073 バルタの匂い
三姉妹は泣いていた。
三姉妹以外の子供達は引いていた……ドン引きである。
スケルトンやゴーレムをけしかけて……追いかけ回して捕まえて。
嫌がるのを無理矢理、ゴーレムに手足と頭を固定させて……ドリルでゴリゴリ。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
順番はエレンからアンナでネーヴだったが……一番に可哀想なのはやはりネーヴだ。
さきにタップリとその恐怖を目と耳で感じた後に自分なのだから。
その順番を待たされる間は、さぞ恐ろしかっただろうと思う。
そのネーヴの鼻先にアップルパイを差し出した元国王。
「ほれ、もう治ったじゃろう? 匂いを嗅いでみい」
鼻から垂れる赤い血が混じった鼻汁をズズッと啜ったネーヴ。
だが、泣いたままで首は横に振る。
「わかんない」
その横から手を差し出したのはマリー。
ティッシュを差し出して。
「先に出すモノを出さないと」
ティッシュで鼻を摘まんでやり。
「チーンとやりなさい」
言われるままに、ブバババと鼻を鳴らした。
そして、泣き止んだ。
安心したとかそんなのでは無い。
ティッシュに血と白い粒や塊を見て……アワアワと驚いたのだ。
人間……驚きすぎると泣くのも忘れるらしい。
「ああ……骨の欠片ね」
マリーは冷静に指摘した。
「肉と一緒に削ったのだから……それが出てきても当然」
そう言って、次のアンナに移動した。
「……チーンと……」
そして、ネーヴの前にはもう一度アップルパイが差し出された。
「ほれ? どうじゃ?」
目が見開かれて黒目が一杯の状態で……空を見詰めるネーヴ、の鼻がヒクヒクト動いた。
そして、黒目が収縮して……今度はクンクンと動く。
最後は破顔した。
「アップルパイの匂い」
そのまま、元国王の持つアップルパイに食い付いたのだった。
三姉妹は今の出来事を忘れる為のか、アップルパイを貪った。
甘いジュースも呷る様に飲む。
ある程度、落ち着いたのか自分の腹をポンポンと叩きながら、他の子供達の匂いを嗅いで回る。
痛み事態はその瞬間だけだった様で、今は庇う仕草も見せていない。
「イナとエノ」
笑ったエレン。
「エルの匂いもわかる」
アンナはエルに抱きついて居た。
「バルタは……あれ? 何時もと違う気がする」
ネーヴは首を傾げていた。
その言葉に自分も確かめようとエレンとアンナもクンクンとバルタの前で鼻を鳴らした。
「確かに……なんか甘酸っぱい匂いだ」
「チョッと臭いよね」
臭いと言われて眉が寄るバルタ。
「鼻……治ってないんじゃないの?」
元国王を指差して、もう一度ゴリゴリと遣って貰えば? と言いたげだ。
「いや……治ってるよ」
慌てた三姉妹はお互いの顔を見て。
「でも、やっぱり臭うよね?」
同時に頷いた。
それを見ていたイタチっぽいオバサンが、バルタの匂いを嗅いだ。
「ああ……やっぱり」
大きく頷く。
無言で睨むバルタ。
さっき会ったばかりの年上のオバサンに怒鳴る勇気は無いけれど、それでも目で抗議を示す。
失礼な! と、そんな目だ。
しかし、まったくそれを気にしていないオバサンは匂いの正体を口にした。
「発情期だね……それ特有のフェロモンの匂いがする」
え! 一番に驚いたのが本人だった。
「もしかして……はじめての経験?」
オバサンはバルタの驚きに尋ねる。
頷いたバルタ。
混乱している様だ。
「まあ……一度は通る道だから」
笑顔で優しく。
「そんなに怯える事もないよ」
「そう言えばバルタは16才だもんね」
エルも驚いていた。
「発情期も……有るか」
「え? 16なの?」
今度はオバサンが驚いた。
「随分と遅いね」
そして、上から下からジッと見て。
「成長も遅い気がする」
「私たちは、小さい頃から盗賊に囚われていたから……その頃に栄養が足りて無いんじゃないかって言われてる」
エルが説明した。
それを言ったのはパトだ。
パトの説明は面倒臭そうなので、名前は出さない。
「ふーん……成る程」
オバサンは少し悲しい顔を見せたが、すぐに笑顔に戻り。
「じゃあ、発情期の事も詳しくはわからないよね」
子供達は皆で頷いた。
「まず、子供が産める様に成った……これはわかるよね?」
それぐらいは知っていると、また頷く。
「発情期の間は兎に角モテるよ……ビックリするくらいに男が寄ってくる、ただし同族に限るけどね、猫耳なら猫耳の男の子だ」
「近くには居ないね」
苦笑いでネーヴが答えた。
「それから、イライラするしモヤモヤもする」
「あ! してた!」
ヴィーゼがバルタを指差して。
「そのせいで少し何時もと性格もかわるかな? 慣れればそれもコントロールできるけど……はじめてならわけがわかんないよね」
バルタは思い当たる事だらけなのか、眉間にシワを寄せて頷いた。
「まあ1年に1度だから……その時は諦めて大人しくしているのが一番かな?」
「でも、子供って一年中の何時でも出来るんだよね?」
エルだ。
「やる事をやればね……」
ニコリと笑って答えてくれた。
「でも、どうせなら一番にモテている時に相手を選んだ方が得じゃない?」
「そうね……選べればだけど」
フムとエルも頷く。
「それって、オメデタい事よね?」
マリーが確認して。
「なら、御赤飯でも炊かないと駄目ね」
ウンウンと何度も頷いていた。
子供達に露骨な話を聞かせない為にも話を奪って変えたのだろう。
当の本人のバルタは、イライラの原因がわかって付き物が落ちた様な顔をしていた。
モヤモヤしていたその理由がわかれば、対処も出来るのだから。
もう大丈夫だ……と、そんな顔だった。
そのあとは暫く獣人の子達に簡単な性教育をしていたオバサン。
それが、一段落すると。
マリーがアマルティアの腕を掴んで、ドワーフのお婆さんの前に立たせた。
「この子にゴーレム造りを教えたいのだけど……」
と、現状のレベルや勉強の進捗を説明し始めた。
「ゴーレムの魔核はこちらで用意するとして……うーん」
唸ったお婆さんは。
「地下のガレージで、何処まで出来るか見てみないと判断出来ないと思うのよ」
「そうね……やってみましょうか」
マリーも同意した。
廊下から建物の階下に移動すると、広い地下のガレージに出た。
マリーを先頭にジュリアお婆さんにアマルティア。
それ以外の面々はオミソの様に付いて来ただけ。
「あ! 私の戦車が有る」
ヴィーゼがそこにルノーftを見付けた。
まだ若干にフラフラしているが、ちゃんと自力で立って歩いている。
「私のもだ」
エルもヴェスペを見付けた。
「運んどきましたよ」
その二台の戦車の間から、ゴーレムが出てきた。
今度のは肩から斜めに襷掛けに銀色の線が入っている。
「それは後でメンテしときますよ」
ジュリアお婆さんが少し離れた位置から声だけで答えてくれた。
そして、アマルティアに向き直り。
「では、ゴーレム造り……形を造る所を見せますから、真似をしてみて下さい」
お婆さんはモゴモゴと呪文を唱える。
すると、床に光る魔方陣が出てきた。
その上にマリーが指示して、ゼクスが粘土の様な塊を置く。
暫くして、土塊はゴーレムの形に成った。
「できますか?」
アマルティアに聞いた。
それにはアマルティアは首を横に振る。
「魔方陣は出せません」
申し訳なさそうに答える。
「そうね、私でも魔方陣は手描きだからね」
マリーはチョークを取り出して、それを渡す。
「これを真似て描いてみて」
次に紙だ。
魔方陣が描かれているのだろう。
頷いたアマルティアは床にシャガミ込んでチョークを動かした。
カキカキと少しづつ、手元の紙を丁寧に確認しながらだった。




