005 旅は14人で……
翌朝。
元国王の話を受けた子供達はガレージの前に集まっていた。
その中に人間組はペトラだけだった、残りはそれぞれ仕事が有るから今回はパスとそんな感じ。
ペトラは勿論パスは出来ない。
そして何時もの獣人娘達。
猫耳のバルタ。
犬耳三姉妹にタヌキ耳姉妹。
エルフ混じりのキツネ獣人のエル。
イタチ娘のヴィーゼ。
そこに混じる様に居るドワーフ娘のローザ。
その影に居る山羊娘のアマルティア12才。
痩せているのに出るところは出て引っ込める場所はキュッと絞まっているその上で童顔の山羊の獣人の娘。
「二人も行くんだ」
バルタが二人に話し掛けた。
「ローザ……仕事は?」
エルが聞いた。
「そろそろ在庫も無いし……暇だからね」
ローザが肩を竦めて答える。
「在庫って、車?」
エルのその問いに頷いたローザ。
「バイクもね」
そう肩をすくめる。
以前にパトに動くようにしてもらったダンジョン産の乗り物。
今のこの世界ではそれなり以上に高価なモノである。
それが結構な数で有ったのだが……それも流石に尽きた様だ。
そして、パトが居なければ在庫の補充、仕入れも出来ない……全てがパトの持つスキルに頼っていたからだった。
「ふーん……で、アマルティアも?」
エルはそうなのと軽く流して、ローザの後ろのアマルティアに話しかける。
「私は……」
チラリとローザを見て。
「先生達が行くから、着いていこうと思って」
アマルティアはローザにゴーレム造りを習っていたのだ。
それはアマルティアのスキルにとってとても役に立つモノだからでもある。
自分に近しい者、もしくは使役しているモノの目を借りてその視界の覗けるそんなスキルだ。
ゴーレムは動かす者の魔力で動く、それはつまりは使役……隷属に近いモノなのでその視界を共有できる。
勿論、ドワーフでは無い山羊獣人のアマルティアにドワーフの持つ固有スキルの鍛冶は無理だ。
だけどゴーレムは錬金術師にも造れる。
その前段階の形を造る部分をローザに習っていた。
そして、その錬金術の方はマリーに師事している。
午前中はマリーに座学。
午後からはローザに実践。
夕方以降は冒険者達のお手伝いでアルバイト。
なので何時も食事はその時にしている、だから屋敷に食べに来る事は無い……別段に食べに来ても良いのだけど、どうも古参の獣人の子供達や娘達とは少しだけの距離を感じている様だった。
パトとも殆ど一緒に居た事も無いのもある。
先の戦争でも獣人部隊の一歩兵として、獣人達のお姉さん達と常に一緒に居たからだった。
「お! 結構多いの……」
そこにやって来た元国王。
横にはマリーとムーズも居た。
「ムーズも一緒に行くの?」
少し驚いたエル。
「お爺さんが良く許したわね」
最初のそれには素直に頷いたムーズ。
「王都に行くのなら一緒に連れて行って貰おうと思って」
ニコリと微笑む。
そして、それだけでは言葉足らずだと思ったのだろう……続けて。
「お姉さまに男の子が産まれたから、それを知らせる為にね」
そちらがお爺さんが許した理由らしい。
それを聞いたエル。
一瞬、誰に? とも思ったのだが。
良く良く考えれば、それはヴェルダンの跡継ぎが産まれたとの事だ。
元とはいえ貴族なのだからとても重要な事なのだろうと思い至る。
伝える相手は、王都に残る元貴族の誰かに……なのだろう。
ついでに元国王が一緒なのだからとムーズが説得したのだとも思われる、流石にあのお爺さんもソレだと頷くしか無いのだろう。
やはりムーズの旅は半分は遊びなのだとエルは理解した。
「本当ならお姉さまが子供抱いて伺うのが早いのだろうけど……流石に赤ん坊には遠すぎるからね」
ムーズのそれはエルには言い訳の様にしか聞こえないのだけど……まあそんなモノなのかと首を捻る。
「同じ王都に居れば……子供が産まれれば、それが男の子だと特にだけど、噂はすぐに広まって、下位貴族の誰彼ともなく御祝いの挨拶に来るのだろうけどね」
マリーが補足と説明。
「貴族にとっての跡継ぎは大事な事なのよ」
ああ……成る程とエルは頷いた。
今一良くわからないけど、大変なのはわかったからだ。
ウン面倒臭い。
だから兎に角、頷いておく事にしたのだ。
となれば、ムーズのそれはさっさと切り替えて。
「ってことは、この13人ね」
エルは指を差しつつ順番に数えた。
「あと一人、クリスティナも一緒よ」
ムーズがエルの前で、自分の指を一本立てて見せる。
「旅支度にトランクに色々と詰めていたわ」
「ふーん14人か」
エルは口許に手をやり。
「乗り物はどうしよう。ルノーft-17は二人乗りだし……ヴェスペは7人くらいは乗れそうだけど足しても9人……ウーン」
チラリとローザを見る。
「残りの5人は元国王の車? それともローザは戦車? 移動工房?」
「私の戦車は……もう売っちゃった」
肩を竦めてローザは笑う。
「移動工房車は今は兄が使ってるからそれも無理ね」
「なら元国王の車か……まあ五人乗りだから大丈夫だろうけど、荷物が限られるね」
「ああワシの車は出さんよ」
元国王が首を横に振った。
「あれは運転が面倒じゃから、アレで行くと運転がズッとワシに為る……それは嫌じゃ」
「私達は何時ものバイクで行くよー」
三姉妹が横から入ってきて叫んで、また何処かに行った。
「なら……ヴェスペに9人……狭いわね」
エルは唸る。
自分のヴェスペにそんなに人は乗せたくはないと、ローザを見た。
だがローザは顔の前で手を横に振って。
「さっきも言ったけど、出せる車は無いよ……一台残らず売れたから」
渋い顔に為るエル。
「昔みたいに荷車か馬車の箱だけを戦車で引っ張れば?」
昔とは言っても二年前の事だけどと、笑いながら提案してきたイナとエノ。
「その類いのモノなら冒険者達に借りられるでしょう」
「馬車の箱だけなら、下取りで押し付けられた物が余ってるから出せるけど」
ローザがそう言いながらにチラリとガレージを見た。
ファウスト・パトローネの所有する戦車や車がそこには収まっていたからだ。
しかし、それにはエルがスグに反応した。
「パトのは駄目よ」
即座に否定。
「38(t)もシュビムワーゲンもパトの大事なモノだから」
少し顔を伏せて。
「壊したら怒られる」
「怒りはせんじゃろうに、ヤツはそんなに胆の小さい事は無いと思うがな」
元国王は少し大仰にして。
「少し借りるだけなら駄目か?」
「怒らないかもだけど……私が嫌なの」
「私達も嫌」
エルと同じ様にイナとエノも声を揃えた。
「無理強いは駄目よ」
マリーが元国王にボソリと忠告。
「この子達はパトに嫌われるのが恐いのだから」
「そんな事は……」
エルが言い掛けて。
「恐いとかじゃなくて嫌なの」
イナとエノは素直にそう口にした。
ふん……と、大きな溜め息を吐いた元国王。
「仕方無いのう、では馬車の箱と荷車を借りようかの」
ローザに向かい、告げる。
「途中、何処かのダンジョンにでも寄って車を調達するかの」
「え? 車って」
驚いたローザ。
「この人もダンジョン産のモノを動かせる様に出来るのよ」
マリーが元国王を指差し。
「しかも触る事も無くに……車でもバイクでもゴーレム化しちゃうの」
ローザの目が大きく見開かれて、中の瞳が輝き出す。
「パトの様に?」
「あ! でも売れないと思うわよ」
そんなローザに即座に否定して見せたマリー。
「ゴーレム化だから漏れ無くこの男の眷族だから、機械でも何でもね」
「え? ただ動く様にだけは?」
目が細まるローザ。
「そんな器用な事は無理」
言い切ったマリー。
項垂れたローザ。
「仕方無いでしょう、ネクロマンサーなんだから動かないモノを動かすのには魂を入れるって事なのよこの男の場合はね」
マリー顔の横でヒラヒラと手を振って、ローザに諦めろとそんな仕草でだった。
さて、ルノーft-17軽戦車に少し大きめの幌の掛かった馬車の箱だけを繋ぐ。
それは最近、良くやる方式の後ろの尾橇に後ろ向きに乗せたゴーレムに、馬車の取っ手の部分? 本来は馬を繋ぐ部分を手で掴んで貰う遣り方。
その馬車の方には旅の為の荷物を積み込んだ。
簡単な食料……軍隊式のレーションに冒険者式の保存食。
そしてテント……これはバルタの私物でロゴスのナバホ1ポールテント。インディアン式の円錐形のヤツだ。
3~4人用だが、子供達だけなら6人は寝れる。
幌付きの馬車でも荷物を片付ければ何人かは寝れるので、後の溢れた者は戦車の中か外に野宿でも良いだろうと、テントはその一つだけ。
まあムーズが居なければそのテントも持っては行かないのだが。
いかにもな貴族のお嬢様には、魔物の居る場所でのフィールドワークは酷だろうとの判断。
え? 元国王? マリー?
そんなのは知らないとそこには肩を竦めるバルタ。
元国王も偉いのは昔の話で、今のバルタ達には関係が無い。
それにもう随分な大人を通り越しているのだから、自分の事は自分でやって欲しい。
世話を焼くのはムーズまでだ。
それでなくても面倒臭い子が多いのに……。
等とブツブツと一人言を言っていたバルタ。
ふと気付くと、馬車に荷物を運んでいるのはバルタとタヌキ耳姉妹だけな事に為っていた。
「えええ……」
少し大きな声で出る溜め息。
エルは自分のヴェスペに繋いだ荷車にゴーレムを使って荷物を運んでいる。
わかった……それはいい。
ローザはそのヴェスペの後ろにルノーft-17軽戦車と同じ尾橇をくっ付けていた。
その尾橇の部品は何処から持ってきたのか? それもまあ良い。
別段に塹壕を越えるわけでも無いので尾橇はいらないのだけど、ゴーレムに座らせての荷車の牽引にはとても便利だ。
それにヴェスペが砲を撃つ時は後方のアオリを寝かして床を拡げる必要もある、その土台としても役に立ちそうだとも思う。
そして、アマルティアはその手伝いをゴーレムを使って遣っている。
……問題は後の者だ。
元国王はマリーと優雅にお茶を啜っていた。
ムーズとクリスティナはペチャクチャとお喋り。
百歩譲ろう……元国王とマリーは依頼者でスポンサーでも在る。
ムーズはお嬢様でクリスティナは最年少だ……赦そう。
だがバイクで辺りを走り回っている犬耳三姉妹は、その赦す理由が見付からない。
「チョッと……手伝ってよ」
珍しくバルタが声を荒げ様とした。
その時、バルタ依りも先にもっと大きな声での叫び。
「あんた達! いい加減にしなさい!」
見ればエルがヴェスペの上で砲弾を抱えながらに仁王立ち。
驚いたバルタ。
「え? 撃つ積もり?」
そんな筈も無いのだが……そう見えたのだ。
いや……エルなら本当に撃つかも知れない。
心の端の何処かにそんなモノが引っ掛かるからか慌てたのだ。
そしてもっと慌てたのが、バイクで走り回る当の三姉妹。
「いや! 違うのよ!」
キキッとバイクをその場で停めて、エレン。
「ネーヴがバイクの調子がおかしいって」
アンナも続ける。
「ほら、途中で壊れたら皆に迷惑が掛かるから」
ネーヴが両手を前で振りつつ。
「そんなのはローザに見てもらえば良いじゃない」
エルは語気を強め。
エルに言われて、エレンとアンナはネーヴを見た。
「でも、何処が調子悪いのかがわからないし……」
見られたネーヴがボソボソと答える。
「だからそれもローザに見てもらえば良いのでは?」
ヴェスペの上から見下ろす様にしてのエル。
「ほら……お金がね」
エレンもボソリと。
「少しでも安くと思うと、何処が悪いって言った方が」
アンナも同じく続けた。
「どうせ修理するなら一緒でしょう!」
エルはそう叫んで……チラリと元国王に目線を走らせる。
「その分も経費で被せれば良いのよ」
「!」
三姉妹は目を見開いて。
「成る程!」