072 お茶会
「可愛いお客さんがイッパイだね」
ダンジョン産風の黒いスーツ姿、お姉さんに少しだけ年を上乗せした感じの……まあ、獣人のおばさんだ。
耳の形から判断すると……ヴィーゼと同じイタチっぽい。
あの筒に浮いている獣人の女の子のオリジナルの様だ、やはり似ていた。
「お茶くらい出せば良いのに」
お婆さんとマリーを交互に見て。
「二人供、気が利かないね……特にジュリアは見た目がソレなのだから、甘いお茶菓子でも出せば似合うのにね」
ポリポリと頭を掻いたジュリアお婆さん。
「そうだね……休憩にしましょうか」
しわがれてはいるが、低音の効いたしっかりした声。
声の感じは見た目よりも若々しいと感じた。
部屋を出て、入り組んだ廊下の一角まで移動。
三つの廊下が組合わさり広目のスペースを作っていたそこには、テーブルが幾つかと椅子が並べられていた。
そして、壁際に二つ並んだ自動販売機……コレもダンジョンで見た事が有る。
「ん? お茶よりもジュースの方が良いかい」
何人かが自販機を凝視していた様だ。
イタチのおばさんが笑ってどうぞと手で促す。
「動くの?」
エルは小首を傾げた。
「機械は元国王が1度でも近付けばそれで動くようには成るのだろうけど……じゃあ中身は? まさか、補充もしないのに延々とは出てこないと思うのだけど」
「補充はしているよ」
笑ったおばさん。
「ダンジョンでゴーレム君達が集めて来るんだよ、中身はね」
「それって……時間凍結したままじゃないの?」
「ソレが不思議で、時間凍結を解除した機械に入れると、自然と入れた物も時間凍結が解除されるんだよ」
元国王を指差して。
アレは必要無いとそんな仕草で手を横に振った。
「そうなの?」
驚いたローザが確かめる様にボタンを押した。
ガコンと何かが落ちた音……取り出せば白い缶のコーヒーだった。
「ホントだ冷たい」
「少し複雑な機械で……アレが動かしたモノ、限定だけどね」
マリーが元国王を指差して、補足の説明をした。
「そうなの?」
それに驚いていたのはおばさんだった。
「他にも時間凍結解除のスキル持ちが居たのよ……で、確かめる為にやってみたけど駄目だった」
パトの事だ。
時間凍結解除のスキルの微妙な違いを検証したようだ。
「結果は良く似ているけど……そこに至る過程が全然違うみたいね」
「ふーん……まあ、どうでもいいけどね」
おばさんもボタンを押した。
取り出したのは、黒い缶のコーヒーだった。
そして、子供達にもどうぞと場所を譲った。
子供達は、アレがいいコレがいいとワイワイと騒ぎながらに決めていく。
基本は甘そうなヤツだ。
少なくともコーヒーは嫌だと、そのボタンは人気がない。
と、後ろでチンと音がする。
音がすれば皆は振り替える。
見れば、箱の様な機械の様な……ナニか?
「電子レンジよ」
マリーは缶の蓋……プルトップを開けて一口。
「自販機と同じ理由で時間凍結の解除が出来るの」
そして、テーブルに出されていた、アイスクリームを指差して。
「冷蔵庫や冷凍庫も同じ理屈」
その電子レンジから出された物は……たぶんアップルパイだ。
見るからにホカホカと湯気を上げている。
「暖める機械?」
少し考えて答えが出た気がした。
「温度を変化させるのが必要条件とか?」
「おや……賢い子だね」
パイをテーブルに運んでいたお婆さんが驚いた顔をした。
「たぶん、それが正解」
「でも、それだと……転生者の時間凍結は出来ないのでは? 温めても冷やしても死んでしまわない?」
「ああ、古い方の時代のダンジョンですね」
頷いたお婆さん。
「ダンジョンには二種類が有るのは知っていますか?」
エルは頷いて返す。
「その古い方のダンジョンの時間凍結には鍵が設定されていてね……その鍵をドワーフなら魔方陣で作り出せるのよ……だから、転生者も大丈夫」
「もう1つの……人間はそのままだけど物が時間凍結されている方のダンジョンには鍵は無いの?」
頷いたお婆さん。
「有るかも知れないし、無いかも知れない……だけど、その鍵を知る方法が無いんですよね」
「ダンジョンを呼び出した人間に聞いても、はぐらかして教えてくれないしね」
おばさんも肩を竦める。
「河津の造るダンジョンの方が……色々と便利な物が多いんだけどね」
「百合子のダンジョンには戦車が有るわよ」
お婆さんはおばさんに答えた。
「戦車とか……武器とか……そんなんばっか」
首を振って。
「食べ物も有るけど……美味しくないし」
「え? これはどっち?」
ネーヴがテーブルの上のパイを指差して、真剣な顔で確認してきた。
一応は話を聞いていた様だ。
「アップルパイは美味しい方のダンジョンよ」
お婆さんが笑う。
「アップルパイだったのか!」
ネーヴはヨダレを垂らす勢いで破顔した。
エルは顔をしかめて。
「まだ鼻はダメなの? 私でも匂いでわかったのに」
「うーん……痛みとかそんなのは無いけど、匂いは微妙」
鼻を摘まんで見せるネーヴ。
エレンとアンナも合わせて首を振る。
「三人は犬の獣人だよね?」
イタチの獣人のおばさんが確認した。
三姉妹はそれに頷く。
「なら……鼻は大事だろうに」
おばさんは元国王を見て。
「治してあげなさいよ」
「無理矢理に治すよりも自然に完治させた方が良いかと思ったんじゃが……駄目なのか?」
「まあ……確かにメチャクチャ痛いけど」
唸るおばさん。
「具合が悪く為ってどれくらい?」
「一ヶ月は経ってないと思う」
「アレはいつだったっけ?」
「爆風を吸い込んじゃった時だよね?」
三姉妹は口々に答えた。
「そりゃ……長すぎるよ」
呆れた顔を見せるおばさん。
「犬の獣人の回復力ならもう完治していないと駄目な筈なのに、それがコレならもう一生このままだよ」
「ええ……」
三姉妹の顔から血の気が引いた。
それほどの大事だとは思ってもいなかったからだ。
「うそ……どうしよう」
オロオロとして、頬には涙も溢れた。
「イヤだよ……そんなの」
「ほら……治療してあげて」
元国王を睨み付けた。
そして、三姉妹には。
「とても痛いけど……我慢しなさいよ」
そう注意する。
「マリー……細いナイフは有るかの?」
元国王が先ずはエレンの鼻の穴を覗いて、手を差し出した。
「その……穴のサイズのは無いわね」
マリーは米神をカリカリ。
小さい女の子の鼻の穴だ、決して大きくは無い。
「なら、これは?」
お婆さんが差し出したのは、歯の付いたドリルの先だった。
「電動ドリルの木工用の替えビットだけど、サイズはコレくらいでしょう?」
フムとそれを手に取った元国王。
「まあ、いいか」
適当に頷いた。
そして、そのドリルを見て青ざめるエレン。
ナニが始まるのかの想像が付いたのだ。
今までも何度も見た。
ヴィーゼの時は全身を切り刻んでいた。
汗を流して土木作業のように、片手剣でグサグサとだ。
確かに刺された場所も切られた場所もすぐに綺麗に修復はされる……でも、ヴィーゼはその時は意識が無かったから、痛みも理解出来ていなかっただろう、が。
今の私は痛みを感じる意識は有る。
あんなのが鼻の穴に入れられて、グリグリとされたら……メチャクチャ痛いで済むわけもない。
全身から汗が吹き出した。
元国王が左手で頭をつかんだ。
右手にはもちろんドリルだ。
そして、ジッと狙いを着ける様に睨んでくる。
おもわず、逃げてしまった。
座っていた椅子を蹴飛ばして走った。
「いやだー」
見れば、アンナもネーヴも散り散りに逃げていた。
「あ! 捕まえろ」
叫んだ元国王。
その声に反応したのかワラワラとゴーレムやら骸骨やらが集まってきて三人を追いかけ回した。
「生きてさえいればソレで構わん!」
とても不穏な言葉を口にして、追っ手を煽る。
その口許は少し楽しそうだった。




