002 ヴァレーゼ
エレンはバイクを停めて、投げ棄てたstg44を拾いに歩く。
その傍らには、下半身だけに成ったスピノサウルスが倒れていた。
辺りには血の臭いと肉の焼けた臭いと火薬の臭いが混ざってそれが鼻に着く。
雨上がりの草原の独特の臭いを打ち消す様に。
そして、溜め息のエレン。
「コレは……売れないわね」
仕留めたスピノサウルスの事だった。
「持って帰って皆で食べる?」
バイクで横に着けたネーヴはそのスピノサウルスの下半身を見ながら。
「臭くて食べれないでしょう……それに榴弾の破片で歯が欠けるわよ」
反対側にやって来たアンナも溜め息。
「太腿の部分なら……ダメ?」
ネーヴが食い下がった。
大きく発達したその脚がとても旨そうに見えたようだ。
「取り敢えず……持って帰る?」
エレンは小首を少し傾げてだった。
たぶん無理だろうとそんな顔でだ。
そこにノロノロとルノーft-17軽戦車がこちらに向かって戻って来る。
まるで自分達の仕事が失敗したと申し訳無さげにだった。
そして、少し離れた位置で停車した。
スピノサウルスの倒れた位置、三姉妹が居るそこを遠巻きに見るように。
そちらを見咎めたエレンはまた溜め息を吐く。
しかし別段、声を荒げる様な事もしない。
仕方無いと諦めたからだ。
スタスタとルノーft-17軽戦車の側に寄り、stg44の木製部分のストックで戦車のハッチを叩いた。
「一応は持って帰る事にしたから……この戦車で引っ張ってくれる?」
中からの返事を待たずにそう告げるエレン。
そのまま戦車の後方に目を向けると……眉をしかめた。
「ゴーレムはどうしたの?」
ルノーft-17軽戦車の尾橇の部分に何時も座っていたゴーレムが見えないのだ。
身長1m程の小さな土塊ゴーレム。
知恵は無いが、それでも力は有る。
戦車一台くらいなら軽々と持ち上げる。
履帯で走る戦車は何処へでも行ける様にも思うが、それは間違いで頻繁にでは無いが良くスタックする。
ぬかるみに履帯が噛まずに空転してしまったり。
その履帯が岩か何かを踏んだ衝撃で外れてしまったり。
斜面で傾いた状態で重力に逆らう様な動きをすれば転びもする。
その時のジャッキの役目をするのがゴーレムだった。
戦車の修理は出来ないが、力業の救出は出来る。
簡単な作業なら時間は掛かるが履帯の駒の交換も出来た。
そして、それだけ出来ればもう十分だった。
それ以上の修理、エンジンやらサスペンションはそれが修理できる者……ドワーフの誰かの所まで引き摺って行かないと無理だからだ。
例えばマンセルだったり、その孫娘のローザだったりだ。
辺りを探っていたエレンは、丘の上からヒョコヒョコと歩いて来るゴーレムを見付けた。
頭から足先まで草まみれの土塊ゴーレム。
バルタの運転で振り落とされたのだろうと想像出来た。
エレンはそのゴーレムに声を掛ける。
「コレを持って帰るから、担いでくれる?」
コレとはもちろん下半分に為ったスピノサウルス。
ゴーレムの表情はわからないが……少しバツの悪そうな態度で頷いた。
戦車から落ちた事を気にしているかの様に。
そして、スピノサウルスの尻尾を掴んでルノーft-17軽戦車の後ろの尾橇に、後ろ向けで座る。
サイズ的に持ち上げるのは不可能だからだ。
重さは問題無いのだが、柔らかい体のスピノサウルスがヘニャリと垂れ掛かって地面から上がらない……なのでどうしたって引き摺る事に為る。
そして、その引き摺るはイザと為れば放せば良いのだ。
例えば別の魔物に襲われた時。
悪意の在る人間も怖い……盗賊か山賊かが戦車を持って襲ってくれば、迎撃する為り逃げる為りをしなければいけない。
それには引き摺っているゴーレムの手を放させればルノーft-17軽戦車はスグにも身軽に成れる。
その準備も終わりルノーft-17軽戦車は動き出した。
暫くすればエルのヴェスペと合流する。
イナとエノのタヌキ姉妹もそれに乗り込んでいた。
途中で拾われたのだろう。
ヴェスペとは戦車の車体に野戦榴弾砲を載っけた、ドイツ軍の自走砲だ。
2号戦車の下半分のその上に10.5cmleFH18榴弾砲が積んである。
小さい車体に大きな砲なので、回転砲塔はドダイ無理。
そして、元は野戦砲なのだから砲撃距離を稼ぐ為にも、砲の角度は上向きにキツく成る……なので屋根も無い。
見た目は戦車と言えるのか? と、そんな感じだ。
だけど敵に見付からなければその砲の威力は絶大だ。
2キロ先の目標に徹甲弾を撃ち込めば46mmの鉄板でも穴を開けられる。
ソ連製のt-34中戦車の前面装甲は90mmだが、後方の上面……つまりはエンジンの上辺りは20mm、そこは水平では当てられないが野戦砲の軌道は上から山成に落ちてくるので当たるのは常に上面。
だから撃破は可能なのだ。
それでも水平射撃で直接狙えば前面装甲の貫徹は無理でも走行不能には出来る。
当たり処が良ければ、車内の部品が飛び散り中の人間は自分の戦車の部品に体に穴を空けられる事にも成るのだ。
ルノーft-17軽戦車の3.7cmピュトー砲とは明らかにモノが違う。
こちらはt-34には何処から当てようが、全く歯が立たないのだから。
まあ当てても……相手にココに居るよとノックする様なモノだ。
そのヴェスペの操縦席から覗いていたエルが言った。
「だから砲主はバルタがやるべきなのよ」
見ている目線は獲物のスピノサウルス。
「ヴィーゼが自分の戦車だからって譲らないのだから仕方無いわよ」
ヴェスペの砲のオープントップ部分に乗るイナが肩を竦めていた。
その横でエノも頷いている。
子供達はバイクの犬耳三姉妹を先頭に帰路に着いた。
草原の幾つかの丘を越えて、谷を越えて……川を越える。
すると大きな湖が見えてきた。
その湖岸を南下してグルリと回ればそこにヴァレーゼと言う街が在る。
大きな湖が三つ並んでいる三大湖の東側に為る部分、その湖南の間に挟まる様にして在る街だ。
街とは言っても……人が住むエリアの端っこの辺境。
誰もが最初に訪れれば村だとそう声を上げるだろう、そんな規模だった。
その街の噴水の在る広場までスピノサウルスの下半身を引き摺って停止。
暫くすれば一人の人間の女の子がやって来た。
この街の唯一の食堂をやっているアリカ17才だ。
手には木製の伸ばし棒。
頬には白い粉が着いている。
パスタでも延ばしていた様だ。
そして、そのアリカがスピノサウルスを一瞥。
「こんなの……買い取れないわよ」
「だよね……」
返事を返したのはエレン。
バイクのタンクに両手で着いて体を支えながら苦笑い。
「これ……榴弾でしょう?」
スピノサウルスを指差したアリカ。
「せめて徹甲弾なら食べられる所も残ったのに……」
彼女も大きな溜め息だった。
「用意してなかったのよ」
ヴェスペの運転席から降りて来たエルも同じく溜め息。
「魔物を相手に私が出る幕は無いと思って……」
「まあ……あんなに外しまくるとは思わないよね」
横からエレン。
「威力の弱いピュトー砲でも……1っ発でも当たればこんな魔物もイチコロなのにね」
「そんなに外したの?」
眉をしかめたアリカ。
「20発くらい無駄にしたんじゃない?」
犬耳三姉妹の次女のアンナ。
「大赤字じゃないの!」
驚いた顔を見せたアリカ。
そして、ツカツカとルノーft-17軽戦車の横に行き……伸ばし棒で乱暴に戦車を叩いた。
乗っているバルタとヴィーゼの二人が顔を覗かせる迄、ガンガンと延々とだった。
流石に諦めたのかバルタが先に戦車の前面斜め上向きの両開きのハッチを押し開く。
しかしそこから顔は出しては来ない。
戦車の奥に引っ込んだままだ。
アリカは仕方無いとその奥を覗き込む様にして頭を開いたハッチに差し込んだ。
覗けば、操縦席に座るバルタが下を向いている。
その背中の向こうにはヴィーゼの下半身も見られた……背が低いのでヘソから下だ。
「何でバルタがソコなのよ」
アリカはバルタでは無くて、後ろのヴィーゼに聞かせる様に大きな声を張り上げる。
「逆でしょう? バルタが撃てば外さないのに」
「だって……この戦車は私のだし」
戦車の奥からくぐもった声。
ヴィーゼだ。
「違うでしょう本来はパトのモノをヴィーゼに貸しているだけでしょう?」
パトとはファウスト・パトローネ……この街の子供の半分を養う保護者の事だ。
元は奴隷か、犯罪奴隷の子供を引き取った男の事。
「ちがうもん……拾ったのは私だし」
相変わらず戦車の奥で顔を出さないヴィーゼ。
それには大きな溜め息のアリカ。
「維持費は誰が出してるの?」
戦車の中を覗き込む仕草を見せて。
「それに、そのエンジンの載せ替えの費用も……」
暫く待つも、その二つの問いには何一つ返事を返さないヴィーゼ。
アリカは肩を竦めて。
「とにかく、この肉は買い取りは無理よ」
そう告げて、その場を去ろうと踵を返した。
そのアリカの背中に泣き言。
「もう弾が無いのに……」
少しでも良いから買い取ってくれとの懇願なのだろうヴィーゼの声。
「知らん! 仕事しろ!」
アリカの捨て台詞。
「アタシ達に出来る仕事なんて無いじゃん……アリカみたいに料理は出来ないし」
グスリと鼻をすすり。
「ハンナやほかのみんなみたいな才能もないし……」
ほかのみんなとは、元はパトローネの奴隷仲間の事だ。
今は解放されて各々のスキルでの仕事をしている。
アリカはリリーと一緒に宿屋と食堂。
ハンナはパン屋。
クロエとコリンは病院。
ローラは仕立て屋。
ニーナとオルガは葡萄畑と酒蔵。
下は15才から上は19才の人間の女の子達で独立している。
もう一人、14才の最年少の女の子のペトラという娘も居るのだが……その娘だけはまだ獣人の娘達と同じでパトローネの屋敷に居た。
一応は家事手伝いとそんな感じだ。
それは、まあ少し特別な理由も在る。
ペトラは人間では無いのだ。
もちろん獣人でも無い。
世界を統治している神のごとき存在のドラゴンの娘なのだ。
その事は本人も知っては居るのだが……どうもピンと来ないのか首を傾げている。
記憶そのものが無い上に姿形も能力も人間そのものだから仕方が無い。
いや、スキルが無い分……人間以下か?
奴隷の時は念話というテレパシー能力が有ったのだが、それは奴隷繋がりでないと発動しないし……何より先の戦争での事でドラゴンのペナルティーを受けた。
そのペナルティーはエルフに対しての事だったのだが……念話は元はエルフの能力なのでそれを制限されれば、同じ能力のペトラにも影響が出るのは当たり前。
つまりはとばっちりってやつだ。
その制限はエルも受けている。
エルの方は、キツネとエルフのハーフだからそもそもエルフの血が流れているのだから当然では有るのだが。
「とにかく狩りをするなら」
アリカは首を左右に振りつつ。
「食べられるモノを捕って来て」
振り返りはせずにだが……声音は少しだけ優しくは成っていた。
そして残された全員が大きな溜め息を吐く。
「一角ウサギでも狩りに行く?」
タヌキ姉妹の長女のイナがボソリと。
「そうね……一角ウサギなら銃でもじゅうぶんに仕留められるし」
タヌキ姉妹の妹のエノも肩に担いだkar98kボルトアクション小銃に触れながら、皆に提案をするようにだった。
「えええ……」
ヴィーゼがそれを聞いてベソをかく。
「私達は?」
「戦車は置いていくか……まあ移動手段に使うかね」
エルがヴェスペ自走砲の運転席のハッチから顔を覗かせながらに。
しかし投げ掛けた言葉の後半は少し情けない顔に成っていたヴィーゼに同情するかの様にトーンを落としてだった。
「まあ……それも明日ね」
そしてエレンも一番に年下のヴィーゼをなだめる様に優しく。
「今日はもう家に帰りましょう」
そう告げてバイクの上に立ち上がり、エンジンをキックで掛け直した。
ついでに……半身で横たわるスピノサウルスにチラリと目線と同時にタメ息も投げ掛けてだった。




