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ファウストの子供達  作者: 喜右衛門
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003 子供達の家


 娘達の家は街の北の外れの端にポツンと建っていた。

 建物は大きい屋敷の様だが庭らしいモノは無い、そのままの草原だ。

 元貴族とは言え、建物とのギャップが激しい。

 その屋敷も見た目にわかる程に年季が入っていた。

 先の戦争でこの辺りは戦地に為った、疑似エルフ軍の率いるソ連戦車が蹂躙したのだ。

 比較的に損害の少なかったこの建物を残して、残りは解体。

 そしてバラした資材を使い、新しく町を造った。

 なので元のヴァレーゼの町よりもほんの少し南に移動している。

 そして、その残った建物を貰い受けたファウスト・パトローネ。

 町の元の住人と他所からの移住者を助けた為の報酬の様なモノだった。


 そして隣接して納家が建てられている……戦車の車庫だ。

 こちらは真新しい。

 ファウスト・パトローネが解放した奴隷達の贈り物だった。

 そのガレージの方も本宅に倣う様にサイズは大きかった。

 戦車が数台にバイクや車が収まるサイズだ。

 ソコにルノーft-17軽戦車とヴェスペが順番に中に入って行く。

 ガレージの奥には別の戦車も停まっていた、ドイツ軍のマークの入った38(t)軽戦車……第二次世界大戦で最初にドイツ軍が侵攻した国、チェコの戦車だった……因みにだが38(t)の最後の(t)は製造された国を表している、つまりはチェコのtだ。

 この戦車は子供達の保護者のファウスト・パトローネのモノ。

 その本人は今は留守にして家には居ない、仕事で国の反対側……東の南の端っこに居るらしい。

 その仕事とは、ファウスト・パトローネの元の経歴に関係している。

 彼は元はこの国の貴族軍の軍人だったのだ。

 今は退役しているが、その経歴を買われてか度々国から仕事を回される……本人は乗り気の様では無いようだが、金には為るし……何より国からの強制命令なのだから仕方が無い。

 この国は前回の戦争で負けたのだ、今の国は幾つかの国が連なる共和国連合。

 エルフや亜人……そして負けた人間それらが寄り集まって国として形を成していた。

 その頂点に立つものが一匹のドラゴンだ。

 前回の戦争は負ける国は在ったが勝った国は無かった。

 勝負が着いたその時に、国以前に大陸やそれ以上の世界を創った神の様な存在のドラゴンが戦争を起こした者達を怒ったのだ。

 いい加減にしろ……と。

 なので今はドラゴンが国を修めている。

 良い統治者かどうかはわからないが……少なくとも種族の差別はしない様だ。

 ドラゴンなのだからか人間にもエルフにも他の亜人や獣人も……その区別はどうでも良いらしい。

 そして、奴隷も禁じた。

 コレはファウスト・パトローネの願いでも有った。

 それを聞いたドラゴンが……やはりどうでも良いと適当に頷いたのだ。

 なので今は奴隷は存在しない。

 ただそのせいで幾つかの問題は新たに生まれたのだが……。

 その問題とは……それはこの先、子供達が追々見せてくれるだろうから今は記述しない。


 さて、その子供達。

 ガレージの中で立ち話をしていた。

 側には2台の車。

 一台はシュビムワーゲン……第二次世界大戦中にポルシェ博士が造った水陸両用の軍用車。

 コレの持ち主も、この屋敷の主……ファウスト・パトローネ。

 もう一台の方は、赤色のアルファ75……1991年製のイタリア車。

 その車のボンネットをエルが指でなぞった。

 白く埃の積もった所に綺麗な赤色の線が出来る。

 「この人……何時までいるのかしら」

 溜め息のエル。


 「パトが戦車を返す迄じゃないの?」

 エレンがそんなエルに、ソッけ無く言葉を返す。

 赤と白のツートンカラーのモンキー50zのタンクをウエスで磨きながらだった。

 「魔物のとの戦闘でも……どうしたって横に転がすから、スグに傷が着くよね」

 コレは溜め息と共に、横で同じ様にバイクを磨いているネーヴに話し掛けた様だ。


 「あのシュイーンって音のする戦車? エイブラハムだっけ」

 そのネーヴも自分のバイク、黒に金のラインの入ったモンキー50zのタンクにハーっと息を吹き掛けてはウエスを上下させている。

 「コレ、小さいけど……それでも立たせて停めると目立っちゃうもんね」

 皆の会話と姉妹の会話を声音を変えて、アンナには小声で返す。

 

 「おっきいし……強そうな戦車だけど、パトには似合ってないよねアレ」

 アンナも自分の金色のモンキー50zを弄っている。

 何処か調子が悪いのだろうか、前後に引いたり押したりしてはブレーキを握って小さな車体を揺らしていた。

 タプンとタンクからガソリンの揺れる音がする。

 そして……少し首を捻った。


 そのアンナの仕草が目に入ったエル。

 それが自分のバイクの事で首を捻ったのか、パトがエイブラハム戦車に乗って行った事に首を捻ったのか計りかねていた様だが……会話としてはこっちかと話を続けた。

 「相手はアルロン……大佐だっけ? 侯爵だっけ?」

 

 エルの語尾のあやふやな答えに、イナが。

 「もう……どっちでも無いでしょう? 国は変わったんだし」


 「そうね、どうしても役職が必要なら……テロリストとかじゃないの?」

 エノも続けて。


 ふうっと溜め息のエル。

 「別に何でもいいんだけど……でも、何であの人はあんな事をしたんだろう?」


 「アルロン大佐?」

 バルタが相槌。

 私もわからないとそんな顔。


 「貴族だし……その立場が無くなるのが嫌だったんじゃないの?」

 そう、ボソッとネーヴが漏らすのには皆が息を吐いて頷いて同意する。

 

 「大きい為りして……戦車まで大きなタイガー1重戦車なのにね、肝が小さいわよね」

 エレン。


 「やった事は大きいよ……国に喧嘩を売ったんだし」

 アンナ。


 「でも、そのお陰で……パトが帰ってこない」

 バルタは寂しそうだ。


 「苦戦してるのかしらね」

 エルも寂しそうな顔をした。


 「苦戦じゃあ無いでしょう……たぶんアルロン大佐が逃げ回っているのよ。パトの怖さは身に染みて知っているのだろうし」

 アンナもやはりか寂しそうだ。


 「生身で戦車を倒しちゃうもんね。それがタイガー依りも格上のエイブラハムで追ってくれば……そりゃ逃げるか」

 エノも笑って同意。

 笑っては居るが寂しいのには違いない様だった。

 

 皆が寂しがっているのは、パトローネが仕事に出て……もう2度目の春を越えたからだ。

 その間、幾度かの連絡は有っても、1度も帰っては来ない。

 一緒に居た間は短かったのだけど、生死を掛けた濃密な時間を過ごした子供には側に居ないのが不安にも成っている様だ。


 そして、その不安は不満に変わり……今は苛立ちに変わっている。

 エルはもう一度、埃の被るアルファ75のボンネットを、今度は平手で叩いた。

 「あの、お爺さん……元国王なのに暇過ぎるよね」

 誰かのせいにしたいらしい。


 アンナは少し苦笑い。

 「パトが帰って来ないのは、お爺さんのせいじゃ無いと思うけど」

 

 「そんな事はわかってるわよ」

 フンと鼻を鳴らして。

 「でもズッと家に居なくてもいいじゃない! 鬱陶しのよ」

 地団駄を踏み出したエル。


 「あのお爺さん……一応はエルの恩人なのよね?」

 エレンは自分の頭を指差しながらに。

 「頭の怪我を治して貰ったんじゃないの?」

 

 「そうよね……それをそんな風に言っちゃあ駄目よね」

 イナが窘める様に。

 

 エノも頷きながら。

 「ゴーレムも造って貰ったんでしょ」

 

 「それでもズッと居られたら鬱陶しいのよ!」

 キィっとエル。


 「まあ……わからなくも無いけど」

 エレン。


 「何にもしないしね」

 アンナ。


 「食べて寝るだけ……」

 ネーヴ。


 三姉妹のそれには皆が頷いた。

 「確かに鬱陶しい……」

 その場の全員が呟く。


 「何が鬱陶しいって?」

 突然にそんな声を掛けられた獣人娘達。

 声の方向、納家の入り口に首を向けた。

 夕日の逆光に照らされてはいるが、それはマリーという少女だった。

 

 マリーは実際には少女では無かったが、見た目はまるっきりの子供。

 獣人達の中でも最年少のヴィーゼと同じくらいに見える、という事は8才程の感じ?

 しかし、彼女はもう100年は生きている……いや、それ以前のズッと前に死んでいるのだ。

 だが、それがココにいて立って喋っているのは……彼女がゾンビだからだ。

 元国王と何時も一緒に居るマリーという人間では無い者。

 それは元国王が持つネクロマンサーと言うスキルでの結果だった。


 そのマリーの問いに子供達がまごついて居ると。

 マリーは小さくため息を着いて。

 「ご飯よ……早く来なさい」

 先程からの子供達の会話は聞こえていたのだろう。

 それを聞かなかった振りを決め込んでくれた様だ。

 元国王が鬱陶しいなら、何時も一緒に居る自分も含めての事なのだろうけど……と、それは飲み込んだ。


 一部の子供達にはその事がわかったようだ。

 苦笑いの者と顔をしかめた者と……ただニコニコと頷いた者が入り交じっていた。

 そのニコニコは……アノ娘とアノ娘とアノ娘だ。

 

 


 夕食は屋敷の長くて大きなテーブルに皆で一緒に着く。

 上座のパトの席は何時も空いている。

 次に座るのはヴェルダン家……お爺さんに孫のロレーヌとその妹のムーズ。

 ロレーヌの後ろには揺り篭に赤ん坊……男の子だ。

 この子が次期ヴェルダン家の当主となる。

 ただし今は貴族でも無いのでその意味は薄いのだけど。

 同じ家のファウスト・パトローネは……ヴェルダンを名乗っては居るが血の繋がりの無い外様だった。

 名前を借りて居るだけの存在。

 それもまた昔の話で、今はやはりか意味は無い。

 別段それを正そうとはしていないだけ……パトローネにとっては面倒臭いからそのままの様だ。

 ヴェルダンの爺さんは、どうもムーズあたりを嫁がせて本家の中に入れようと画策している素振りも無いではない。

 が、そのムーズはまだ14才……パトローネには子供過ぎる。

 だからか、それはあまり上手くは行ってない様だった。

 

 そのロレーヌの子供の篭を順に覗き込んでテーブルの端に着く子供達。

 赤ん坊も次から次にと変わる顔が楽しいらしくて、キャッキャと笑う。

 もちろんお母さんもそれを見ながらにニコニコと微笑んでいた。

 途中……元国王とマリーの背中を越えての端っこだ。

 その最後尾には既にクリスティナが座っている。

 足先の届かない椅子で両足をぶら下げて大人しくジッとしていた。

 その子は7才のエルフで、もちろん元パトローネの奴隷だった。

 そして、ヴェルダン家のメイド兼ムーズの遊び相手。

 そこから解放された今は、ムーズには妹の様に扱われていた。

 爺さんも姉のロレーヌもそれに倣うかの様に振る舞っている……勿論、二人にとっては、血の繋がりは無いのでその一戦は越えなければの話なのだろう。

 クリスティナもソコはしっかりとわきまえての行儀と態度だった。

 

 席に着いた子供達。

 目の前にはもう既に料理が並んでいる。

 早速にナイフとフォークを掴んで、いざ食事。

 と、その時にゾロゾロとまた別の娘達が部屋に入って来た。

 クロエを筆頭に9人の娘達。

 「行儀が悪い……私達が席に着くまで待てないの?」

 クロエの愚痴。

 

 「えー、こっちで食べるの?」

 エレンだ。

 「みんな自分の家が在るじゃない」

 アンナ。

 「早く食べたいのに」

 ネーヴ。

 三姉妹で両手に握ったカテラトリーで食卓をドンドンと叩く。


 そのブー垂れた態度にモノともしない、遅れて来た娘達の最年長19才のハンナは、ニコリと微笑みテーブルの上に在るパンを指差した。

 「それは私が焼いたのだけど?」

 そして、そのまま席に着く。

 

 流石に三姉妹も、それでは文句は言えない。

 揃って少しだけ下唇を尖らした。


 「じゃあ私も座っても良さそうね」

 アリカ17才。

 この料理はアリカが造った。


 「材料は私の農園」

 次に席に着いたのはニーナ18才。


 「ワインは私」

 そして、オルガ18才。

 

 が、三姉妹は口を開いた。

 「私達……子供だからワインは飲まない」

 ボソリと。


 「なら……チーズもいらない?」

 次の一言で三姉妹は黙り込む。

 発酵はオルガのスキルだ……菌をテイム出来る。

 ぐぬぬうううう。


 だがスグに立ち直り、三姉妹の敗北はここまでだとほくそ笑む。


 「配膳は私がしたわよ……それも立派な仕事よね?」

 スキル、メイドのリリー16才。

 「もちろん料理も手伝ったし」


 眉間にシワを寄せた三姉妹。

 確かにそれは仕事だ。


 「じゃあ……調味料は? 無いと不味くない?」

 薬士のコリン19才……余裕の笑み。


 残ったのは、回復のスキルのクロエ17才とテーラーのローラ15才……そしてペトラ15才。

 ペトラは今は何のスキルも持たない。

 三姉妹はその三人を順に覗き込む様に見る。

 頬の端にイヤらしい笑みを張り付けて。


 「何時も破いて来るその服は誰が修繕してるんだっけ?」

 ローラがポツリと。


 スッと目を伏せた三姉妹。

 その隙に席に着くローラ。


 「今度、怪我をしても治さないわよ」

 クロエは強引に座る。

 そして、最後に残ったペトラに。

 「あんたはこの家に残って住んでるんだから、文句を言われる筋合いは無いんじゃないの?」

 後半はニヤリと三姉妹を見ながらだった。


 と、テーブルの前の方から声がする。

 「何時もの儀式は終わったか?」

 チラリと横目で見ているヴェルダン老がボソリ。

 「さっさと食わないと冷めるぞ」

 ソッとスープを掬って口に運んだ。

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