035 第2ラウンド
元国王はアクセルを踏んだ。
涙がチョチョ切れる速度だ。
ペンギン達の速さが150kmか160kmとか言っていた。
だからそれを振り切るにはそれ以上だ。
だが今のコルベットの速度はわからない。
レースカーに速度計は不要だから着いてないからだった。
直線なら速度はこちらが優っている。
ペンギン等は後ろに置き去りだ。
だが……ダンジョンは広さに限りが有る。
そして曲がりは碁盤の目なので常に90度だ。
まあレースカーは曲がる事も得意な筈だと……元国王は次の交差点で右に決めた。
ブレーキを当てながらにシフトのダウンをする。
その度にウオーン……ウオーンとエンジンが唸った。
この車の曲がれる速度の加減がわからないが……自分の車、市販車のアルファ75を基準に少しだけ速さをプラスする。
速さを競う事に特化した車だ……ただの市販車依りも遅い筈はない。
少しだけ外に膨らみ、交差点の角を目指してハンドルを切る。
ロック・トゥ・ロック……ハンドルの左右の切れ角の最大の事……は、極端に少ないのでほんの少しを駄角に当てるだけで鋭く切れ込んでいく。
が……。
カーブの頂点……一番に深い所、クリッピングポイントを越える少し手前で、車体の後ろがフワフワと不安定に為る。
小刻みに上下左右にブレル感触だ。
路面が悪いのか?
苦い顔に為る元国王。
しかし、路面のミュウ……タイヤの地面を掴む抵抗値が低いなら、横っ飛びにスッ跳ぶか、ジリジリと滑り出す筈。
後輪だけがブレル今の感覚はオカシイ。
何か理由が有る筈だ……しかしそれを探す余裕は今は無い。
走り抜ける交差点の影からペンギンが次々と飛び出して来る。
後ろからは追い付けない様だが……バックミラーを確認した元国王。
曲がりしなの減速でソレなりに近付いては居たが、それもすぐに引き離す。
しかし横から、前からならコチラにもじゅうぶんに届く。
待ち伏せってヤツだ。
と、ポツポツと雨粒がフロントガラスを叩き始めた。
「マズイのぉ……」
雨は路面のミュウを極端に下げる……それはコーナリング速度の低下を意味した。
「皆は何処に居るのじゃ? 早く合流せねば」
今、アザラシが居る位置がわからない。
適当に走っても今の速度では探す余裕が無い。
直線で引き離し……コーナーで詰められる。
序に横から狙われるのも避けなければいけない。
ペンギンは氷の塊でブツかってくる。
柔らかい野球のボールでも当たれば痛いのに、サイズがペンギンを包む大きさの氷の塊だ……それに当たれば痛いでは済まされないだろう。
例えば車のボディが守ってくれるとしても……それでも大きく凹まされているのは見た。
あれが何度も連続で来られると……そのうち何時かは。
「あんな惚けた顔のペンギンに袋叩きは嫌じゃぁ」
元国王はもう一度ハンドルを切る。
前回依りも少しだけスピードを上げた状態で突っ込んだ。
ハンドルが曲がるのを嫌がる様に抵抗をする。
しっかりと握っていなければ手首が捻挫しそうだ。
先程のコーナー依りもキツくくる。
速度が上がればその反動も大きいか?
と、何も無いのにガツンとハンドルが跳ねた……意味不明のキックバックが来る。
そして後輪が跳ねた。
ペンギンにブツけられたわけでは無さそうだ。
もっと気持ちの悪い……フワリと浮くような感じからの反復横跳びの様にズレた。
何なんだ! と、バックミラーを覗くとリアウイングが上下左右に揺れている。
二本有る支えの支柱の片方……その何処かを傷めた様だ。
最初のドカンがその時だろうか?
細かくブルブルと振動して、そのままグラグラと大きく揺れている。
リアウイングは空気の力で車の後輪を地面に押し付ける為の物。
それが揺れる事で仕事をしている時としていない時とで、タイヤの地面を掴む力がバラバラに成っている。
いや……それ以上に悪い事に、揺れる角度で空気を下に流す角度にも変わっている。
飛行機の羽よろしく車を浮かそうとする力だ。
「マズイ! マズイぞ!」
冷や汗が吹き出した。
「いっそのこと外れるかしてくれんか! 余計な事をされるよりは無い方が増しじゃ!」
このままでは、安定して曲がれる速度の変化が大き過ぎる。
「バルタ、どう?」
無線からはエルの声。
「うーん……ダンジョンの外周を四角く回ってる感じ?」
ルノーの砲塔後ろから上半身を出したバルタが顔を横に動かしていく。
雨はスッカリ本降りなのだけど……後ろのゴーレムに傘を持たせて濡れるのは回避出来ている様だ。
疑問系での返事はその傘を叩く雨の音が邪魔をしているのかも知れない。
「ヴィーゼは見える?」
「水飛沫? 白いモヤが走ってる」
元国王、そもそもは見えていない様だ。
これも雨が視界を遮ってるのか?
それでも回りの建物が低いので、ヴィーゼの思念体を空中に飛ばす高さも低くて良いのか……この条件でもまだ見えている方だと思われる。
「とにかく……二人で追えば位置は特定出来そうね」
エルは下を覗き込んでヴェスペの方向を変えさせた。
「1発……撃つわよ」
ドン! と、砲が震える。
その砲身の先に白い輪っかがパンと現れて、その中心から白い筋が伸びた。
砲の衝撃波が雨水で目に見える格好だ。
「どう?」
エルは無線で、もう一度確認。
「着弾した先は……コンクリートの建物の側面?」
バルタの耳では破裂音だけを拾ったか?
「通り……一つズレてる」
ヴィーゼは着弾の破裂その物を見てだった。
「もう少しだけ手前に落として」
「何を狙ってるの?」
ムーズは不思議だった。
マリーのトライクの後ろにクリスティナと一緒に皆の行動を見ていたのだ。
「ペンギンは沢山居て……そんなに大きくはないのよね?」
例え榴弾が直撃したところで倒せる数もたかが知れているのでは?
イメージとしては蜂の巣に拳銃で対抗する様だと感じた。
「倒すつもりは無いのよ」
アマルティアはネービーブルーのポンチョを着込んでトライクの横を歩いている、横から。
手の中の銃はstg44に変わっていた。
「ほら……」
そしてアザラシを指差して。
「超音波でペンギンの動きを封じて居たでしょう?」
「ああ……そうか」
クリスティナにはわかったようだ。
頷いている。
? な顔で居るムーズに教える様にアマルティアが説明。
「アザラシの超音波の代わりに、砲弾の爆発の音と衝撃波が使えないかを試しているところ」
成る程……と納得な顔のムーズ。
でもすぐに小首を傾げた。
「今度はなに?」
アマルティアも半分は苦笑い。
「いえ……たいした事じゃあ無いと思うの」
少しだけ言葉を濁して。
「エルでも外すのねって思って……」
「ああ……ここは意識を持つ魔物の種類が大過ぎるからでしょう?」
ムーズを見て肩を竦めた。
「ペンギンもバラけているし……ハムスターも至る所に居るから特定が出来ないのよ」
「エルは見えてない敵は……エルフの繋がる力で意識有るモノを探して、それで狐の獣人の能力で距離を測ってるんだって」
クリスティナが横に居るムーズに。
そのクリスティナは純粋なエルフだ。
だからクリスティナにも繋がらない意識も認識は出来る……ただ、場所も方向もサッパリわからないのだけど。
だからこういう場所ではただウルサイだけ。
心か頭に直接だから、余計に鬱陶しい。
どうしても駄目な時は、認識遮断の魔方陣が描かれたヘルメットを被る。
でも今は……もしかして役に立つ能力に変わらないかと期待しつつ、鍛える積もりで我慢しているのだ。
エルの様には無理でも……他に可能性は無いのかと探る為にもだ。
そして……その兆候は見えた気がする。
さっきのハム助の言いたかった事迄は理解出来なくても、ハム助はクリスティナになら何かが伝わると思ってくれた様だからだ。
まあ……同じ眷族であるマリーにはその言葉もわかる様なので、少しだけ悔しいのだけど。




