071 マリーのラボ
ゼクスはそんなペトラを気にもせずに、廊下の最奥の扉に入る。
いや、内心は気にしていた。
ブツブツと聞こえる計算が間違っていたからだ。
ただ、ハッキリと口に出しているわけでは無いのでソレ違うとは言えないのがもどかしい等と、そんな思いが元国王に念話で伝わってしまったので……結果元国王も苦笑い。
ペトラは計算が苦手らしい。
「いや……合ってるし」
同じく繋がっているマリーは呟いた。
計算式から導き出されたパーセントは合っている……でも、そもそもの計算が無意味だとは思う。
アンデッドの割合なんて……ネクロマンサーの側では全くの無意味。
幾らでも作り出せるのだから。
そんな心の声が駄々漏れだったペトラ。
まあ、実際に口に出して居たのだから仕方がない。
そして、また……無意識に喋り出す。
「なに? この部屋」
小声では有るが、回りにはハッキリと聞き取れていた。
しかし、子供達の誰もがソレを気にしないのは、ソレが何時もの事だからだ。
ペトラは常に心の中が駄々漏れなのだ。
無害だし無意味な事ばかりで落ちもない……だからスルーなのだった。
多分だが、ペトラは元は念話のスキルを持っていた。
ソレが制限されて、無意識の内に誰かと意識を共有しようと頑張るうちに言葉として漏れ出していると思われる。
エルは自分はそう成らない様にと気を付ける事にした。
が、エルもペトラに続いて部屋に入るなり言葉に発してしまった。
「なに? この部屋」
とにかく驚いたのだ。
明るい部屋だ。
壁も天井も白いのは廊下と変わり無い。
ただ……そこに置かれていた大きめのガラスの筒に液体が入り、中に裸の子供が浮いていた。
死んでいるわけでも無さそうだ……微妙に動いているのは見えた。
でも、目を閉じ眠っている様にも見えるソレは液体の中でどうやって息をしているのかがわからない。
そのガラスの筒は幾つも並んでいた。
もちろん中にはソレゾレに人が居る。
そして、良く見れば同じ人間だった。
成長過程は違えど、寸分違わぬ同じ顔だ。
いや、奥にはまた別の子供が居た。
手前は男の子で、奥は女の子。
女の子の方は何人かが見分けられる。
獣人の同じ女の子が数人、ドワーフの同じ女の子が数人。
もっと奥には人の女の子……コレは目を凝らせば、マリーに見えた。
「あら……いらっしゃい」
ひとつの筒の後ろから声がする。
そして、現れたのはドワーフの女性。
ふくよかな体型の初老だが凛としたたたずまい。
その昔はさぞや美人さんだったのだろう、痕跡を見せていた。
「ジュリア……進捗は?」
マリーは挨拶も無しに近づいて訪ねる。
うーん……と、悩ましく唸ったジュリアと呼ばれた女性。
「やっぱり……10才くらいが限界みたいね」
目を細めて頷いたマリーは大きく息を吐き出した。
「でも、生きた状態で筒から出せそうよ」
優しそうに笑みを浮かべたお婆さんは……その顔とは裏腹な不穏な事を口にして居る。
生きて出せないなら……ズッとこのまま?
ソレ以前に10才が限界とも言っていた……なら、その先は?
血の気が引くような感覚に襲われたエルは思考を停止した。
ガラスの筒で液体に浮かべられた……少年。
せめては記憶が無い事を祈ろう。
見える限りの誰もが眠ったように浮いているだけなのだから……産まれてからズッと子の状態なら、きっと記憶もない筈だ。
そう思えれば救いにもなる。
なまじっか記憶が有るから、考えられるから外に救いを求めるのだ。
盗賊に捕らえられていた自分達の様にだ。
「男前じゃろう?」
筒の中の少年をジッと見ていると、元国王が話しかけてきた。
「それは……ワシじゃ」
ん?
意味がわからないと元国王と筒の少年を見比べる。
確かに似てなくははない……どことなくの面影は有る気はする。
「息子さん?」
出せる答えはそれだった。
「いや、ワシそのものじゃ」
しかし、元国王はそれを否定して自分だと言い張る。
「それはクローンよ」
混乱していた私を見てかマリーが声を掛けてきた。
「全くの同一人物……遺伝子レベルでね」
「同じ人間?」
「正確にはまだ人間じゃあないわ」
マリーは少し複雑そうな顔をした。
「こちらの世界では、魂も存在しているのよね……だから、同じ魂でなければ同一人物では無いのだけど」
筒の少年を指差して。
「でも、コレには魂が無いのよ……人の製造過程を模した、いわば人形?」
「でも……生きてるって」
「魂の無い状態で生きているってのは、生命維持が出来ている、そこの部分だけの自立が出来たってこと」
「それは……なんの意味があるの?」
人形の生きた人形なんて造ってどうするのだろか?
「ここに魂を動かせる、弄れる人間が居る」
元国王を指差して。
「ネクロマンサーね」
次に奥の筒……マリーに似た少女を指差した。
「あそこに私のクローンが居るの……まあ、今は人形だけど、ソレに私の魂を動かして移動させれば、あれは私になる」
自分の胸を指して。
「私が生きた人間に生まれ変われるのよ」
もう一度、筒の少女を指して。
「あれは魂以外は完璧に私だから」
「つまり……ゾンビであるマリーが生き返れる……と?」
方眉を上げて小首を傾げて口角をあげた。
仕草だけで肯定して見せた感じか。
「ついでにワシも若返りたしの」
元国王は笑った。
「でも……魂が動かせるのはネクロマンサーだけよね?」
「いい質問ね」
頷いたマリー。
「そこで、取り出したのが……コレ」
マリーはチョイチョイと背後で誰かを招く仕草をした。
読んだのはたぶん……奥に居たゴーレム?
白衣を着て手にはボードとペンで何かを記録している風。
しかし、マリーには気付かない。
いや、チラリとマリーを見ていたのはわかったので……無視をしている?
「ちょっと! ゼクス!」
大きな声を出して呼んだ。
あれはさっきの盾と片手剣のゴーレムらしい。
「今……忙しいんですけど?」
今度は見もせずに言葉だけで返した。
「……昔は素直なヤツだったのに」
流石にイラッときたのか語尾が荒れた。
「いいから早く来い!」
「ヘイヘーイ」
呼吸もしないゴーレムなのに……大きく溜め息を着く。
そして、ノソノソとやって来た。
「魂捕縛疑似結晶を持って来い」
ビシリと命令。
「ヘイヘイ」
何処かへ歩いて行く。
待つ事……数分。
マリーが ”コレ” と言ってから随分と経つ。
そして、ゴーレムから受け取った赤く光る珠を前に出して……もう一度。
「取り出したるはコレ」
「やっと出てきた……」
こえの主はペトラだった。
「で……ソレがナニ?」
もう正直、どうでもよいとも思えてきた。
「コレには人の魂を捕縛できる術式と、疑似ネクロマンシーの魔方陣が内包されているの」
ビシッと指を突き立てて。
「一度きりの使い捨てだけど、もうネクロマンサーは必要ないのよ!」
「ネクロマンサーが居なくても魂の移動が出来るとそう言う事ね」
成る程と頷いた。
「だったら、さっさと遣ってしまえばいいんじゃんないの?」
元国王を指差して。
「体の具合が悪いんでしょう?」
「まあ……理論的にはそうなんじゃが」
元国王は苦笑い。
「まだ一度も実証しとらんのじゃ」
「……遣ってみて失敗では取り返しが着かないから」
少し声のトーンが落ちたマリー。
「自信は有るのよ! たぶん上手くいく」
「それでも……たぶんなんだ」
肩を竦めて。
「動物実験とかは?」
「それはもう成功した」
小さく頷いた。
「あとは……まあ……誰かの踏ん切りだけよ」
エルは思う。
自分の踏ん切りとは言わないんだ……と。
と、そこにもう一人が入って来た。
「マリーが帰って来てるんだって?」
声の主は、獣人の女性だった。




