027 海獣捕縛作戦
タヌキ耳姉妹のイナとエノが放置された車伝いに前進する。
時折確認するアザラシには気付かれてはいないようだ……と、確信を得て元国王を手招き。
元国王も頷いて。
イナとエノが通ったルートをそのままトレースして、その背後に到達。
「出来れば……裏に回りたいのじゃが」
まだ少し距離の有るアザラシを伺いながら。
「あの大きさなら触れる必要が有りそうじゃ」
背後から元国王の声に渋い顔をしたイナ。
「今更?」
エノも眉間にシワを寄せて舌打ちをした。
「近付いて見ると……予想よりも大きかったんじゃ」
仕方無かろうと、そんな顔だ。
「不便な能力ね」
「元は死んだモノをゾンビにする為のスキルじゃぞ……死んでいれば触れるのは容易い」
そして小さく首を左右に。
「それに……離れた場所からそれが出来ると、大問題じゃ」
エノは振り返った、その目は冷たい。
「ほら、何処に死体が埋まっているかもわからんじゃろう? 例えばあやつとの間に大昔の化石とかが埋まっていれば……わけのわからんスケルトンが出てくる可能性だって有る……ネクロマンシーは出来るだけ的を絞らないと危なくてしょうがない。それにここは京都だ……なら何処にでも死体が埋まっている筈。それくらいに歴史は古い都なのだから。弁慶とかなら役にたちそうじゃが……牛若丸の方じゃとややこしそうじゃ」
「そんなのはどうでもいいわよ……とにかく裏に回れと。そういう事ね」
「ウム」
少し胸を張った元国王。
「そういう偉そうな態度はやめてよね……そんなのが気配を出しやすいんだから」
「幸い……アザラシは鼻も耳や目も余り良くないみたいだから良いけど……見付かるじゃない」
「ウム……」
今度は猫背気味に小さくなりながら。
「次……行くわよ」
イナはアザラシを車の影から覗き見て。
低い姿勢で速足で前進。
また車の影に隠れる。
「私達も行くよ」
エノも後ろの元国王は確認せずに後を追う。
そして元国王もそれに続いた。
しかし、放置車両はそこで途切れていた。
「どうするのじゃ? まさか中央突破か?」
「そんな事はしないわよ」
イナは後ろ手で合図を送る。
それに合わせてイナ達の反対側をヴィーゼが目立つ様に走り込んでいた。
余り近付き過ぎない距離で発射薬を投げて、すぐに離脱。
程無くそれが爆発した。
今回は少し派手に破裂する発射薬。
剥き出しの火薬は燃え方にもバラツキが有るようだ。
「よし! 行くよ」
イナは爆発に気を取られているアザラシの視線の外を進んで……ビルの影に入る。
そしてまた手招き。
走り込んだビルの影で元国王は驚いた。
そこには怯えて踞った状態で氷の塊に成っているペンギンが居た。
慌てて口を塞いで声が漏れるのをギリギリで我慢。
おい……おい……。
だいぶ近付いたので声は出さずに前の二人の娘をつついた。
「なに?」
極力小さく返事を返すイナ。
エノも元国王を見ている。
「これ……これ……」
元国王は今度はペンギンをつついて。
「あぁ……すぐに移動するから大丈夫でしょう?」
イナは余り興味が無さそうに、またアザラシの監視を始めた。
「でも……どうする?」
エノは進路をさして。
「もう隠れる所は無いよ」
「そうよね……走るしか無いかな」
イナもエノの指した先を見つつ。
「なあ……コイツ」
元国王が口を挟むように。
「氷の塊が解けて……騒ぐ様なら蹴り出せば良いから」
「そいつらの攻撃は距離が無いと駄目みたいだし……この距離なら無力よ」
「大胆な奴らじゃな……」
本気の脅威を感じて、いざそれに対処しようとした時は完璧な兵士と成る様だ。
「ファウストはどんな教育をしたんじゃ」
ボソリと漏れたそれに、前の二人は反応した。
睨む様に元国王を見る。
「何か文句でも有る?」
無駄口は叩くな……と、そんな感じか?
「あ……いや」
二人の圧に気圧された元国王はシドロモドロ。
と、その時。
妙案が浮かんだとそんな顔をした。
「ここで隠れて遣り過ごさんか?」
アザラシを指差して……荷馬車の方を指差す。
「もう距離はじゅうぶんに稼いだじゃろう? 後は通り過ぎるのを待てば……」
「成る程……」
イナも納得の顔。
「でも……そうなると邪魔ね」
凍ったペンギンを指差すエノ。
「わかった、ワシが何とかする」
元国王はペンギンに触れて魔法を発動させた。
「これでもう使役されておる……氷が解けても騒ぐ事も無いじゃろう」
じぃっと見ていたイナは。
「いえ……騒いで貰いましょう」
? な顔の元国王。
「囮よ……遣り過ごした後にアザラシの後ろから前に滑って貰うのね」
エノは理解していた様だ。
イナはそれに頷いた。
荷馬車の方に合図を送るイナを、その荷馬車との中間地点に居るヴィーゼも見ていた。
イナは指をしたに向けて何度か地面を指す。
次にアザラシを指差して、荷馬車の方へと指をズラした。
「ここで待つ……アザラシを前に引いて……か」
フムと頷いたヴィーゼは無線を手にした。
小さい黄色のプラスチック製の省電力無線……英字でKenwoodと有るそれ。
先行したイナ達がそれを使わないのは……無線はたまに大きな音を立てるからだ。
それに声を拾う感度も直接聞く依りも悪い。
小声なら横に居て聴こえる声も無線は拾わない時があるからだ。
無線で確認したヴィーゼ。
荷馬車やヴェスペからでもイナのジャスチャーは見えていた様だ。
「じゃ、私もそれで動くから……アマルティアにも伝えて良く見ててねって」
返事を聞かずに無線を切るヴィーゼ。
それよりも先に動き始めたかったのだ。
イナの作戦はヴィーゼにとっても都合が良かった。
こちらから近付いて火薬を投げるよりは……適当に転がしてそこに誘導した方が楽だからだ。
ヴィーゼはアザラシの目の前をジグザグに走った。
時折……火薬を転がすのは忘れずにだ。
もちろんアザラシはヴィーゼを追い掛ける。
目の前でこれ見よがしにウロチョロされればイライラもするのだろう。
合間合間に叫びの様な鳴き声も交えて、のたうちながらに前進する。
逃げ惑うペンギン達と固まるペンギン達しか見ていなかったのだろうに……それが逃げもせずに固まらずに明らかに挑発している。
気にならない筈がない。
速度が一段と上がった。
それでもヴィーゼの方が遥かに速いのだが。
「鈍重……」
顔は前を向いて……意識は後ろ向きで呟くヴィーゼ。
「デカイだけね」
イナ達の目の前をアザラシは通り過ぎて行く。
手足は短いヒレだから……腹這いで地面を擦るようにだ。
せれでも道端に停まっている車を踏み潰す体重とパワーは見せ付けてだった。
最後にイナ達が隠れた車ものし掛かり潰してしまう。
ガラスが四方に飛び散りペシャンコだ。
「よし……行こう」
最初に飛び出したのはイナ。
続いてエノ。
最後は元国王だ。
背後に回り……音を立てずにアザラシの後を追う。
イナとエノは一応は警戒をしている。
イナは前を見て。
エノは後ろを見ながらだ。
手にはkar98kを何時でも撃てる様に水平に構えてだった。
元国王が小走りに近付く。
もう少しで左右に暴れる後ろ足に触れるか触れないか迄来た。
その時……ペンギンが鳴いた。
グアッ!
先程の使役したペンギンだった。
氷が解けて、目の前にアザラシを見て……恐怖したのだ。
「な! 騒がないんじゃ無かったの?」
イナは銃をアザラシの頭に向ける。
エノはペンギンに向けた。
そして、その動きがアザラシの目の端に入ったのであろう……後ろの三人を睨み付ける。
「完全に……見付かった!」
イナは慌てて引き金を引いた。
アザラシの眉間に吸い込まれるモーゼル弾。
しかし……アザラシは一筋の血を流すだけで止まらない。
その場で回転を始めた。
モーゼル弾依りも頭蓋骨の方が硬い様だ。
元国王は決断をした。
目の前すぐにはアザラシが居るのだ。
触れてしまえば……ほんの少しの時間で魔法を掛けられる。
「うおおおおっ」
大きく叫んで走り出す。




