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ファウストの子供達  作者: 喜右衛門
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006 訂正……15人だった様だ


 一行はエルのヴェスペを先頭に村を出た。

 

 ネーヴのバイクは簡単な修理で済んだので、たいして時間のロスは無い。

 ローザいわく、プラグが少し被っただけ。

 三姉妹は頻繁にバイクを横倒しにするから、その時にガソリンがエンジンの中に入ったのだろうと言う。

 ソレが何故にネーヴのだけ?

 自分達のバイクもそうなるのかと心配に為ったエレンとアンナが聞くと、ネーヴのバイクだけがキャブ仕様で他の2台とは少しだけ違うからだそうだ。

 それを言われて、今度はネーヴが心配気な顔に為る。

 同じモンキー50なのに……と、そんな顔。

 バイクとしての性能は変わらないけど……気軽に横倒しに出来ないのは、今の戦闘スタイルでは致命的だ。

 魔物相手でも戦車相手でも、いちいちスタンドを立てている暇はない。

 そんな……どうにか成らないの。の懇願に。

 今は部品が無いけど、そのうちに手に入れたら直してあげるからと、そんな約束を取り付ける迄のウル目のネーヴに根負けしていた。

 

 さてその三台のモンキー。

 よくよく見れば、ほんの少しの違いが各々に在る。

 同じメーカーのモンキーと言う名前なのに何故?

 その答えは長女のエレンが乗るモンキーのサイドカバーに有った。

 ”50th” 50周年アニバーサリーと言う意味の文字。

 同じバイクを50年も作り続ければ、流石に細かく改良も入る。

 技術の進歩に合わせた部品の交換も有って当然。

 しかしその間の性能自体には余り変化も見られない。

 多少馬力が変化した。

 燃費が変わった。

 初代には無かった前後にサスが着いた。

 クラッチ車に為った……それ以前はカブと同じくのロータリークラッチ。

 それらの変化も最初の10年迄。

 その後は、大きく変えたのがキャブから燃料噴射装置式に変えただけ。

 なのに50年も売れ続けた……凄いバイクなのだ。

 ……まあそれらも、三姉妹にはどうでも良い話では有るのだが。

 チビこい体でも足が着く。

 それがこのバイクを最初に選んだ理由なのだから。

 

 町の外。

 開けた草原に出た三姉妹はバイクで思いっ切り走り回った。

 ただプラグを交換しただけの簡単な修理をして貰っただけなのだが……それでも格段に調子が良くなったのであろうネーヴを先頭に、そのバイクの調子を確かめる様にだ。

 

 少し起伏の有る草原。

 浅い谷から丘の頂点までの高低差は1メートルか2メートル程。

 そこを底から頂点に向かってアクセルを開きっぱなしで走りきると、丘の斜面がジャンプ台だ。

 最高速が55キロ程でも軽くて小さいのだ、簡単に空を飛ぶ。

 それがまた楽しいのか、悲鳴か歓声かの区別もつかない様な叫びで次々とジャンプを繰り返していた。

 「ヒャッホー」


 「いーーーーやーーー」

 と、また別の所から叫びが聞こえる。

 皆の胸元……小さな無線機からと、其々の戦車に着いている大きな無線機のスピーカーからだった。

 

 「何? 今の」

 確かめる様にエルがまた無線機に返した。

 聞いたのはバルタにだったが……フィールドではバルタがその耳で一番に異変に気付くからだ。

 そしてその事は獣人の娘達も皆が理解している。

 だから誰かがそれを聞けば、バルタの返答を待つのだ。

 だが、無線機からは別の者の声が続ける。

 「みんな! 何処よ! 何で居ないの?」

 声の主はヴィーゼの様だった。


 「ヴィーゼ?」

 首を傾げたエル。

 「ルノーft-17に乗っているのよね?」

 確かめる様に、誰彼ともなくに訊ねた。

 

 「ルノーには乗ってないよ」

 答えたのはローザの様だった。

 エルは頭を掻いて。

 「何故にローザがそれを答えるの?」


 「バルタが……今はルノーの砲塔に居るのだけど、私に運転してくれってルノーに引っ張られた」


 「バルタが?」


 「ルノーに乗ろうとしたら、誰も居なくて……そのヴィーゼも」

 返事を返して来たのは、ルノーft-17軽戦車の砲塔に収まっていたバルタ。

 「昨日の夜、砲手は無理だって散々言われてたから……ルノーは諦めて何処かに乗ったのかと思って……以前にルノーを操縦した経験の有るペトラに頼んだのだけどそれも断られて」

 と、ボソボソと。

 

 フムと眉を寄せたエル。

 「幌車の方にも居ないの?」

 

 「居ないわね」

 返事はマリーの簡潔な一言。

 

 もちろんエルのヴェスペにも乗っていない。

 その後ろに牽く荷車にはそもそも人は乗っても居ない。

 載せているのは砲弾や弾薬に燃料に、溢れたゴーレム達だけだ。

 「じゃあ……」


 「私はまだ、ガレージの前に居るの!」

 ヴィーゼの悲痛な叫びだった。

 「置いていくなんて酷い! これで二度目じゃない……置いてけぼり」

 後半は泣いていた。


 あちゃーと眉を寄せて顔をしかめたエル。

 たぶんその場所に居る全員が同じ顔をしたのだろうとも思う。

 「誰か……迎えに行って上げて……」

 ボソリと小声で、申し訳無さを演出するようにだった。

 内心は……。

 みんなで集まってるのに何で乗り遅れるのよ……バカ!

 みんなも何でそれに気付かないのよ……バカ!

 もちろん自分の事は棚に上げてだ。

 エルも気付いて居なかったのにだが……自分にはバカとは言わないし……その事には思いもしていなかった。

 頭の片隅にも、心の片隅にも、微塵もだ。





 しばらくして一行はまた動き始めた。

 バルタ達が迎えに行ったヴィーゼは、幌車の中で裸で泣きながらに踞っている。

 髪も体もまだ少し濡れていた。

 また、1人で風呂に入っていて乗り遅れたのだろうと思われる。

 その裸で踞るヴィーゼを見て。

 嗚咽が鬱陶しいと眉をしかめる同乗者達。

 元国王とマリーにクリスティナとアマルティア。

 ムーズは同情してか、本来の持つ優しさを発揮してか……そんなヴィーゼの背中を擦るように宥めた。


 そしてイナとエノのタヌキ耳姉妹はエルと一緒にヴェスペなので幌車には居ない。

 そしてそのヴェスペはペトラが運転していた。

 犬耳三姉妹はもちろんバイク。

 バルタとローザはルノーft-17軽戦車……。

 つまりは今、拗ねたヴィーゼに直接被害を受けているのは5人だけ。

 ……あれ?

 15人居ないか?

 出発前に14人と言い切ったのはエルだった。

 つまりはその時から間違えていたのだ……原因はエルでは無いのか?

 だが、残念な事にその事に気付く者は誰も居なかった。

 発覚しなければそれは事件でもない、事件では無いのなら犯人でも無い、それは百々の詰まりエルは……無罪のそれ以前と成る事になる。

 

 さて、その元凶のエル。

 ヴィーゼ本人に直接に見えない事を良いことにヴェスペの砲……防御板に凭れる様にして前方を見ていた。

 顔はニコニコとしている。

 ヴィーゼの心配等は、無線機越しに声音を変える程度でじゅうぶんだとそんな感じだ。

  

 そのヴェスペ。

 ガタンと大きく揺れた。

 草原の草に隠れた、少し深目の轍に片方の履帯を取られた様だった。

 幸いそれで走行不能には成っては居ない……上手く乗り越えられては居たようだが。

 しかし大きく体を揺らされたエルは不満げに顔をしかめて。

 「ペトラ……今のは何?」

 ブー垂れた声を直接に、運転席に投げる。

 

 そのヴェスペの前方の下からペトラの返答。

 「だから……以前と今は違うって言ったんだけど?」

 エルに言い訳?

 「以前はまだエルフの能力と奴隷印の繋がりで、近くに居る誰かの……ルノーft-17軽戦車の時はヴィーゼの視界を共有出来たから、回りの見えない戦車の運転も出来たのだけど……今は何の能力も無いから無理だからって、言ったよね」


 グダグダとまだ続けようとするペトラの話をエルはぶった切り。

 「でも昼間なら前ハッチを全開にしとけば見えるよね?」

 フンと鼻を鳴らしてエルは続けた。

 「見えていれば大丈夫なんでしょう?」


 「それでも……ルノーはまだ良いけど」

 歯切れの悪いペトラ。

 「この戦車はギアもクラッチも重いし……運転し辛いのよ」

 ヴェスペに悪戦苦闘しているペトラがブツブツと愚痴る。

 「だいたい、エルの戦車なんだし……自分で運転してよ」


 「私の……小さな体じゃあ長距離はシンドイのよ」

 エルの返答も歯切れが悪い。

 「だいたいペトラはローザやバルタの次に歳上で……体も私よりも大きいじゃないの」


 「年齢はそうかも知れないけど、イナとかエノならスキルの変化で大人の体に成れるでしょう? だったら体力も」

 ペトラのブツブツは止まらない。


 「私達は丸いハンドルのヤツしか乗れないの」

 エルの横に座り込んでいたイナがボソリと返事を返した。

 丸いハンドルとは、つまりはタイヤが着いているヤツだ。

 車輪で動く車って事。

 「向き不向きって有るでしょう? だいたいが左右のレバーで右に向いたり左に向いたりって……理解不能」

 エノもその横で肩を竦めていた。

 本当の所は、そんなに動きに違いが出る程のスピードも出ないのだが……二人はその重い操作が嫌なのだった。


 「他に居ないの?」

 ペトラのブツブツが悲鳴に近付く。

 操縦に悪戦苦闘しながらだ。

 

 しかしエルは容赦無くに。

 「戦車の操縦が出来る者が少ないのよ……それに……」


 「それに何よ」

 重いクラッチを踏んだせいか、ペトラの返事に少し力が乗っかる。

 

 「他の者は各々のスキルで役割が有るけど」

 溜め息を一つ……余り言いたくは無いけどもの演出?

 「イナとエノは観測兵で狙撃兵だし、エレン達はバイクでの斥候?」

 

 「アマルティアは? 12才だけど体も大きい方じゃないの?」

 ヴェスペのギアがガリガリと鳴いた。

 上手くギアが入らないとペトラは両手でギアに凭れる様にして力を込めている。


 「あの子はそもそも戦車の運転なんてした事が無いし……」

 エルはそんなペトラに足元から手を差し出して、少し大きめのレンチを差し出した。


 「教えれば良いじゃないの」

 レンチを受け取ったペトラは、それでもギアのレバーを入れたい方向に何度も打ち付ける。

 

 「あんたの方が歳上だし、体も太いでしょうに」

 ガコンと車体が揺れた。

 どうにかギアの変速が出来たようだ。


 「ヒッドウイ! 私は太って無いわよ」

 レンチを後ろに返しつつ怒鳴った。


 「わかってるわよ……でもアマルティアは胸やお尻は大きいから大きく見えるけど、本当はやせっぽちなのは知ってるでしょう?」

 レンチを受け取ったエルはそれを、所定の工具箱に戻した。

 

 アマルティアは山羊の獣人なので、その山羊ッポイ所もある。

 胸が大きいのは牛に近いからだし、お尻が大きいのはモノを牽く事が出来る本家の足腰が強いところが似たのだろうからだ。

 それに本物の山羊が体が細いのに大きく見えるのは、長い毛で全身を被われて居るから……敵に成る肉食獣に対して体を大きく見せる為。

 そして崖を昇る習性も有る。

 いかに上手く登れる能力でも落ちる事は有る。

 長い毛はその時のクッションの役割も有った。

 アマルティアはその、本物の山羊の特性も少しは受け継いでいる……そんな感じだ。

 見た目は、ほぼ人間なのだけど。


 

 その二人のやり取りと行動を……聞いて、見ていたイナ。

 無線機を取り。

 「ねえローザ……こっちの戦車も改造できない? ルノーft-17(改)の様にエンジンを替えてオートマとか」

 エノも補足と続けて。

 「だいたいギアとクラッチが重すぎるのよ……まあ、ハンドルレバーも重いけど」


 更に補足を付け足すペトラ。

 「たまにだけど、どうしてもギアが入らない時もあるし……何とかして」


 無線の向こうで聞いていたローザ。

 「今は良い感じのエンジンが無いよ……まあ、パトが帰って来たら……」

 考える、と言い掛けて止まったローザ。

 「元国王も時間凍結が解除出来るのよね? ゴーレム化だっけ?」

 また少し考えて。

 「ゴーレム化してもエンジンはエンジンよね? 抜き取ればそれはゴーレムとしてはどうなの?」

 無線越しに元国王に尋ねて居る様だった。


 「どうじゃろう?」

 その返答には困る元国王。

 「そんな事は遣った事が無いからの……わからん」


 「エンジンは車の心臓の様なモノなのよね」

 元国王の横に居たマリーも考え出す。

 「人で言うところの心臓移植と同じ?」

 もう一段首を捻って。

 「車のゴーレムって……モノは考えれ無いのよね? 感情とかは有るのかしら」


 「無いと思うぞ?」

 元国王も首を捻る。

 「確かに繋がりは感じるが……感情とかは全くわからん」


 「成る程……その移植でエンジンが動いていられるかだね」

 ローザも同じ様に首を捻っていた。

 「遣ってみるしかないか? 実験ね」

 

 その言葉に大きく反応したのはマリー。

 目を輝かせて。

 「そうよね! 実験は必要ね」

 元国王にその輝いた目を見せるのだった。


 元国王にはその輝きは……少し不穏な光に見えていたのだが。

 マリーに言われて、それを否定すればヤヤコシク成るのは知っている。

 だから、苦笑いで仕方無くに頷いたのだった。 

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