051 駅と列車とドワーフ
駅の建物。
その構内に踏み入れた子供達。
クリスティナは驚いていた。
柱は何本も見えるのに部屋を仕切る壁が無い。
それ以前に平たい面の壁は外から見えた外壁と屋根だけだった、あとは……ただ広い。
「こんな大きい建物なのに1部屋だけなんて初めて見た」
そう言いながらホヘーっと呆けていた。
「クリスティナは初めてなんだ」
そう言って笑うヴィーゼ。
それはそうだろう。
パトと出会う迄は、ほぼ城の地下牢に監禁されて居たから駅も列車も見た事が有る筈もない。
戦時中の敵国人であるエルフは見付け次第、逮捕だったのだから。
黒軍服によるエルフ狩りだ。
「天井もメチャクチャ高いんだね」
驚いていたのは他にも居る。
アマルティアも上や左右をキョロキョロ。
「あ! 部屋の中に線路も有る」
建物の中に1部屋しかないのを、部屋と呼んで良いのかもわからないが……クリスティナに倣えばそう成る。
「その線路の上だけ天井が無いね」
ペトラも初めての筈なのに、余り驚いた様子は無い。
元々が運送業の娘なので、コレもイメージしやすいのかもしれなかった。
「列車を引く先頭は石炭と水で動く蒸気機関車だからね、天井が有れば煙たくて仕方無いよ」
また笑ったヴィーゼ。
何故か自慢気だ。
「ふーん、でも何で蒸気機関車なの?」
その態度に少しイラッとしたペトラがヴィーゼに尋ねた。
「電車が駄目なのはわかる、電気の供給方法が無いだろうしそれをバッテリーで賄うのも無理が有りそうだ……でも、ディーゼル車とかガソリンエンジンでは無いのは何故?」
実はペトラには大体の理由は想像は出来た。
それをヴィーゼが知っているかどうかは知らないけれど……知らなければチョッとした意趣返し。
人を小馬鹿にしたヴィーゼを馬鹿し返せるとほくそ笑む。
知っているなら仕方無い、その小馬鹿にした自慢気な感じを続けるのを許そう。
チョッとした賭けだ。
しかしそのヴィーゼはニコッと笑って一言。
「カッコいいからでしょう?」
そんなのは決まってるじゃんとまた笑う。
そんな筈はないと苦笑いのペトラは、今度はローザに見いてみた。
駅も列車もドワーフが管理しているからだ。
鉄を扱うドワーフなら線路の管理や補修は御手の物なのだろうから、結果そうなったと想像も着いた。
延々と続く線路を、人の力では敷くだけでも重労働だ。
その点、魔方陣で鉄が扱えてゴーレムの扱いも上手いドワーフならそう難しくは無いのだろう。
いや……逆かも知れない。
ドワーフ以外は列車をどうこうなんて考えもしなかったのかもだ。
そしてそれを切っ掛けにドワーフの立場は上がったのだし……狙って造ったのかもしれない。
戦時中もその前も、ドワーフだけが特別だった。
国を持たない亜人なのに、何処の国でも待遇は2番目。
人の国でも次はドワーフ。
エルフの国でも次はドワーフ。
ドワーフは国は持たない代わりに技術力だけで独立して見せたのだ。
そしてヤッパリ駅や列車はそれを示す為のパホーマンスなのだろう。
物が造れて物流もだ。
しかもその物流には微妙な制限も有る。
大量には運べるけれど、範囲は決まっている……線路の届く所まで。
駅から駅のその間だけだ、後は人で自由にやってくれと言う感じ。
小分けにされた荷物を其々の村や街に運ぶのは人。
一番感じんな所に手を出さなかったのも、それも戦略だったのだろう。
流石に物流の全部を掌握されれば国も黙っては居ないのだろうし。
……。
そこまで考えてもう1つの事にも行き当たった。
ペトラは元国王に尋ねて見る。
「駅とか列車は国の持ち物とか?」
「ん? そうじゃ」
突然で驚いたのだろう顔。
「便利じゃからドワーフから譲って貰った。まあ管理はできんしそれはドワーフに任せたがの」
「って事は……ここで働いているドワーフ達は、公務員って事か」
「ああ……うん」
少し首を捻った元国王は最後に頷いた。
「給料は国から出ているからそうじゃな」
成る程……上手い事だ。
エルフの国にも同じ様な物が有るのだろう。
そしてヤッパリ公務員。
種族の違う亜人なのに迫害されない理由はそれかと、大きく頷くペトラだった。
まあそこに思い当たったのは、ペトラが運送業を営む家族の娘だったからだろう。
仮初めの家族でも、ペトラの記憶ではその家族が本物なのだから……そこで得た知識は父や母から教わったものだ。
物流は国の血液。
鉄道は大動脈。
道路は毛細血管。
国や民が飢えないのは物を運ぶ者が居るからだ。
そんな大層な事を言っていたが、その意味が少しだけわかった気がした。
そしてドワーフのこずるさも……。
話を少し戻せば蒸気機関車ってのもそうなのだろう。
鉄の塊でドワーフが修理や補修がしやすいからに違いない。
エンジンは修理はできても限界が有るからだ、技術的な事で。
それは戦車やバイクの修理を見ていてわかった。
少し複雑な部分は何処かのダンジョンで見付けて交換だと言っていたし。
その時、汽笛と共に列車が建物に入ってきた。
白い煙を吐きながらユックリと進んで建物を貫いて停まる。
駅に入ったのは客車だけで、後ろに続く貨物車の部分はそのまま外だった。
つまりはやたらと長い。
「ねえローザ、蒸気機関車なのはカッコいいからだよね!」
ヴィーゼは興奮してローザの服を引っ張る。
さっきの話の確認だろうか。
「そうだね」
笑って肯定したローザ。
「それと……コストもかな?」
「コスト?」
それは思い付かなかったとペトラは首を捻る。
「蒸気機関車は水を石炭で燃やして動くのだけど……水は魔石で延々と湧き続けるから補給は要らないし、燃やす石炭は火種の魔石とドワーフの鍛冶の魔方陣で火力が足せるから消費も少なくて済むからだよ」
「そうか……ディーゼルにしてもガソリンにしても、大量に貯める魔方陣は有っても実際に燃料は補給しなければいけない、ただタンクが大きいだけだし」
コストと言われれば納得出来るし、確かにその通りだとも思う。
敢えて旧技術にした理由がそれか!
ぬぬぬ……恐るべしドワーフ。
「もういっそのことドワーフに国の管理を任せた方が良いんじゃない? それだと人とかエルフとかも戦争しなくて済みそうだし」
ボソリと呟いてみた。
考えればチョッと怖いけど……合理的に物事を考えるドワーフの方が良い国に成りそうな気もする。
「駄目じゃな」
ペトラのそれが耳に届いたのだろう元国王は即座に否定した。
「ドワーフに任せると極端な資本主義社会に成るので……富める者は良いじゃろうが、貧しい者は生きては行けんじゃろう」
苦い顔にも成っている。
「精々が意見を聞くくらいに留めておかんと国としてもたん」
「そうなの?」
ペトラはローザに聞いてみた。
「そうかも知れない」
笑ったローザ。
「だからドワーフに国が無いのかもね」
ドワーフ本人もそう思うのかと……と為ればヤッパリ駄目なのか。
「かと言ってエルフの極端な共産主義も駄目じゃ」
元国王が吐き捨てる様に。
「エルフの共産主義は一見理想的じゃが、それはエルフのスキルに依存している……繋がる能力でエルフの全ての民は1人に集約されるから富の分配も必要は無いが、しかしそれはエルフだけでしかできん」
フンと鼻を鳴らした元国王。
「エルフ以外は全てが奴隷ではそれ以外の種族は納得出来んからな!」
エルフの繋がる力か……。
少し前にエルの能力でそれを体験したけど……ただ念話1つだけで仲間内での通信。
本物のエルフはそれ以上だと聞く。
歳を取り能力が上がれば自己すらも無くなる程に繋がる。
考えどころか感情さえもだ。
どんなに人工が多くても、皆が同じ考えや感情がそれ1つに成るのは凄いけど……でもどうなんだろう。
間違いや失敗もそれに気付けなければ、国の全部のエルフが突き進む。
だから戦争に成ったのだろうし。
「フム……ヤッパリ駄目なのか」
「まあ、それを考えるのは良い事じゃ」
元国王はペトラの頭を撫でた。
「将来は国を救え」
たぶん誉めたのだろう。
でもペトラはムッとした。
言葉では無くて、頭を触られた事にだ。
手で払って……それセクハラと叫びたい。
でも……列車の費用を出して貰うクライアントでも有るのでそこは我慢だ。
金の力なら、セクハラでは無くてパワハラなのだし……だ。
あれ?
考えがおかしな方にズレた。
しかももう修正も効かない。
ヤッパリ……元国王は録な事をしないなと再確認させられたペトラは、もう考えるのは止めにした。
最終結論は、元国王が始めた戦争が全て悪い! だ!




