054 お弁当
皆で話をしていると、いつの間にかに時間も過ぎて日も傾いてきた。
駅の構内も薄暗くて寂しく見える。
その代わりに車内には人が増えた。
これから同じ列車で旅をする乗客達だ。
ガヤガヤと騒がしいのだけど……その誰もが声音が弾んでいた。
至る所から重なるうるささは、楽しい旅を期待するそんな声だった。
「お腹すいたね」
ドロップをカラカラと言わせているヴィーゼが呟く。
と、客室車内にブオーンと唸りパチパチと小さく弾ける様な音が聞こえて次々と天井の電灯が灯る。
そんな音までもも聞こえたのは、いきなり車内の客達が黙ったからだ。
皆が天井を見上げている。
そして大きな汽笛の音。
暫くして……ガクンと揺れてノソノソと動き出す。
車窓から見える景色が動き出したのを確認して、待ちに待った旅が始まったとまた各々が口を開いてまた騒がしさが戻ってきた。
そしてもう一度ヴィーゼが声を出した。
「お腹すかない?」
仕切り直した様に、催促をするように。
「うん、お腹すいたね」
同調したのはネーヴ。
棒つき飴の棒だけを口に刺している。
しかしアマルティアとペトラは窓に釘つけだ。
車窓の景色は、駅を抜けて街を横に流すように見せていた。
ムーズは寝ていたクリスティナの肩を揺すり、起こして指を差す。
クリスティナの寝惚け眼は一瞬で開かれた。
わあぁっと声を上げて、窓にへばり着く。
「ねえ……お腹」
ヴィーゼはなおもそれを主張した。
しかし共感を得た人数は少ない様だ。
大半は窓の外を見ている。
ヴィーゼも下唇を突き出しながらも、外に目をやった。
そして無粋な一言。
「戦車とか車で見ているのと一緒じゃん」
「情緒がないな……」
ペトラがジトリとヴィーゼを睨んだ。
「そうですね……こういうのは趣を大切にするものです」
ムーズがスーパー御嬢様モードでチクリ。
「うえ……ただお腹が空いたって言っただけじゃん」
横に座るバルタの影に隠れようとする。
「外だって……正直バイクの方が凄いよね? 流れる感じとか」
同意を求めたのはネーヴ、先程の ”腹減った” に共感してくれたからだ。
だから話の内容も狙い打ち。
「それは違うぞ」
後ろの方から元国王も参戦するようだ。
「これは、わびさびの問題じゃ」
「ワビサビ?」
「なにそれ?」
「美味しいもの?」
「意味がわからない」
「どうこと?」
しかし一斉に首を傾げられた。
大人でもわからない者が居るのに、それが子供に通用する筈もない。
因みに ”わびさび” とは……。
”わび” は極端に情報を減らしたシンプルな状態。
”さび” は時間経過のはてという事。
見る者によっては薄汚れた古い物に為る。
どこぞの茶室もただの小屋に成る。
だが元国王が本当に理解しているのかは……あやしい。
と、向かいに座るマリーは苦笑い。
デッサン人形を指してわびさびを説く……それと変わりが無いレベルなのでは無いかと疑って居たからだ。
「まあ……どっちでも良いじゃない」
マリーは立ち上がって、肩から斜め掛けの小さな黄色い鞄に手を突っ込んだ。
見た目が幼稚園バックその物のソレ。
そこから取り出したのは、明らかにサイズの合わないカラフルな小振りのお弁当を幾つも。
お弁当箱はダンジョン産だ。
「それ……いつ見ても不思議だね」
エレンが物欲しそうに見ている。
「錬金術師の魔法の鞄だからね」
マリーはお弁当をエレンに差し出した。
どっちを物欲しそうに見ていたのかはわからないのだが、錬金術師の鞄を扱うには才能が必要だ。
そして獣人にはその才能は、ほぼ無理なのだ。
理由は単純に種族的なモノらしい。
人族にはどんなに鍛えてもバルタやヴィーゼの真似が出来ないのと一緒だ。
だから渡すのはお弁当。
皆に順番に配った。
クリスティナやペトラにムーズの組に渡す時には一言かける。
「流れる景色を見ながら食べるのもオツなものよ」
雰囲気を楽しむ派にも納得だろう。
へったくれも無い派にはそのまま渡せばいいだけだし。
これで四方八方丸く修まる。
と、思ったのだけど……。
子供達は大騒ぎを始めた。
やれ具が小さいだの……このおかずキライだの……量が少なすぎるだの……だった。
そして、マリーをカッチーンとさせた一言。
「ヤッパリ……」
そこに辿り着く会話は。
「これ、誰が作ったの?」
「マリーだって」
暫く間を空けて……。
「ふーん」
の後に続いた一言だった。
「マズイってんなら食うな!」
両手を上げて怒鳴る。
「いや……マズクはないんだけどね」
イナはホークで刺したニンジンを掲げて。
「なんだかアルコール臭い」
「そんな筈は無いでしょう?!」
皆があまりにも煩く言うから、調理器具もダンジョン産の新品に変えた。
先のペンギンのダンジョンだ、出入り口がホームセンターだったのでもとの世界の日本で使い慣れた物を選んだ。
それでもまだ文句を言うか!
「気のせいだ! 思い込みだ!」
そう叫んで、差し出されたニンジンをパクリ。
……。
眉をひそめたマリー。
確かに妙な味がする。
味醂をいれすぎたかな?
首を捻りながらに他のオカズもつまんでみる……普通だ。
考え込んだマリー。
「冷凍のせい?」
このお弁当の材料は、ダンジョンの中で見付けた業務スーパーって所で仕入れた。
何でも冷凍されていて、しかも量が多い。
流石! 頭に業務と付くだけの事は有ると感心していたのだが……それが失敗?
値段は私の時代とは随分と離れたダンジョンだっだので、物価の変動はわからないけど……感覚的には値上がりしてはいた。
その幅は驚く程でも無かったけど、まああの値段なら高級スーパー位かなと、そんな感じだ。
実は安すぎたとか……お金を払っているわけじゃあ無いのだからもっと店を選ぶべきだったか?
でも……それだと冷凍が……。
元国王のスキルが融通が効かなすぎて、冷凍でないと保存できない。
冷凍ならそのまま凍らせて置けば結構な日数も持つ。
しかも凍らせるのは、今はとても簡単だ。
ペンギンを仰向けに寝かせて、腹に凍らせたい物を置けば1発でカチンコチンにしてくれる。
後は冷凍庫に放り込めばいい。
その冷凍庫もホームセンターで見付けた、車の電源で動かせるヤツだ……たぶんキャンプ用?
うん……完璧だったはずだ。
「どこで間違った?」
頭を抱えたマリーだった。
「まあ……食べられなくは無いから良いんだけど」
「その言い方!」
もっと別の……オブラートは無いのか? と言いたい。
「まあしかし……確かに美味しくは無い」
それも事実だから仕方が無い。
「こっちのは少し辛いし」
鳥のから揚げを指している。
「それはわざとよ……お弁当だから少し味を濃くしたの」
「そうなの? でも……濃すぎない?」
そう言って差し出したそれをマリーはパクリ。
……もはや……溜め息しか出ない。
修行しなおしだ。
お嫁には……それは今更だけど、流石にいい大人がこれくらいの簡単なお弁当で失敗するのは、滅茶苦茶へこむ。
「残してもいいわよ」
それが精一杯だった。
明日から朝と夜の食事は列車側が用意してくれる。
もちろんその分の料金も払っているのだから当たり前なのだが、その繋ぎの1食が失敗するとは思ってもいなかった。
「いや……マズクは無いんだって」
エレンは横に座っていたネーヴのお弁当箱を指差して。
「ほら、全部食べてるし」
「うん、お腹は膨れたよ」
ネーヴもニコニコとうなずいていた。
優しいのか優しくないのかサッパリだ。
まあ子供だからこんなものなのか……。
産んだ事は無いけれど、少しだけ雰囲気は味わえた気がしたマリーだった。
自分がお母さんならこんな事もしょっちゅうで……たぶんそれも楽しいのだろうな。
想像すると少し口角が弛む気がした。




