021 ダンジョンのペンギン
一番最初に反撃態勢に入ったのはイナとエノだった。
背中に回していたkar98k小銃……大戦中のドイツの歩兵が持つ一般的なボルトアクション式のライフルの形をした銃。
その場で素早く構えて背中合せに立ち上がる。
そして叫んだ。
「急いで」
今のままでは無防備過ぎる。
敵と判断したペンギンの魔物の攻撃は滑って体当たりの様だが……これも何かのスキルなのだろう、助走に比べての滑る速さが異常に速い。
目測でも犬耳三姉妹の乗るバイクの三倍程だと思われる……それなら時速で150km以上。
その攻撃の形は、直線的に放たれる銃弾と変わらない。
違いは大きさと威力。
ペンギンの身体そのモノが銃弾だ。
そして威力は車を凹ませるだけのパワーが有る。
それは……人なら普通に弾き飛ばすだろう。
体重の軽い子供達なら掠めただけでも致命的。
「戦車を前に出して」
現状では放置車両がバリケードの役割を果たしては居るが。
今やペンギンはそこかしこに見える。
動かせない片面だけの防御では後ろや横に回られれば逃げ回るだけしか出来ない。
自由に移動出来る戦車なら……それも二台を横に並べれば少なくとも左右は気にしなくても良くなる。
その上でゴーレムを前に出せば……と、そこで少し考えたイナ。
ゴーレムでペンギンの攻撃を止められるのだろうか?
重い物は持ち上げられる。
それは地面を踏ん張るからだ。
ゴーレム自体にはそれほどの重さは無い……浮遊石を体に埋め込んで本来よりも軽く仕上がっているからだ。
横からの体当たりなら……踏ん張れるかどうか。
受け止めるだけの頭が有るかどうかもだ。
いや……駄目なら駄目でも良い。
そこらの放置車両を運ばせれば良いだけだ。
そしてその後に……前に出るか後退するかを判断すれば良い。
今はその判断をするための時間を稼ぐその為の行動をする時。
そうだ、パトならこうする。
そのパトならこうするは他の皆も共有出来ていた。
バルタはヴィーゼを抱えて一目散に戦車に乗り込んだ。
そのヴィーゼは運転席の中にでは無くて、バルタが潜り込もうとしている砲塔の上に立ち、目を積むって辺りをキョロキョロ。
思念体を身体から上に出しての周囲の確認だ。
上空から俯瞰してモノを見られるのは初手で大きなアドバンテージを得られる。
今回のダンジョンなら、建物は比較的に低いので敵の動向も見易い筈。
「全部囲まれてる! 退路は無さそう」
「魔物の薄い方向は?」
バルタの耳にも魔物の足音や滑る時に出す音も聞こえては居たが……その音が多過ぎて情報の処理が追い付かない。
なので直接に見えるヴィーゼに頼ったのだがどうもそれも無理らしい。
「魔物の移動が速すぎて……」
その声には焦りと苛立ちも乗っかっている。
完全にペンギン達のペースで時間が進んでいる様だ。
「なら敵の混乱を私達で造りましょう」
砲に弾を装填して照準器を覗き込む。
「チイッ……ここからじゃ狙えないわね、もう少し広く見通せる場所でないと」
照準器には次の交差点も視界には入らなかった。
端に寄せて停まって居るので目の前は放置車両だ。
「今、動かす」
ヴィーゼは砲塔から前に降りて、開け放たれていたハッチから運転席に滑り込んだ。
ブルルンと直ぐにエンジンが掛かる。
そして、キュラキュラと履帯の鳴く音と同時に移動を始めた。
エルは大急ぎでヴェスペの元に走った。
操縦士のローザはもう取り付いて潜り込もうとしている。
そしてエルを見てか叫んだ。
「ゴーレムにクランクを回させて」
ローザにも使役させているゴーレムは居る、古くから家に居た1体なのだが……それでも今手には居る市販品依りも上等だ。
だがエルの使役させている5体のゴーレムはミスリルで出来た特別製……その性能は段違いだ。
本来のゴーレムは同じ動きの単純作業をその都度指示しないといけないのに……エルのゴーレム達は食事の配膳まで出来る。
それは本職のウエーター程では無いにしても、数種類ものカテラリーを並べて料理も運べるのだ。
それは同時に幾つかの判断をしているということだ。
もしかすると自分で考えるまで出来ているんじゃあないかとさえ思う程だった。
なので戦車のエンジンを掛ける為のクランクも回せるのだ。
「もう……セルモーターを付けてよ」
息を切らして叫ぶエル。
「エンジンを載せ変えてよ」
ヴェスペの後ろからよじ登りながらだった。
同時にエンジンが掛かる。
エルの出す声と行動とは関係が無くに、念話で出した指示をゴーレムが遂行したのだ。
ヴェスペの後方にクランク棒を刺して……横からグルンと回す。
これが人間なら燃料ポンプの出すカンカンという音を聞きながらそれに合わせてだが……そこまでは流石に無理。
なので逆にクランクの回される音を便りにローザがそれに合わせたのだった。
クラッチを切った状態でアクセルを煽る。
バババーンと大きなエンジン音が成り響き排気管からは黒色煙が吹き出した。
「動かすよ」
犬耳三姉妹はバイクを使わずに散開した。
stg44を低く構えて誰よりも前に出る。
それは積極的に攻撃に出るのではなく、後方の準備を整えさせる為の時間稼ぎだ。
だから目立つ様に動き。
攻撃されても避ける事を最優先にしている。
今回はわかり良い直線的な突進の攻撃。
しかも魔物は攻撃直前にこちらを見てくれる。
そんなアイコンタクトをくれるなら避けるのは容易い。
「アマルティア!」
走りながらに叫んだエレン。
「お嬢様と荷馬車を御願い」
御願いされた方のアマルティアはいち早く荷馬車に到達していたペトラが投げたkar98kを受け取っていた。
素早くボルトアクション。
弾を撃てる様に送り込む。
銃口は下に向けての無意識の中での行動。
アマルティアの意識は後方に向いていた。
クリスティナとムーズが二人して走っている。
一端、荷馬車に待避。
「クリスティナ! 荷馬車の下は駄目よ」
「魔物は地面を滑ってるから上に登って」
指示はアマルティアとペトラが同時にだった。
頷いたクリスティナはまず先にムーズを押し上げる。
登りやすい後ろに回っている暇はなかったので煽りの有る横からだ。
ムーズのお尻をグイグイと力任せに押し上げた。
そして自身も登る。
登りきったと同時に荷馬車に大きな衝撃。
ガンと音ととも……ガクンと傾く。
滑って来たペンギンが木製の車輪を破壊したのだ。
その当のペンギンはソレごときでは意にも返さない様で、そのまま下をすり抜けて斜め後ろに抜け……そしてビルの壁にぶち当たった。
「ダメ!」
いきなりで慌てたペトラ。
傾く荷馬車にしがみつき。
「スピノ君を解放して!」
スピノ君とはスピノサウルスの事らしい。
解放してとは元国王に向けてだ。
そして元国王はペンギンの魔物を攻撃しようとしていた。
自身が使役している蜂のゾンビに指示を出したのだ。
が、どうも上手くいかない素振りだ。
「どうしたのよ」
マリーが錬金術師の鞄……小さな黄色い肩掛けから不釣り合いな大きさの丸い玉を取り出しながらに尋ねた。
「ペンギンの回りには冷気が凄いらしい」
「ああ……蜂は寒さに弱かったわね」
マリーは玉を元国王に押し付けて。
「ペンギンも自分を瞬時に凍らせるくらいだから……そりゃそうね」
「あとは……使えるのはスピノサウルスか」
元国王は渡された丸い玉を思いっきり投げた。
少し離れた場所で地面に転がり……それは爆発した。
「これも駄目っぽいぞ……投げる動作でか、それとも落ちた音かで逃げられる」
「そうみたいね」
マリーもそれは見ていたので頷くしかない。
「ついでにスピノサウルスもダメなんじゃないの? あれって爬虫類でしょう?」
「なにを言っておる、恐竜は鳥類じゃ、正確には鳥頸類じゃったか?」
「うそー……どう見たってトカゲじゃないの」
「見た目ではない……分類ではそうなのじゃ」
「じゃあ変温動物じゃないの?」
「さあ?」
その質問には首を捻った元国王。
「あれ? トカゲもそうじゃったかの?」
そしてもう一度首を捻る。
「なにがよ! わけわかんないわよ」
「学説はコロコロ変わるからのう」
「そんなのはどうでも良いのよ」
マリーはイライラして後方の荷馬車に繋がれたスピノサウルスを指差して。
「あれが闘えるかどうかよ!」
「さあ?」
肩を竦めた元国王。
その時、ペンギンが荷馬車を破壊した。
「ありゃ」
「ありゃ……じゃないわよ」
マリーは荷馬車を指差して。
「どうすんのよ」
「ウム……どうしようか」
ウキーと地団駄を踏み始めたマリーを見た元国王は。
「お? ペトラが呼んでおる」
そそくさと……マリーから逃げたのだった。




