061 アルゼンチノサウルス
貨物の平台車から下ろされたルノーft戦車にヴェスペは客車の横に陣取る。
「エルもう一度照明弾、今度は10.5cmで」
それはヴェスペの砲で撃てとの指示だ。
バルタは左手の親指の爪を噛んだ。
子供の頃は何時も親指を口に咥えて居たが……物心着いてからは初めてのことだ。
イライラが最高潮に達しているのだろう。
何せ……音はするのに相手の位置も距離もがわからない。
こんな事は今までなかった。
いや、大きいのだから……たぶんそこら辺だ。
でもその範囲が広すぎる。
待つこと暫く。
照明弾が撃ち上がった。
いったいどれだけ待たせるのだ。
エルはそんなにドンクサかったか?
照明弾がノロノロと夜空を進む。
なんで、そんなに遅いんだ!
いつもはもっと早くに進むだろうに……いや、私が焦り過ぎているのか。
照明弾の撃ち上がる速度が度々に変わる筈もない。
まわりの速度もエルの早さも何時もと同じなのだ、きっと。
そうだ……たぶん。
このイライラのせいだ。
戦車砲の照準器を覗き、照明弾を追いかけて……指は何時でも撃てるように引き金に当てている。
とにかく敵を黙視出来ればこの不安もイライラも修まるはずだ。
「さあ……早くその姿を見せろ」
そのバルタの足をつついたヴィーゼ。
「バルタ……バルタ」
小声で小さく声を掛けてきた。
「その左……見て」
「左?」
砲を動かそうとすると。
「砲塔の中の……」
言われるままにそちらを向いた。
暗い中に小さなモノを見付ける。
「何かの絵?」
「シールだよ……猫なんだって……でね、口がないの」
?
こんな時になにを!
声を張り上げそうに成ったのだが……その時、ヴィーゼの姿が見えた。
恐る恐ると私を覗き込んでいる。
心配そうな顔だった。
私がイライラしていたからか?
もう一度、そのシールを見た。
片耳にリボンを付けていた……可愛い感じの絵だ。
今ここでソレを見ろとは……ヴィーゼに気を使わせた?
……。
バルタは大きく深呼吸をして……もう一度、照準器を覗くと、照明弾はもう頂点に達していた。
照明弾の真下は森になっていた。
距離もここからかなりある……明かりが無ければ気付きもしなかっただろう。
そして、敵の一部が見えた。
長い首に大きな背中が森から上にはみ出していた。
煌々と照らす照明弾でもその一部しか見えない……それほどに大きかった。
100トン?
……もっと有りそうだ。
「山が動いてる」
ヴィーゼはそう表現した。
長い首は置いといて、丸い背中は確かに山にも見えた。
もう一度……深呼吸。
「違う……あれは魔物だ」
ヴィーゼと自分に言い聞かせて、引き金を引いた。
ドン! と振動が戦車を揺らす。
弾は狙った所に着弾した。
そこはこちらから見て顔の真ん中。
アルゼンチノサウルスは斜に見てたので頬の肉を下から削ぎ落とした。
頬骨の白い色が覗かれた。
だがそれはホンの一瞬だけ。
白い煙を発生させて、痛めた箇所をくるむように包むと……次にそれらが霧散し、元の肉が再生していた。
「ウソー」
ヴィーゼも見ていた様だ。
バルタだけの錯覚では無さそうだ。
「エル、当てられる?」
無線を掴んで叫ぶ。
返事は砲撃音で返ってきた。
アルゼンチノサウルスの頭を掠めて、そのまま背中に着弾。
大きく爆ぜる榴弾は背中の肉を焼く。
しかし、次の瞬間……さっきと同じ事が起こった。
「うそ……当てたのに」
エルの嘆く様な呟きが、無線の雑音に混じり届く。
「頭は当てられない?」
ルノーftの3.7cmプトー砲では骨まで砕けないのは、さっきの一発でわかった。
しかしヴェスペの10.5cm砲弾ならその威力も全然違う……惜しむらくば鉄鋼弾は積んで居ないという事か。
「……無理だと思う」
エルは申し訳なさそうに答えた。
「標的の認識は出来ているけど……大きすぎて全体の塊としてしか捉えられない」
体の一部を狙えは、やはり無理か。
「ソレでもいいわ、もう一発撃って」
再生はするけどダメージは与えていると……思う。
なら何発か撃てば。
「撃つよ……当たって!」
珍しく弱気な発言だ。
動いている頭を黙視で狙ってみるのか?
ドンと砲声。
頭には掠りもせずに、背中へ落ちる。
一発目とあまり変わらない場所だ。
そして、もちろん状況も変わらない。
焼けてもスグに再生される。
「どういう理屈よ……誰かあれがわかる者は居ないの?」
対処するためのヒントがほしかった。
たとえば……何処かに弱点とかだ。
「あの再生の仕方はネクロマンサーのスキルに近いと思う」
無線から答えたのはマリー。
「でも、決定的に違うのはネクロマンサーの回復スキルは自分には効かない」
「それって……どういうこと?」
「あの恐竜はネクロマンサーでは無いって事よ……同じ様な回復のスキルだけをもっているけど……不死を造るのでは無くて、自らが不死なのよ」
「常に超再生に超回復のその状態じゃな」
マリーの近くに元国王も居たのだろ。
「アルゼンチノサウルス……アル・ゼンチのサウルス……或・全治の恐竜……ってな感じか?」
「なにそれダジャレ? アルゼンチってそう言うこと?」
「いや……普通に化石が発見された場所がアルゼンチンってなだけなのじゃが」
「アルゼンチンって?」
聞いた事もない言葉だとバルタは確認。
何でもいい、藁をも掴むだ。
「地名……国の名じゃ」
「そんな国は聞いた事も無い!」
何処だそれは。
北か? 南か? 西か? 東か? 最果てか?
少なくとも地図にはそんな名は無かった筈だ。
「ワシ等の元の世界に在る国じゃ」
「まったく関係が無いじゃないの!」
叫ぶしかない。
転生者の元居た世界なんてどうでもいい。
時間を無駄にしたと、苦虫を噛み潰したバルタ。
もう一度叫ぶ。
「撤収! 逃げるわよ」
あんなのに勝てるわけがない!
「エル! 後退して……ヴェスペを列車に積み込んで。その時間は私達で作るから」
指示を出しながら、ヴィーゼを足先で蹴る。
手は方向を指していた。
「ソレが終わったら、バイクも順次積み込んで」
動き出したルノーft。
「森には入らないで……側面に回り込んで」
無線から口を話してヴィーゼに。
そして、もう一度無線。
「全部積み込めたら出発して!」
「バルタ達は?」
「私達は……このデカイのを誘導して遠ざけた後に追うわ、列車が見えなくなっても線路伝いに走ればいずれ追い付くから」
無線に叫びながら照準を合わせる。
正直、まったく見えて居ないのだけど……あのサイズなら関係ない。
適当にこの辺と決め撃ちしたって外すわけもないと、引き金を引いた。
「とにかく早く行って!」
汽笛の音が遠くに聞こえる。
省電力無線の方も圏外に成った。
距離としてはもう安全な所まで行けた筈だ。
後は私達が逃げるだけ。
「アイツ、強いけど遅すぎだよね」
戦車を操縦するヴィーゼは余裕を見せた。
「確かに強いのは再生能力だけね」
バルタもソレを認めた。
とにかく移動が遅いのだ、どんなに挑発しても時速で10キロは出ていないだろう。
巨漢なのにウドの大木だ。
でも、長い首と尻尾はソレ成りに動く……まあ、その間合いに入らなければソレも無意味な攻撃なのだけど。
「でも、ナメプは駄目よ」
「わかってるって」
戦車は倒れていた倒木を避けた。
魔物が首を振って吹き飛ばしたモノだ。
別にそんなに太くは無い、何時もなら踏んで乗り越える様なモノだけど……今は駄目。
そんなものでも履帯にダメージを与えるかもしれない。
ここで立ち往生は流石に詰まる。
あの大きさで重さに踏まれるのは勘弁だ。
「お煎餅は食べると美味しいけど、自分が成るのはイヤだもん」
ヴィーゼの言葉に頷くバルタ。
「そうね……とにかく何でも避けて。走っていいのは草の這えて平らな所だけよ」
そう念押した。




