208 アンの仕事とパト
湖の林を出て、数時間で王都に到着。
城壁外の貧民街はまた大きく成っているようだ。
戦争は人を大量に殺す。
人口が減り、平和に成れば人は増えようとする。
人口が増えるのと正比例するように産業も発展する。
誰かの為の何かを作ってもすぐに売れるようになる。
もう少し余裕が出れば、誰かの為のサービスも発展する。
それは、つまりは仕事が増えるのだ。
……。
だが、この世界の先の戦争では……死んだのは転生者ばかりだ。
兵士を転生者で賄ったのだ。
だから、人工は減らなかった。
しかし、それでも産業は衰退する。
買い手も作り手も減らないのに、戦争が消費を拡大した。
お互いが大量に生産して、それを潰し合う。
転生者の兵士もその消耗品だった。
それでも、戦争に勝てれば負けた相手側に賠償を請求できる。
暫くは負けた国の国民は安い労働力……ほとんど奴隷のようなものとして扱われる。
経済が破綻したのだから、物価もガタガタで労働者の賃金もそれに会わせて下がるのだから……もう、ほとんど奴隷。
戦勝国の子供小遣い程度で、労働者が雇えるのだ。
勝った方は戦争特需ってヤツだ。
でも、負けた方もそれで仕事にはありつける。
少なくとも飢える事は無い。
そのまま暫く、何年か何十年かを我慢すれば、また勝った方の国と並ぶだけの経済も戻ると言うわけだ。
その頃には……戦争のキナ臭い話もまた出てくるのだろうけど。
しかし、前回の戦争は勝ったも負けたもない。
お互いが消耗だけして……しかも食い扶持も減らなかった。
そうだから、食料品からドンドン値上がりして……それは今も続いている。
高く売れるなら、農作物を作れば良い……とは簡単にいかなかった。
転生者の兵士は大量に死んでいるのだ。
誰が広大な畑を守る?
昔ながらの冒険者達か?
それらの仕事を奪い、時代遅れにしたのは転生者達だ。
転生者を奴隷にして、使った者達なのだが。
奴隷を使う者達は外でのシンドイ仕事はしたがらない。
いまだに机仕事に固執している。
汗を掻くのを嫌がるのだ。
そんな場合でも無いのだけれどね。
結果、すべての仕事が崩壊した。
傾いたモノを建て直すのは用意だが……完全に消えて無くなれば一からだ。
それは相当な難題になる。
経験者が居ないからだ。
「貧困層と公務員だけが残るのか……末期だな」
パトは呟いた。
どちらも……なにも生産はしない。
その貧困を象徴する町並みを進む。
町では無いな……テントや木造の適当な造りのバラックばかりだ。
そして、そこの住人達が、死んだ魚の様な目でこちらを見ていた。
何かをするわけではない……無気力が体力や意思、感情までもを支配しているのだろう。
だた見ているだけだ。
その中に見覚えの有る……派手な柄のテントを見付けた。
三角でナバホ柄の……バルタが気に入っているテントと同じものだ。
その入り口には、小さな女の子が顔を覗かせていた。
テントの中に半分隠れる様にして、こちらを伺っている。
「どうにか……して欲しいのだけどね」
後ろのカワズが呟いている。
「それは誰に言っている?」
パトは後ろを見ずに聞き返した。
「君でもいいし、ドラゴンでも他の誰かでもいい」
「なら、時間に祈るしかないな……どうせ、この国はもう一度滅びる。その時に立った新しい統治者に任せるしかないな」
「滅びるのか?」
「滅びるだろう……この惨状では」
「そうか……滅ぼす積もりは無いのか」
「さて、門が見えてきた」
話を変えたパト。
王都の街を囲む城壁、その正面の門だ。
門番も居ない。
それどころか、閉じる扉もない。
開けっぱなしだ。
だが、見えない境界線は有るようだ。
中に覗かれる小綺麗な町並み。
ただし、人の気配は無い。
なので、外側の貧乏人は入るのに勇気が必要だろう。
入った所で、なにも無いのだが。
中の町の商店では、パン1つ買えないだろうからだ。
そのたかがパン一個が、ここの者達には高過ぎる筈だ。
引かれた線とは……そう言う事だ。
パトはAPトライクを停めた。
降りてアンの所に向かう。
その途中。
「マリーはAPトライクには乗れるだよな? 変わってくれないか?」
手招きした。
「ゴーレム化も済んでいるから、ハンドルを握っているだけでもいい筈だぞ」
まだゴーレム化されていない車両は、一度マリーの転生魔方陣でどこかに送っていた。
そのゴーレム化をするためだ。
パトはその車両を始めて乗った時には驚いた。
殆ど自動運転が可能なのだ。
ゴーレムはAI以上に賢いと思ってしまった。
元の世界の日本よりも遥かに優れた技術だ。
「出来るけど……あんたはどうするの?」
マリーがロバ車の荷箱から降りてくる。
「ちょっと……アンと用事を済ませてくる」
アンの前に立ったパト。
両手を揃えて前に出す。
「今は勤務外だ」
アンはパトにそう告げた。
「なら、後ろに乗ってもいいか?」
「これは……1人乗りだ」
モンキー125のタンクを叩いたアン。
「そうか……ペトラ!」
ダックス125に乗っているペトラを呼ぶ。
「バイクを交換してくれ」
アンの乗るバイクを指差して。
ペトラのバイクを指差した。
ダックス125は2人乗りが出来る。
少し長めのシートも付いていた。
「良いけど」
チラチラとパトとアンを見ている。
「あなた達は……私の家で待ってて」
アンは子供達にそう告げた。
「前のパトの家だから……場所はわかるでしょう?」
ついこの間もそこで会った場所だ。
「どこかに行くの?」
ルノーftの砲塔ハッチから身を乗り出しているオリジナル・バルタが聞いた。
「何処か……か」
パトはアンを見た。
「警察署か?」
まさか、そのまま留置所か刑務所では無いだろうと予測。
しかし、その予測は外された。
「先ずは王城だ……ドラゴン王がパトを呼んでいた」
交換されたバイクに股がったアン。
頷いたパト。
「わかった……会いに行こう」
そのままダックス125の後ろに股がり、両手をアンの腰に回す。
「チョッと待って」
マリーが大きく声を出す。
「ドラゴンに会うなら私も行くわ」
ん?
眉を寄せたパト。
「何か用事か?」
それには少し口ごもるマリー。
だが、後ろのカワズが代わりに答えた。
「私が用が有る」
「カワズを送っていくのよ……あと、あの男が王城に居る筈だから、その迎えよ」
あの男?
少し考えて……思い付く。
元国王か。
成る程……カワズと鉢合わせすれば喧嘩に成ると言う事か。
いや、喧嘩で済めば良いが……元国王はカワズを殺したがっている。
理屈はどうあれ、どうにも許せないらしい。
前の戦争もそのせいで起こした様なモノだし……それほどなのだ。
「そうか」
まあ、仕方が無いと頷いたパト。
「では、残りの者はアンの家だな」
「私達も行く」
バルタが大きな声を出した。
「お前達は、用は無いだろうに」
「私が約束したの……ドラゴンにお友達を紹介するって」
ペトラが叫んだ。
「だから、全員で行かないとね」
「そう、ペトラのお父さんにまだ挨拶してないの」
ヴェスペ自走砲の上から、オリジナル・エルも叫ぶ。
「だから……全員」
ふーん……と、大きく鼻を鳴らしたパト。
出来るならここで別れたかったが……でも、ドラゴンに上手く誤魔化して貰うかと考えた。
たぶん先に会うのは俺に成るだろう。
そして、すぐに別の場所に移動させられる。
広い王城なら、別れるのと同じ事に成るだろうから大丈夫だと……納得して、頷いた。
「わかった……途中までは一緒に行こう」
「出すぞ」
アンも、その答えに頷いて。
ダックス125のアクセルを捻った。
パトを背中に乗せて……ユックリと進み出す。
走る王都の町並みは、2年前と変わらない景色だった。
いや、変わったのかも知れないが……パトにはそう感じたのだ。
懐かしい……と。




