ダメだった。一度意識を抜くともうダメみたい」
「そかー……ゴメンね私のせいみたいだね」
「いいよ……簡単に乗れたけど、楽では無かったし」
笑って。
「私は誰かの横か後ろに乗ってる方がいいわ、ヤッパリ」
「ふーん」
気を使って言っている風では無いらしい。
本気で面倒臭いと思っていたのだろう。
たぶん、飽きたも有るのかも知れない。
「でね、次のゴーレムは壊したモンキーの意識を使うのだけど……その次が無いのよ」
もう一度、魔方陣を指す。
「だから、ダンジョンに調達に行かないとね」
「アレのは?」
元国王が運転していた、ピックアップトラックを指差して聞いた。
「シルバラードは駄目だって……御気に入りラシイ」
片手でヒラヒラ。
どうでも良いのにね……とでも言いたげだ。
成る程、拘りの差か。
頷いたアマルティアは魔方陣の方へと歩き出す。
「なら、ダンジョンに行く前に2体目も造っとかないとダメだね」
どうせなら、そこで実証実験だ。
ゴーレム兵の出番だ。
私の出番だ。




