043 宿屋から見える街の風景
宿の部屋で寛ぐ元国王。
そこは大部屋で中には殆ど何もない。
テーブルが1つと天板が平で頑丈そうな宝箱の様なチェストが幾つか……それが椅子代わりに成るらしい。
全部をくっ付ければベッドにも成る様だが……しかしマットレスも毛布も無いので硬い台で、それは床に直接寝なくても済むだけのも。
窓にはカーテンもない。
とにかく布製品は1つも無かった。
見えるのは木製のナニナニ……床も天井も壁も、テーブルもチェストも。
それでもそこは高級宿では勿論ないが、しかし安宿でもない……普通の宿屋。
布製品が全く無いのには理由が有る。
野山を駆け回り魔物と格闘する小汚い冒険者達がノミやダニを持ち込んでも掃除がしやすいからだった。
中世のヨーロッパなら普通の事。
なので宿代も部屋単位……大部屋だから少し割高だ。
だが大部屋とは言っても他人とシェアしているわけではない……単に子供達を含めて人数が多いからその部屋にしただけだった。
まあ毛布やらは自前のを持ち込んで使えばよい。
野外で寝る依りも雨風凌げるだけマシというものだ。
御嬢様のムーズや元国王には、なんとも寂しくは映るのだろうが……元国王は元で元貴族の令嬢のムーズも元は元だ、戦後は何も持たない普通の人なのだから、庶民として生きて貰うしその積もりの様だった。
まあ元国王の方は最初から自分の事は気にも掛けては居なかったのだが。
だいたいココを選んだのも元国王なのだし。
1つしか無いテーブルでお茶を啜る元国王を見て。
ムーズもお茶を飲むのだった。
因みにだが宿代に余り金を掛けたくないなら、それ相応の安宿も有る。
もちろん大部屋で見ず知らずの他人とシェアだ。
そこにはテーブルも無いしチェストも無い。
ただの箱の部屋で、色々な職業や身形の異なる者とのプライバシーの無い雑魚寝。
初めてそこに泊まる若い冒険者は必ず戸惑う。
明らかに分不相応に金が有るだろう雰囲気の者も混ざっているし、そのあいだあいだを足の踏み場も無い所を進んで自分の寝る場所を確保しなければいけないからだ。
そして空いているのは大抵が若い女の隣……それも小綺麗な服を着た、およそ冒険者らしからぬ美女。
それに喜ぶ新米冒険者だ。
それはそうだ、むさくて臭いオッサンの横よりも若く綺麗な女の横の方が良い……鼻の下も伸びて有らぬ想像もしたくなる。
そして自分はツイていると勘違いだ。
このさい先なら自分は将来は大物冒険者にだってすぐ成れる……とだ。
でも……その勘違いはスグに正される。
夜に成れば隣の美女は……誰彼構わず受け入れて事を始めるのだ。
終われば男は金を置いていく……だいたいが宿代の5倍程、それが相場らしい。
1人終われば次が女に被さる。
女は前の男の始末すらせずにそのままだ。
そしてソレが一晩中続く……。
横に陣取った若い冒険者は寝られたモノじゃない。
さりとて女の列に並ぼうにも、その金は無い。
だから耳を塞いで目を瞑るしかない。
そのうちに誰かに肩を叩かれる。
むさい苦しいオジサンがニヤケタ顔で若い冒険者を見下ろして居るのだ。
何事かとたずねれば……相場は出すと言う。
わけのわからない新米は顔をしかめると、スグに3倍だときた。
それでもわからないから、一体なんの事だとた問い質すと大概は舌打ちをして居なくなる。
だが、スグにまた別の男だ。
仕方無いのでどお言う事だと聞けば……その何人目かで答えを知ることに成る。
ケツの穴を欲しているらしい……それを貸せと。
若い冒険者の肩を叩いたのは男色家達。
相場は宿代の2倍……それは明日も泊まれるだろう金だ。
女は5倍なのは次の日は泊まらない……本職だからだ。
街裏で1人を見付ける依りも、ここだと単価は安いがその分数をこなせるので早くて儲かる。
一晩で数日以上の稼ぎができるからだそうだ。
その時初めて、安宿には気を付けろとのベテラン冒険者の言葉を思い出す。
もっとしっかりと教えてくれれば良いのにと愚痴を溢したくも為るが……その教えてくれるベテランもまたニヤ顔だったと首を振るしかないのだった。
確かに危ない場所だ。
例えケツの穴が守られても、これでは寝られはしない。
次の日に寝不足で魔物と対峙するかも知れないのだ……それでは命が幾つ有っても足らないだろう。
そして若い新人の冒険者は決意するのだ。
もっと強くなろう。
もっと稼げる様に成ろう。
もっとマシな宿に泊まろう……と、だ。
銃や戦車が有る世界でも、ここは時代的にも文化的にも中世のヨーロッパに近いモノが有る。
だから……そんな世界なのだ。
しかし、その時代なら日本だってたいした違いはない。
いや、世界中の何処だってそんなモノだ。
だから異世界だって同じなのは当然と言えば当然の事だった。
元国王はそれを知っていたから、大部屋を貸し切ったのだ。
本人にその経験が有るのか無いのかは別にしても、わざわざと子供達にそれを経験させる必要は無いだろうとの配慮でも有るようだ。
そして、どの街にも病院と薬屋が繁盛しているのも、同じ理由だとも知っていた。
安宿から病気が広がるのだから、医者や薬士は大儲けだ。
魔物に遣られた怪我の治療なんてのはたまに有るビックリする事。
そりゃあそうだ、魔物に怪我をさせられたなら……必ずと言っても良い程にトドメを刺される。
そして遺体は胃袋の中だ。
医者も薬士もそれだけでは儲からないし、儲からないなら誰も遣りたがらない。
なのにその2つの職業がどの街にも有るのはそういう事だからだ。
そしてそれは、街の普通の領民達にも恩恵を与える。
イザ子供が熱を出したとしても医者が街の何処に居るかがわかっていれば安心だからだ。
うまく回っていると考えるのは元国王が国の統治者だからだろう。
昔は売春が違法では無かったのは……それが理由だ。
そしてこの異世界でも同じ理由で売春は違法にはされないし、元国王が国王の時代でも必要悪だと認めていたのだ。
それに力の無い女子供は冒険者では食ってはいけないし、金を得られる職に付けなければ飢えて死ぬしか無い。
売春を違法にすればその者達に死を強要する事にも成りかねない。
魔物を狩る冒険者という職以外を用意出来る程には文明も進んでいないのだから……仕方無いのだった。
富の再分配……力の無い貧しい者をどう守るのか。
この悩ましい問題は人が滅ぶ迄は解決しないのかも知れない。
「今までは……再分配の傾きを別の国に押し付けていたのだがな……」
ボソリと呟く元国王。
押し付けられていたエルフの国は、その間はズッと貧しかったのだけど。元国王は異世界人でも人間だ。
だから人間の肩を持つのも当たり前で……人間以外に感情移入し難いのも当たり前の事だった。
元国王のカップが空に成った頃。
向かいに座るムーズのお茶も無くなっていた。
「ねえ……クリスティナ?」
カップの底を見詰める御嬢様を見たクリスティナは、ポットを掴む。
だがムーズはそれを手でせいして。
「街を観に行かない?」
「街ですか?」
ムーズにはピントこなかった。
ズッと城の地下牢に閉じ込められて育ったので、観光という概念が無いのだ。
「そう……面白そうでしょう?」
そうかな?
首を傾げるクリスティナ。
街なんて何処も同じだと思ってる。
この街も、住んでる街も、ヤッパリ真ん中には噴水が在るのだし……違いは駅が在るくらいでは? そんな認識だ。
「商店街……何か珍しいモノが売ってるかも知れないし」
クリスティナの方に体事向けたムーズ。
「ね! 行きましょう?」
ムーズは退屈していた様だ。
だけど1人では出歩く勇気もない……なのでクリスティナはその勇気を得る為のダシだった。
「ヴィーゼ……」
それを部屋の隅っこで見ていたバルタが呼んだ。
ヴィーゼもバルタの側で菓子を齧っていたのだ。
なに? とそんな顔を見せる。
「ムーズ達と一緒に遊んできたら?」
「バルタは?」
「私は行かない……」
窓の外を見て。
「雨だもん」
「ふーん……どうしようかな?」
と、考え始めたヴィーゼにバルタは強目に。
「行ってきなさい」
そう指を指す。
ヴィーゼは強い。
そこらの人間では勝てない程の力が有る……だからムーズ達の護衛にと考えたのだった。
「銃は必要ないけど……ナイフは持っていきなさいよ」




