066 サーベルタイガーvsヴィーゼ+役立たず
さて、魔法使いのオジサンは役にたたないのがわかったヴィーゼは槍を構え直した。
そして一人で突撃。
「魔法使いって……使えない」
一言、捨て台詞は残して駆け出した。
サーベルタイガーの移動の速度は確かに遅いと感じた。
私やバルタ程では無い。
しかし、その手の速さはじゅうぶんに速かった。
手榴弾を弾き飛ばした時の素早さだ。
あの手が届く範囲は危険。
手に持つ槍ならその間合いの外から攻撃はできる。
安全策ならその方がよい。
でも、私の本体の戦い方は相手の攻撃を柔らかい体で交わして懐に潜り込む。
そして、背中に回ってからのトドメだ。
つまりは攻撃を避けるのが私の強み。
これは、バルタとは決定的に違う。
みなは、私がバルタの真似をしていると思っているみたいだけど……私にバルタの真似はできない。
だって、バルタは避けない……避けるよりも先に攻撃をしてしまう。
相手の攻撃が当たる頃にはもう終わらせてしまうのだ。
バルタの間合い入った瞬間にもう相手は倒しているのだ……そんなのは無理。
そりゃあ……何処かにはバルタが一撃で倒せないモノも居るだろう。
アルゼンチノサウルスなんかもそうだ。
それでも、相手の攻撃は受ける事はない、攻撃を仕掛けた相手がそこだと思った場所はバルタには過去の場所だからだ。
そして、逃げるの判断も早い……一撃が無理なら消える様に逃げる。
結局はそれが一番に強いのだ。
逃げれば負けないのだから。
私がバルタに学んだ事の最大はそれ……逃げるの判断だ。
しかし、今はその必要もない……だって、このレベルの相手なら勝てるからだ。
スルスルと極力、音を殺して近付く。
バルタ見たいに無音は無理でも、それに近い事はできる。
途中、方向をズラして斜めに走る。
サーベルタイガーの耳がピクピクと動いた。
動き方はバルタにも似ていると思うその耳。
それは、距離と方向が完璧に把握されていると思った方がよい。
槍を前に出して……突っ込んだ。
引いて押す動作が無いぶん威力は落ちるけど、槍が相手に到達する速度は圧倒的に早くなる。
槍先が相手に触れれば、その後は二卓だ。
そのまま体重を掛けるか……それとも、もう一度仕切り直す為の距離を取るかだ。
だが、槍先は届かなかった。
サーベルタイガーが一瞬の跳躍を見せたからだ。
ヴィーゼを上から押さえに掛かった。
一瞬、目を細めたヴィーゼ。
姿勢をクルリと回して槍を上に向けてつく。
足が地面から離れたのは、確実なチャンスだからだ。
空中で姿勢を変える事は可能でも、その進む方向は変えられない。
そして、重心は常にその方向に真っ直ぐ進む筈だからだ。
ズザザザっと音と砂煙を上げて止まったサーベルタイガー。
その腹からは血が滴り落ちていた。
一方のヴィーゼは腹の下を潜った後も止まる事無く動き続ける。
コチラに傷は見られない。
もう一度、低く相手の間合いに飛び込んだ。
サーベルタイガーはその間合いを嫌った様に飛び退いた。
「嫌がってる……」
不適に笑う。
相手が嫌がるのなら、それを続けるのが定石。
ヴィーゼは蛇の様に蛇行しながらに前進を続けた。
そして、1つ気がついた。
サーベルタイガーは攻撃をする時にイチイチ動きを止める。
瞬発力の速さを出す為だろうか?
もしかして、バルタも止まる?
それを確かめる事も、その術も無い事は知っているのだが……だって、気付いたらもう掴まって居るのだから。
いや、知っていればもしかするとのチャンスは有るかもしれない……こんどそんな事が有る時は試してみよう。
槍先がサーベルタイガーの鼻先を掠めた。
こんどは飛び上がらない。
それでも、流石に目の近くは避けられるようだ。
体勢を変えようと体を捻ると、チラリと大きな手が見えた。
サーベルタイガーの大きな肉球の先には光る鋭い爪が飛び出している。
マズイ! 集中仕切れていなかった。
判断が遅れた。
手足を縮めて空中で丸くなる。
相手の爪は槍を横に防いだ。
だが、サーベルタイガーの繰り出した猫パンチはマトモに受けてしまった。
大きく体が弾き飛ばされてしまう。
「柔らかい肉球のクセに……背骨が折れるかと思ったじゃない」
飛ばされて、転がされて口の中に入った砂を吐き出した。
ある程度の距離がまたできてしまった。
一からその距離を摘める為の仕切り直しだ。
槍を構えたヴィーゼ。
すると、あろう事か魔法使いのオジサンが手榴弾を投げた。
ヴィーゼとサーベルタイガーの距離が開いた事で、攻撃が出来ると考えたのだろう。
以前に躊躇して仲間に怪我をさせた事が頭に過ったのかも知れない。
しかし、それはとても余計な事だった。
ヴィーゼは形振り構わずに逃げだした。
その次のサーベルタイガーの行動がわかっているからだ。
私を撥ね飛ばした方の手がサーベルタイガーの聴き手だ。
そして、目の前に手榴弾が転がって来れば、それを払うのも聴き手の筈。
猫は払う時には外側から横に払う……なら、払われた手榴弾は何処に飛んで来るのかだ。
私を撥ね飛ばした時と同じ形で払えば……同じ所に飛んで来るのは当たり前だった。
さっきまでいた場所が爆発して地面が焦げた。
そして、やっぱりかヴィーゼはその爆発に巻き込まれた。
爆風で地面に叩き付けられて……意識が薄くなる。
流石の私でも、広く範囲を攻撃されれば避けようがない。
朦朧とした意識の最後がそれだった。
ヴィーゼが目を覚ました場所は列車の客車、そのベッドの上。
ボーッとした頭に、二段ベッドの上の段の底が見えていた。
ここはどこ?
私は誰?
なんて事には成ってはいない……ちゃんと意識もある。
それは自分がサーベルタイガーに負けたとの事も覚えているという事だ。
正直に言えばとても悔しい。
考えただけでも涙がこぼれる。
あそこで邪魔さえ無ければ勝てたのだから余計にだ。
「泣いてるの?」
エルが覗き込んでいた。
そして、私の頬を拭って立ち上がる。
「みんなにヴィーゼが起きたって報告してくるわ」
そのまま部屋を出ていった。
わざわざ報告と言うのだから……相当に長い時間、寝ていたのだろう。
でも、体の何処にも痛みは無い。
寝ながら自分の体を擦っても怪我した様でも無い。
疲れ果てて寝てしまったのか? ……そんなにハードに動いたかな?
首を捻りながら上半身を起こす……と、目の前の景色が歪んだ。
吐き気を催す程の眩みだ。
血液が脳にまで上っていかない感じ?
フラフラとまた横になる。
いったい……私の体はどうしたんだ?
頭でも打ったのだろうか?
手で自分の頭を確認……その手を上に上げるのにも苦労した。
「自分の腕が重い……」
そしてハアハアと息も荒くなる。
腕一本を上に上げるだけで疲れ果てていた。
「まだ動かない方が良いわよ」
マリーが部屋に入ってきていた。
その気配にも気付かない。
その他の皆もマリーの後ろに居たのにも驚かされた。
「あんた……大怪我をしたのよ」
マリーはヴィーゼの額に手を当てて。
「熱は下がった様ね」
「ねつ?」
怪我で熱を出すのか?
「骨折をすると……熱が出るのよ」
骨折……さっき体は問題無かった気がする、それは確かめた。
「頭の骨?」
残るはソコだけだ。
「それも含めて全身よ……」
フウーっと息を吐いて。
「エセ魔法使いの投げた手榴弾の爆風をモロに浴びたの、だから全身ボロボロ」
手を指差し、次に足を指差して胸に行って頭も指差した。
「もちろん内蔵も破裂で、目玉も飛び出して居たわよ」
「ええ……うそ」
口許が歪む。
「でも、だって……今は普通に見えるよ! 大袈裟すぎだよ」
「本当の事だよ……元国王が直してくれたの」
声を発したのはエレンだが、他の皆も心配げに頷いていた。
「ネクロマンサーのスキルで体の修復は済んでいるわ……まあ、血は足りないだろうから暫くは動けないだろうけどもね」
「元国王が……」
治療が出来るのは知っているし、それも見た事も有る。
でも、今の自分がそうだとはとても思えないでいたが……。
「そうか……私は死にかけたのか……」
でも……誰もが私に嘘を付いている様には見えなかったのだ。
だから、事実として受け入れた。




