036 砲撃
エルの最初の砲撃音は元国王の耳にも届いた。
発射時の音では無くて着弾時の爆発音だ。
運転している車の排気音が大き過ぎて……それが精一杯。
発射音がわかれば……行くべき方向もわかるのにと顔をしかめる。
だが、聞こえないモノはしょうがない。
それよりも聞こえた方。
「何処に撃ち込んだんだ?」
大きな音なのに、それが爆発した気配が見えない。
わかるのは近いとそれだけだった。
「意味がわからん……どうせならペンギンに当ててくれ」
わからないので愚痴しか出てこない。
元国王の運転するコルベットは……もうボコボコ。
特にリアは酷かった。
あれから何度も曲がったのだが……雨の影響も有ってか車がズルズルと滑る。
それでも大きくハッキリと見えている建物やガードレールには当てていない。
ただ……不意の路上駐車の車は避けられなかった。
カウンターを当てて……場合に依ってはリアタイヤをワザと滑らせての回避行動も限界が有る。
なので……ブツかる一歩手前のキスくらいなら許容範囲としていた。
それでもじゅうぶんに衝撃も有るし、車体も壊れる。
走行不能に為らなければそれでヨシだ。
……もうソロソロ限界に近いかも知れないが。
もう我慢比べの状態。
唯一……嬉しい誤算はそれでリアウイングが吹き飛んでくれた事くらいだった。
「2発目いくわよ」
エルはそう宣言する前に引き金を引いていた。
ドン! と音と水飛沫。
「これはどう?」
無線で叫ぶエル。
「あ!」
先に返事を返したのはヴィーゼ。
「当たった……」
「なにに当たったって?」
「……エンジンの音が止まった」
バルタがエルにそう告げた。
「元国王の車の音……」
「え?」
エルのスットンキョな声が無線に響く。
「えええええ……」
「殺しちゃったの? 直撃?」
トライクの後ろで聞いていたクリスティナが心配気に呟く。
「大丈夫よ……まだ死んでないわ」
それに答えたマリー。
「私が……動けるもの」
トライクの横に立っていたアマルティアが思う。
マリーはゾンビだから、ネクロマンサーの元国王が死ねば動けなく成るのか……と。
そこへアマルティアを呼ぶ声が直接耳に届く。
呼んでいるのはペトラ。
姿はアマルティアのポンチョと同じ物を着ている。
手にはmp-40サブマシンガンを持ち。
ルノーの背中によじ登り、そこから大きく手を振っていた。
「動くよ! 早く乗って」
アマルティアは頷いて走り出す。
戦車に取り付いてよじ登った。
そして戦車が動き出した。
砲塔後ろに居たバルタは、ハッチは開けたままのその状態でもう中に戻っていた。
戦車の背中に乗った二人からも中が覗けている。
そして傘を掛けていたゴーレムはそれを畳んで、その場でそんなペトラとアマルティアを支えていた。
戦車の後ろに続いたのはマリーのトライク。
次に続くアザラシを誘導するためでも有るようだ。
エルとタヌキ耳姉妹を乗せたヴェスペが最後だ。
ゴーレム達はそのヴェスペに乗るかシガミ付くかでスーパーのガレージには動くモノは無くなった。
そして先行するバイク部隊の犬耳三姉妹からの無線が入った。
「元国王を確認した」
「車は駄目みたいだけど……元国王に怪我は無いみたい」
「ペンギンは上手く止まってくれた感じだよ」
2発目の砲撃で驚いたペンギンが固まったと、そういう事のようだ。
元国王は驚かされた。
雨の中を走っていると……今、通り過ぎたその場所に砲撃を受けたからだ。
爆風で車の後ろが浮いた。
飛ばされる程の距離では無かったが……背中のエンジンには致命的な一撃だったらしい。
車はエンストしてしまっている。
慌ててセルを回したのだけど……それでも動く気配は無い。
これがMT車ならば、まだ車が動いて居るうちにギアを繋いで無理矢理エンジンを掛け直すという事も出来たのだが……押し掛けってヤツだ。
でもオートマなのでそれも駄目だ。
後は止まるまで惰性で走るしかない。
もう二度とエンジンは掛からないと諦めた元国王。
ハンドルにシガミ付き、少しでも安全な場所を探した。
建物の中は?
いや駄目だ……どれ程の数のハムスターが居るのかもわからない。
以前にネズミの魔物に追い掛けられた事がある。
1匹1匹は、弱くて小さくても魔物は魔物だ。
集団で来られればどうにも出来ない。
それに……それ以前の問題もある。
ネクロマンサーには生きた魂を持つモノには、一切の攻撃が出来ないのだ。
殴ろうが蹴ろうが……それは回復に反転してしまう。
襲ってくるハムスターを元気にしてやってどうする!
やはり車から降りるのは愚策だ。
車の中に立て籠るとして……この車でペンギン達の突撃を何処まで耐えられるかだ。
レースで勝つ為に徹底した軽量化をされている筈だ、それは外装の強度も極限まで落としているという事。
ただ無防備に止まれば……ものの数分も持つまい。
数激食らってウイングが飛ばされるのだ。
F1のリアウイングの空気抵抗は3,000m/m……それはだいたい300kgか。
実際のレースでは走る振動も掛かってくるのでそれ以上耐えられないと駄目な筈。
それだけ頑丈に造られているそれの支柱が折られるのだから……。
チラリと左のドアを見た元国王。
こんな薄いモノは有って無い様なモノか……。
結論としては左右をカバー出来るモノか場所。
例えば2台並んだ車と車の間。
……何処かの駐車場か?
いやガソリンスタンドだ。
元国王はそれを見付けた。
ガソリンスタンドの注油機は車を横付けにする、そしてその土台は頑丈なコンクリートで出来ている。
地面を這う攻撃ならそれが邪魔をする筈だ。
それに注油機が2台挟む様に並んで居ればその間に入り込めば良い。
随分と速度の落ちたコルベットをそこに誘導した。
ハンドルを切り、為るべくブレーキを踏まずに歩道を乗り越える。
減速してしまってはもう加速する手段が無いからだ。
それは一発勝負も意味する。
少しでも行き過ぎればもうどうにも出来ない。
「注油機と注油機の間」
まだ人が走る速度以上は維持できている。
このまま進めば……と、手前の注油機を越えたその先に先客が居た。
黒い軽自動車だ。
後ろにはホースが刺さったままの状態。
まさに給油中だったのだろうその姿、それが影に隠れて全く見えていなかったのだ。
!
もう次の場所を探す余力は無い。
元国王は歯を食い縛り頭をヘッドレストに押し付けた。
このままぶつけて前の車を押し出すしかない。
ガツンとぶつかった。
軽自動車は跳ねる様に前に出て右に振られて横倒しになった。
給油中の車はタイヤが真っ直ぐでは無かったのだろう……だから右か。
それがイキナリ跳ばされて前タイヤが抵抗に成って、結果転んだと思われる。
そしてコルベットは元国王の予測よりも相当に速いスピードが出ていた様だ。
軽自動車とはいえ1t近い重さを弾き飛ばすだけの速度。
しかしそのぶつかったのが効を奏したのか、コルベットは目論見どうり注油機と注油機の間にピタリと止まる。
フロントグチャグチャに潰した状態でだった。
そして元国王はその事には気付く間もなくに気絶した。
「起きて……起きて……」
薄らと聞こえる誰かの呼ぶ声。
元国王は唸なり……目を開けた。
左のドアは開け放たれている。
そこから覗いているのは犬耳のエレンだった。
「動ける?」
意識を戻したのを確認して掛ける言葉を変えた。
「ああ……」
元国王は頭を押さえながら返事を返す。
「来るよ!」
横にいるエレンとは違う方向からの声。
そちらを見た元国王。
横倒しの軽自動車の側でバイクを横倒しにし、姿勢を低くして構えているアンナ。
「危ない……ぞ」
元国王は声を振り絞った。
そんな所に居ればペンギンに襲われる。
あれでは無防備過ぎだ。
体を捻り車外の転がる様に出た元国王が立ち上がろうとした、その時。
地面が爆発した。
アンナと軽自動車のその向こう側。
元国王には何が起こったのか理解不能の出来事だった。




