228 天空の城とパト
空を飛べる鳥や魔物以外が空を飛べない理由を知れて満足していたマリー。
次の知識を満たしてくれるであろう場所を仰ぎ見た。
丘の上の小さな城。
一本だけの尖った建物。
「あれが……ペトラの部屋」
たぶん……いや、絶対にそうだと確信した。
ここが前人未到の飛空石の上ならそうに決まっている。
「さあ……行きましょう」
小さく呟いた。
城の前には多きな扉が在った。
ドラゴンがそのまま立って入れる為の大きさなのだろうか?
用途が何であれ、この大きさは威厳も醸し出している。
「これ、押して……開くかな?」
犬耳娘の長女、エレンがコンコンと扉を叩いた。
「どう?」
次女のアンナはゴーレム娘のバルタに聞いた。
「どうだろう?」
ゴーレムの力で押せるモノなのか?
首を傾げた。
どうも魔法的な何かを感じる。
「ペトラに開けて貰った方が良くない?」
三女のネーヴはロバ車のペトラを見た。
「無理に押して開けると、なんか出てくるかもよ」
「守護者みたいなヤツ?」
ゴーレム・エルもそうかもと首を振る。
「ペトラなら自分家だから、問題ないだろうし」
「これを押すの?」
ロバ車から降りてきて扉に手をかけたペトラは不安気だ。
「あんまり力は無い方なんだけど」
と、軽く力を掛けて押すと……扉が開く。
押した手を離れてもユックリと動いて全開。
「お! 開いたじゃん」
エレンはバイクのアクセルを捻ろうとした。
「待って!」
それを止めたのはアマルティア。
「ここって、一応は部屋よね? 建物。神聖な場所?」
顎に指を当てつつ、小首を傾げて。
「そんな場所に乗り物で入っていいの?」
「靴を脱げとは言わないだろうけど……確かにバイクや戦車はまずいかもね」
マリーもロバ車から降りてくる。
「でも、ペトラの部屋でしょう?」
オリジナル・エルは抵抗した。
大事なヴェスペ自走砲をここに置いていくの? と、そんな顔。
「あんたの部屋だとして、戦車で入ってこられると嫌でしょう?」
その横を通りすぎるマリーが一言。
「こんな場所、誰も来られないんだから……取られないわよ」
アマルティアもマリーに続く。
「確かにね」
ヴェスペの運転席から這い出したローザも頷いた。
そして、クリスティナも出てきた。
「わかったわよ」
オリジナル・エルも諦めて出てくる。
ルノーft軽戦車のオリジナル・バルタとオリジナル・ヴィーゼも降りてくる。
結局、すべての車両はここに置いて行く事に為った。
犬耳三姉妹のバイクもタヌキ耳姉妹のサイドカーもだ。
もちろんクモゴーレムも降りた。
一行はペトラを先頭に建物の中に入る。
玄関ホール。
広さは思った程では無い。
中央には螺旋階段。
それ以外には扉も無い。
「これをのぼるのね」
ペトラの背中を押すマリー。
「どのみち、これは車両ではのぼれないからここまでって事ね」
アマルティアも階段に足を掛ける。
螺旋階段の幅はしっかりと有る。
でも、階段は階段だ。
クモゴーレムなら上れるだろうけど、他は無理だ。
「結構……のぼる感じだね」
上を見ながら階段をのぼる。
螺旋階段なので終わりは見えない。
どれだけ昇ったのだろうか?
もう方向もわからない。
それどころか昇った高さもわからなく成った頃。
やっと終わりが見えた。
「ほんのりと……明かりも見えるね」
いつに間にかペトラも追い越して先頭に居たエレンが上を見ながら。
「やっと……終わるのね」
マリーが愚痴る様に呟く。
そのマリーにも追い抜かれたペトラは返事も返せない。
上に顔を向ける事すら苦しそうだ。
「運動不足よ」
イナとエノがそんなペトラの背中を押していた。
「……だって……私……人間だもの」
苦しげに絞り出したそれは、合間にヒーヒーと喉の鳴らす音が混じる。
獣人の体力に勝てる筈がないじゃない……と、言いたかったのだけど、声には出せなかった。
そんなに長い文章、声に出せば窒息して倒れそうだ。
「マリーも人間でしょう?」
イナが笑う。
「まりー……は……ゾンビ」
「一番小さいクリスティナは平気みたいよ。エルフは人間と体力は一緒でしょう?」
さあどうだとエノ。
「クリスティナ……は……」
続きが出てこなかった。
しんどくて喋れないんじゃなくて……クリスティナは思い付かなかった。
なんで平気なの?
ちらりと見るクリスティナは最後尾を普通にのぼっていた。
「おおおお」
前の方で感嘆の声。
主は三姉妹?
「凄いよ……本だらけだ」
「デッカイ水晶と王様の椅子も有るよ」
三人目のネーヴの声は少し籠って聞こえた。
階段を登りきって部屋の中を走ったのかな?
「王様の椅子ってナニ?」
それ聞いて走り出したのはクリスティナ。
最後尾から一足飛びで駆け上がり、バテ切ったペトラをごぼう抜き。
オリジナル・ヴィーゼの声も聞こえてきた。
「おお、ほんとだ」
「あ! 座っちゃダメよ」
声の主はアマルティアか?
その王様の椅子とやらに勝手に座った子が居るのだろう。
予測ではヴィーゼのどちらか?
もしかしたら犬耳のネーヴの可能性も。
「でも……ここが終点なのね」
マリーの声は冷静だ。
「本棚の奥にも椅子の後ろにも、何処にも次に繋がる道も扉も無い」
「ペトラの部屋って事?」
エルだろうか、たぶんオリジナルの方だと思う。
声の質は似てるけど、ゴーレムの方は少し硬質な感じだし。
喉の造りのせいかな? ゴーレムは喉も硬そうだし。
「確かめるには……本人を呼ばないと」
「おおーい……ペトラ! 早く上ってきてよ」
簡単に言う。
段々……頭がクラクラしてきた。
脳が酸欠だ……きっと。
……。
それでも、とにかく昇りきったペトラ。
螺旋階段の踊り場で踞る。
肩で息をしても追い付かない感じだ。
少しづつ……意識が遠退いた。
「あ! ペトラが倒れた」
声は……誰だ? イナか? エノだろうか?
「大丈夫?」
マリーはペトラの鼻先に小瓶を差し出していた。
「飛空石の上って事は、高度が高過ぎるのね……空気が薄いんでしょうね」
パチリと目を開けたペトラはマリーを見て、回りの皆を見た。
そして、何事も無くに立ち上がる。
「もう立っても大丈夫なの?」
背中を擦ろうとするイナ。
それを気にする素振りも無く歩きはじめて、椅子の前に移動。
椅子に座って居たのはクリスティナだった。
眉根を少し細め。
クリスティナを掴んで退かせて、自分が座る。
「どうしたの?」
驚いたクリスティナ。
「なんか、何時もと雰囲気が違う」
チラリとクリスティナを見て。
それでも黙ったままのペトラは手のひらを前に差し出して、水晶の方に向けた。
水晶は光を放ち始めると、その水晶を格にする様にして……パトが現れた。
「パト!」
いきなり抱き付いたのはオリジナル・バルタ。
だけど、パトの体をすり抜けて反対側で転んだ。
ん? と、見たマリー
「向こう側が透けて見える体……立体映像?」
少し首を捻って。
「これが思念体のパト?」
「魂の状態って事?」
オリジナル・エルがパトの体に手を突っ込み左右に揺すっている。
「やめないか」
そのパトが喋った。
「あ! パトが怒った」
オリジナル・ヴィーゼがオリジナル・エルを引っ張る。
「ダメだよ、パトが怒るなんて初めてだよ」
オリジナル・エルもそれには、酷く驚いている。
「ごめんなさい」
すぐに謝った。
「怒っては居ないが……くすぐったいのだ」
パトはニコリと笑った。
「くすぐったいって……その状態で感じられるの?」
マリーはまた驚かされた。
どう見ても透けた体に神経は有るとは思えないからだ。
「体が揺すられる感じがするのだよ」
パトも良くわからないと首を傾げている。
そして、子供達を順に見て。
「ここに来たって事は……セカンドが口にしたのか?」
「なにも言ってないわよ」
マリーが前に出て答える。
「多少のヒントは貰ったけど……」
「そうか……言わなかったのだな?」
「たぶん……約束は守った?」
「そうだな……約束は、少し間違えたか」
苦笑いのパト。
「死に際で時間が無かったからな……言うなよ! の一言しか残せなかった」
肩を竦めた。




