026 かいじゅうあらわる (海獣の方)
巨大アザラシは氷で固まったその氷ごとペンギンを噛み砕く。
頭から半分を咥えて左右や上下に振り……最後はバリンと音と共に氷は剥がれ落ちて、ペンギンの下半身だけが下に落ちた。
落ちたソレもまた咥える……今度は丸飲みだった。
その間に、残りのペンギン達の氷は元の薄い氷の鎧に戻り……逃げ惑う。
蜘蛛の子散らすとはこれの事だ。
しかし、アザラシはペンギン一匹では満足出来なかったようだ。
首を伸ばし、頭を上に向け……鳴いた?
喉元は震えているのに音は出ていない。
だが犬耳三姉妹は頭の上の両耳をしっかりと押さえている、その顔は歪んでいた。
遅れて……ぼぉぉぉぉおん。
鳴き声が聞こえた、それが終わりの合図か?
アザラシが下を向く。
ペンギン達は逃げる格好で凍り付いていた。
「あの鳴き声に怯えた?」
マリーの考察。
「前半と後半は音が違った……」
「多分前半のピーって音にペンギン達は反応した感じ?」
「最後の……ぼぉんは余韻みたいな感じ?」
踞ってしまった三姉妹の見解。
「超音波か……」
元国王は頷いた。
「北極の氷の下でアザラシは超音波で会話をすると聞いた……アレが攻撃に成っている?」
「攻撃かどうかはわからないけど……耳の良い者にとっては不快な音のようね」
エルは犬耳三姉妹を見て。
「無意識に凍ってしまうペンギンのスキルを逆手に取ったって事」
「耳が鈍い私達には何の効果も無いようだし……それが当たりってところか」
マリーも頷いた。
そのアザラシ……目の前に転がっているペンギンを見ずに此方を見た。
全員が目が合ったと感じる。
そしてノッシノッシと体をくねらせて此方に向かって来た。
突進としては遅い……が、確実に近付いては来る。
「ワシ等……ロックオンされたか?」
「固まっていない私達を不信に思ったのかもね」
元国王に答えるマリー。
「どちらにしても……ヤバイんじゃないの?」
エルはローザに指示を出してヴェスペをそちらに向けさせる。
「動きは鈍いみたいだけど……パワーは有りそうよ」
その動きに呼応したヴィーゼもルノーft-17軽戦車をそちらに回す。
ただ……砲は関係の無い方向を向いていた。
バルタがまだ復活できていないようだ。
イナとエノは踞る犬耳三姉妹の側に走り……三人に手を貸して遣っている。
取り敢えずは動けないが皆が居る荷馬車に迄運ぶようだ。
そして最後に動いたのはアマルティア。
荷馬車の上で銃を構えて撃った。
kar98kから放たれたモーゼル弾はアザラシの胸辺りに吸い込まれる。
が、効果は無いようだ。
もう一度撃つが……アザラシは止まらない。
「部厚い脂肪ね」
エルは砲弾の準備を始めた。
犬耳三姉妹があの状態ならもっと耳の良いバルタには期待できないと判断して……自分が撃つようだ。
10.5cmの榴弾を直接、狙って撃ち込めば流石にダメージは残るだろう。
最悪でも、仕留められないにしても足は止められると考えた。
「待って」
それを止めたのはマリー。
視線はアザラシよりも少しズレてペンギンを見ている様だ。
「アイツを殺してしまっては……元のペンギンとの泥試合に戻るだけよ」
お互いに有効打の少ない状態……睨み合い。
エルは発射薬を抱えて止まった。
後はそれを摘めて……尾栓を閉めるだけで撃てる。
「でも殺らないと殺られるわよ」
マリーはチラリと元国王に視線を投げて。
「アイツを使役出来ない?」
「ゾンビにか?」
「出来るなら生きた状態で……食事を必要としないアザラシゾンビにはペンギンが脅威を感じない様に成るかもだから」
「そうか?」
首を捻る元国王。
「同じじゃと思うがの……」
「それに……アレを倒すにはそれ相応のダメージが必要でしょう? ゾンビにしてしまえばその治療は外科的な切って貼るしかなくなるけど、その材料はあれ一匹よ」
「生きていればワシの攻撃でも治療できると……そう言う事か」
フムと元国王。
「しかし……生きて使役するには相当に近付かねば成らん」
チラチラとマリーを見ながら。
「危ないのう……ワシが」
そんな元国王を無視して。
「どうにか止められないかしら」
それを遣る事に決めてかかった様だ。
「これを使う?」
エルは今抱えている発射薬を掲げて見せた。
「これは六分割出来るの」
上蓋の油紙を破り、中の火薬を取り出す。
油紙に包まれた平たい円柱形の塊。
「今川焼?」
「回転焼き?」
元国王は同時に声を出して、お互いを見た。
言い方は違うが同じ物だとは知っている……が、何かの譲れないものも有る。
「なに言ってるの……これは発射薬、装填薬装よ」
何やらもめる気配だと察したエルはもう一度それを指し示す。
「……」
睨み合う元国王とマリー。
しかし最初に折れたのは元国王の方だった。
「ここは京都の様だし……ここはロンドン焼きで手を打たんか?」
「……」
沈黙のマリー。
暫くして渋々とそれに頷いた。
そんなしようもない事で揉めていても仕方無いと諦めた様だ。
「で?」
マリーは目線をエルに戻して。
「それでどうするの?」
「裸のままこれを投げるから銃で撃って暴発させるのよ……それで止められない?」
「火薬でしょう? 死なない?」
「そんな威力は無いわよ」
エルは一つを放って渡す。
「危ないわね!」
驚いたマリーは慌てて……出来るだけ優しく受け止めた。
「こんな事で爆発しないわ」
冷静に答えたエルは、もう一つを今度はアザラシの方に向けて投げた。
距離的には全然届いていない場所に落ちる。
「アマルティア……試しに撃ってみて」
頷いたアマルティアは銃を向ける。
パン。
シュバババと煙と火花が飛んだ。
「なんかヤッスイ花火のようじゃの?」
「あんなモノよ……それでも近くで暴発させれば足や……あれはヒレかしらを飛ばせるわよ」
肩を竦めたエル。
「体の一部を欠損させても、治せるのでしょう? なら丁度良いと思うけど」
「そうね……それに合わせてゴーレムに掴み掛からせましょうか」
マリーも頷いた。
これにより緩い作戦が決まった。
「プロジェクト名……海獣捕獲作戦を決行する」
元国王は荷馬車の一段高い位置に仁王立ち。
「作戦の胆は……アザラシの足を止めること」
指を一本立てて。
「そしてワシを安全にアザラシの元へと連れて行くこと」
二本目の指を立てて。
「この二つじゃ……」
ぐるりと目の前に並んだ子供を目回し。
「以上……作戦決行」
元国王の立つ荷馬車の前には……バルタと犬耳三姉妹を除いた子供達が見上げていた。
そして元国王の言葉に頷く。
「ヴィーゼ」
エルが呼んで発射薬……通称名ロンドン焼きが手渡される。
「いい? 成るべく足の近くに落として……バルタとエレン達が使えないいじょう、一番にすばしっこいのあなたしか居ないんだからね」
「わかってる! 行ってくる」
ヴィーゼは受け取ったそれを斜めに下げた鞄に突っ込んだ。
それは本来はクリスティナが弾薬を配るときに使う鞄……なので使い方は同じだ。
「イナとエノは……」
エルは元国王を見て。
「上手く運んで……」
タヌキ耳姉妹は隠れるのが得意だ。
だから上手く元国王を隠せとそう言う指示。
「アマルティアは……何時でも撃てる様に準備をしてて」
アマルティアも頷いた。
「よし……始めよう」
エルはヴェスペに戻っていく。
最悪……失敗した時の為に10.5cm榴弾方を構えておくためだ。
「あの……私は?」
オズオズと手を上げたペトラ。
その側にはクリスティナとムーズも控えている。
「あなた達は……」
少し考えて。
「待機よ」
普通の人間とエルフにはやれる事がない。
銃を撃たせてもこの三人なら味方を撃ちかねない。
標的のすぐ側には元国王とイナとエノが居るのだから。
かといって素早さも無いので火薬のセットも無理だ……確実にアザラシに払われるか潰されるか食われるかだ。
だけど、流石に蚊帳の外にはしたくない……それは少し可哀想だと考えて。
「バルタとエレン達を介抱して……出来るだけ早くに戦線復帰出来るように」
三人を見渡し。
「これはとても重要な任務よ」
任務という言葉にクリスティナとムーズは微笑んだ。
「任せて」
一人、ペトラは浮かない顔。
ハブられた……そう理解したからだ。




