052 キヨスク
「さて……時間はまだまだ有るようじゃが」
元国王が手元の切符を覗き込む。
「先頭車輌かの?」
チラリとペトラを見たのは……たぶん気付いたのだろう。
あれ? ワシいらんことしたかの?
そんな顔にも見えた。
子供か女の子かの判断基準を間違えた、自業自得では有るのだが……本人はまだそれに気付かない様なので、ペトラの冷たい視線は暫くは続くのだろう。
「お! 売店が有るのう」
もう一度、チラリとペトラを見て。
「何か買って行くか?」
孫に拗ねられたお祖父ちゃんの様な雰囲気だ。
「売店?!」
しかしその元国王の発した言葉に食いぎみに食いついたのはヴィーゼだった。
「クリスティナ! 行くよー」
手を取って走り出す。
列車は駅に入ってすぐだ。
出発は今日の夕方……日が沈んでからなので、まだ半日以上の時間が有る。
王都へ行くのなら終点までだから10日程の旅。
因みにその終点から王都まではまだまだ距離があり5日は掛かる。
人間側も、王都の中のにまで線路の延ばす事には流石に躊躇したのだろう。
列車は便利では有るが……危険でもある。
大量に人や物を運べるなら……逆に兵士を送り込まれる事も出来る。
それに線路を引くには城壁に穴を空ける事にも成る……魔物の出入りのハードルが下がるって事だ。
せっかくに王都は城壁で囲われているのだ、それを無駄にするような事もない。
なのでワザと距離を離していた。
「ねえバルタ」
早く早くと手で催促のヴィーゼ。
「あれ買って」
そして指差すのは缶に入れられたドロップ。
遅れて来た他の子達も各々指を指す。
そしてチラチラとバルタを見ていた。
みんなはバルタがお金を持っている事を知っているのだ。
そのお金とは……決闘ショーのお捻りだ。
もちろんそれはバルタの稼いだお金……でも、年下達は知っていた。
ねだればバルタは買ってくれる、何時もでは無いけれど特別な感じの時は必ずだ。
そして列車に乗るのは明らかに特別なのだ。
だから指を差す。
バルタは怒らせなければ……基本は優しいのだ。
「いいよ」
笑って返したバルタ。
「でも1人1つよ」
若干1名が両手で指差していたからだ。
それを言われて右手を引っ込めるか左手を引っ込めるかを悩んでいるネーヴを尻目に、各々が1つのお菓子を胸に抱える。
まだまだダンジョン産のお菓子は有るのだが……ここで買うのはまた別で嬉しいのだ。
美味しさに関しては……お菓子に貴賤なしだ。
バルタは振り向いて。
「あなた達も選んで」
少しだけ後ろに引いていたペトラとアマルティアにムーズ。
盗賊に囚われていた子達は小さい頃からずっと一緒だったからバルタにはすぐに甘えられるけど。
後から仲間に成ったもの達には、やはりに遠慮が見える。
まあ、ムーズは元貴族の娘でお金は常に出す方だったので余計に戸惑ったのかも知れない。
獣人の娘に何かを買って貰うのは人生でも初めてで、そんな日が来るなんて思いもしていなかった筈だ。
それでもなんだか嬉しい気持ちに成ったのだろう。
おずおずと指を指したのは赤色のパッケージのチョコレート。
「あれを戴けますか?」
「普段と違う、敬語に成ってるし」
笑ったバルタ。
「あれ? でもあの赤いのは戦車チョコレートじゃないの?」
横から口を出したのはエレン。
自分はチョッと大きめのチョコバーを握っていた。
「戦車チョコレートは駄目だって……パトが言ってなかった?」
「ああ……ホントだ」
チョコレートを確認して頷いたバルタ。
「なに? その戦車チョコレートって」
マリーが気になったのか手に取ってみる。
「何が駄目なの?」
裏や表を確認していた。
「麻薬が練り込まれて居るんだって」
エルが指差して。
「戦車乗りが敵のど真ん中に進むのに恐怖を麻薬で吹き飛ばす為にらしい」
頷いたマリー。
「ああ……ヒロポンね」
チョコレートを売店に戻した。
「ヒロポン? 聞いたような聞かない様な」
後ろで首を傾げていた元国王に説明を始めたマリー。
「日本でも戦時中に兵士に配っていたわよ……チョコレートかどうかは知らないけど。麻薬で疲労がポンと飛ぶからヒロポンって名前に成ったらしい。
ほう……と頷いた元国王。
「有名な所では零戦乗りの最後の盃の酒に混ぜてたらしい」
「何故に?」
「麻薬と酒に酔わせて……お国の為に死んでこいって……」
苦い顔に成ったマリー。
「まあ……日本万歳って言わせる為よ」
「戦時中は皆がそれを普通に叫んで居たんじゃろう」
「軽い洗脳の様なモノで言わせて居たのだけど……集団心理、国民の殆どが村社会の横並びを美徳とした日本人独特の感性を利用したモノだけど。流石に命のやり取りではその洗脳も解けるから酒と麻薬で上塗りよ」
「成る程……特攻隊員も死にたくは無かったと言うことか」
顔をしかめて首を振った元国王。
「大丈夫よお国の為に死んだと本気で思ってた馬鹿もちゃんと居たみたいだから……そんな彼等の行動は否定はされない」
大きく息を吐くマリー。
「でも死にたく無かった者に命令で強制させたのは殺人よ……しかも薬浸けで」
「えらく実感がこもっておるな」
「私の祖父の兄がそれで死んだのよ……でも祖父は言ってた、兄は戦争は嫌いだったし、何よりもアメリカが大好きだったってね」
「アメリカ好きって居たのか?」
驚いた元国王。
「そりゃ沢山居たわよ……明治から入ってきた海外の文化でも特に人気なのは映画よ……贅沢な遊びだけどその映画館にあしげく通ってたんだそう……そう言ってた。だからアメリカ人を殺すなんて嫌な筈だしその為に死ぬのはもっと嫌だった筈だって……聞かされた」
「なんだかワシの聞いた話とは違うのう」
「時代が違うからね」
肩を竦めたマリー。
「私の時代では、現役の兵隊さんが普通に近所に居たもの……祖父だけじゃないわ……で、建前は日本の為だけど、言葉にしない本年は別なのよ」
「ワシの時代はその建前だけが残ったのか」
「日本人好みの美談にしやすいからでしょうね」
「まあ……薬浸けで後ろから脅されてでは……美談どころか話にもならんか」
「そうよ……脅されるの部分はリアルに銃でだしね」
「ひどい話じゃな」
元国王も流石に堪えた顔をした。
「でも生き残った兵隊さんも……それはそれで大変だったみたいよ」
マリーはボソボソと続けて。
「薬が無いと普通の暮らしにも支障が出る人も沢山居たみたいだし」
ため息。
「国は自分達で薬浸けにしたのに、それを知らん顔で麻薬は違法だって変えたから……薬が必要な人は大変な思いをしたと思う……自分のせいでそうなったのなら諦めも着いたのだろうけども」
「実際にそんな人を見たのか?」
「看護婦に成って半日しか経って無かったから私は直接は見ては居ないけど……先輩達には聞かされた……可哀想な人達が居るって」
バルタの後ろで深刻そうな話をしていた二人は放っておいて。
「ムーズ……それは止めといた方がいいわよ」
手を軽く左右に振った。
「疲れが取れるチョコレートは人気なのだけど」
売店のオバちゃんがバルタに声を掛けて、商品棚の下をゴソゴソと探り、別のチョコレートを差し出した。
「こっちは普通のチョコレートよ」
少し大きめの楕円形の紙の箱……ケースに入れられたチョコ。
「チョッと御高いけどね」
「あれでいい?」
バルタはムーズに尋ねる。
「え! 高いだよね?」
遠慮してか手を左右に振って後ずさったムーズ。
見た目からして確かに高そうだ。
「大丈夫よ」
バルタはムーズに笑って。
「オバちゃん……それ頂戴」
手を差し出して受け取ったバルタ。
「私にもチョッとだけ分けてね」
ムーズに渡す。
「ありがとうよ」
突然にオバちゃんは大きな声で笑った。
バルタがそちらに目を向けると。
元国王がお金を払っていた。
「ワシの奢りじゃ」
元国王も、なんだか満足そうに笑っていた。




