202 嫌がらせ
ダンジョンから脱出した一行。
戦車もそれほど厄介な事にには為らずに運び出せた。
クモゴーレムが力強い所を発揮したのだ。
滑らない粘着の足は坂道を戦車を抱えてでもびくともしなかったのだ。
まあ、スロープの高さ制限があるから、結局は引っ張ったのだけれど。
「でだ……ロバ車が嫌ならこっちに乗るか?」
出口で待っていたカワズにパトが聞いた。
しかし、カワズはまた嫌な顔に成る。
「それは……狭そうだね」
「モンクばっかりね」
マリーが嫌みっぽく吐き捨てた。
「どれならいいの?」
戦車を指差して。
「後ろにしがみつく?」
「ああ……いや」
それも嫌らしい。
そして、チラチラとAPトライクを見た。
「まだ……オート三輪の方が」
仕方無いと顔をしかめたパト。
タヌキ耳姉妹の所に近付いて。
「暫く、これと交換してくれないか?」
これとはモンキー125のサイドカーの事で、パトもそれを指差していた。
イナとエノはお互いに顔を見合わせて。
「いいですよ」
と、頷いてくれた。
ただ……快くでは無いらしい。
パトに言われて仕方無くの様子。
結構、気に入って居たようだ。
そのやり取りを見ていたペトラ。
あれ? 私は? と、そんな顔。
もう既に乗ってしまっているダックス125にそのまま乗り続ける事に決まってしまっているらしい。
「えええ……ロバ車の方が楽なのに」
ボソリと呟いた愚痴は誰にも聞いて貰えなかった。
完全に無視されて居ると理解したペトラ……もう一度、愚痴る。
「別にいいけどね」
誰が見ても負け惜しみな一言だった。
と、そこにヒョッコリと現れたアン。
もちろんバイクはモンキー125。
それを見咎めたマリーが聞いた。
「どこに行っていたの?」
うーんと、困った顔で口ごもるアン。
「アンは一応は警察軍だしな……エルフとのやり取りは見たく無かったのだろう」
笑うパト。
「エルフ? 見ていないぞ」
空々しく答えたアン。
完全に見ていない振りを決め込んでくれている。
「ん……なんでも無い」
有り難いと笑うパトは。
「ダンジョンでこんなのを拾ったんだ……どうだ? いい感じだろう?」
話をそらす為にもモンキー125のサイドカーを指差す。
「サイドカーか……便利なんだけど癖があるからな」
少し顔をしかめて。
「私は単車の方がいいな」
大きく頷いて、自分の乗っているモンキー125のタンクをパンと叩いて、ニコリ。
「小回りも効くし、何より手軽だ」
速いとは言わなかった。
王都で乗っていた1995年式のドカティ900Mモンスターの方が遥かに速いからだ。
でも、モンキー125の10馬力も楽しいらしい……ニコリとした顔がそう告げている。
アンの体格や体重ではドカティ900Mモンスターはサイズが少し大きいのだろう。
サイズだけでなく速度や馬力もオーバースペックのなのかも知れない。
自分でもこれくらいが丁度良いとも感じているようだ。
「それよりもだ」
話を変えたアン。
「もうここには用は無いのだろう? そろそろ北に出発しないか?」
指す方は王都の方角。
「そうだな……そうしよう」
パトも頷いた。
ここに長らく留まっても良い事も無いだろうと理解している。
折角アンが見てみない振りをしてくれたのに、エルフが出てくればそれも水の泡だ。
「厄介者に出会わないうちに出発しよう」
「厄介者? 魔物か?」
イチイチ解釈を変えてくれるアン。
何がナンでもエルフとは言わない様だ。
まあ、警察だしな。
ダンジョンから北に進んで次の日。
砂漠から草原に変わった。
それでも栄養や雨がまだまだ少ないのだろう、草の丈は短い。
しかし、一応は緑の絨毯。
「この辺まで来れば……魔物も食べられるよね?」
草原に出て、一番に喜んだのはネーヴだった。
モンキー50zでヴェスペ自走砲の横に張り付いて、クリスティナの索敵を待っている。
もちろん……狩りは楽しいので、エレンもアンナも側に居た。
「元気な子供達だね」
カワズが、APトライクの後ろでふんぞり返って感心するように呟いた。
いいご身分だと運転するパトは苦笑。
それだからか返答も適当だ。
「獣人だからじゃないか?」
「狩猟本能ってヤツなのか……フム」
と、頷くカワズ。
何千年も何万年も生きて記憶を蓄積しているのに……知らない筈は無いと思うのだが?
まあいいかと、タバコを取り出して火を着けた。
何時もの青いパッケージのゴロワーズ両切り。
「タバコは健康に良くないぞ」
後ろから妙な注意が飛んできた。
「不死なのに健康を気にするのか?」
なんの冗談だと笑うパト。
「……確かにそうだ」
頷いた素振り。
「私も君も種類は違うが……確かに永遠の命を持っている」
「俺は普通に死ぬがな」
口の端で引っ掛けたタバコが、喋る度に揺れる。
「魂は永遠に生き続けて、次の肉体に宿るのだから……それも不死だろう」
「記憶が無ければ、死ぬのと変わらんと思うが?」
「その記憶も、死んで魂だけの状態に戻れば全部を引っくるめて思い出すのだし……完全に記憶が無いわけではない」
「そして新しい肉体を手に入れた時にはまた記憶喪失か」
「それは、君とペトラの選んだ選択だから……仕方無いとはおもうけど?」
「その選択も記憶に無い」
「そのうち思い出すさ」
そうですか? と、肩を竦めたパト。
「それはそうと、何故あそこにダンジョンを呼び出したのだ?」
気になっていた事を聞いてみた。
「ダンジョンは何処にでも呼び出すけど……まあ今回はエルフにお仕置きでかな?」
笑うカワズ。
「お仕置き?」
「奴等……君を指名手配させただろう? その時、私も指名手配させようと画策したのだ」
「この世界を支えているのにか? ドラゴンが許さないだろうに」
「いや? ドラゴンは気にして無かったな……その代わり、私の代わりを出せとエルフに言っていた」
「代わりか……ダンジョンを転生させて魔素をばら蒔く者をだな」
「そうだ、だから言ってやった……その仕事をするにはエルフの繋がる力は邪魔に成るだろうから、そのスキルは完全に消さないとダメだな……とね」
すこし考えて。
「ああ、スキルが転生者に移るからか」
「そうだ……普通のスキルは範囲が自分基準だから触れないと移り難いが、エルフの繋がる力は広範囲に作用するスキルだから、範囲内だと結構簡単に移るんだよ」
「それは知らなかったな」
ふーんとパト。
何となくは気付いては居た。
だから、ダンジョンでエルフを殲滅はしなかったのだが……理屈が有ったのか。
「そうか……だから今まではエルフが居る領域にはあんまりダンジョンを転生させなかったんだ」
そして、すこし納得。
「まあ……そうだね。エルフはすこし増やし過ぎたからね……数の調整も有る」
「エルフは出生率は普通でも、エルフの出現率は低いから……それでも増えたのは、ダンジョンの転生者が数を補っていたのか」
「そうだよ、だからエルフの里は緑の多い森の中に為ったんだ。ダンジョン転生を何度も繰り返して魔素が豊富に成ったからね。だから今でも土地は豊かなままだ」
「で、それは嫌だとエルフは突っぱねたんだろう? 繋がる力とカワズを天秤に掛けても自身のアイデンティティーは捨てられない……か」
「それでもゴネたけどね」
「そんな我が儘は流石にドラゴンもダメか」
笑うパト。
「でも、なんで嫌われたんだ? 俺はわかるが……随分とエルフを殺したから」
「国が1つに成って……暫くドラゴンの側に居たのだが。その時に奴隷が廃止されて」
後ろのカワズがパトを指差して。
「それは君のせいだと思った様だ」
「まあ、ドラゴンに進言したからな……間違っては居ない」
「次にエルフの繋がる力が半減したろう?」
「それは、俺は知らないぞ」
関係無いと首を振る。
「それを進言したのは私だと考えた様だ。ドラゴンは考えが単純で人に余り興味も無いのに、それをするのがおかしいと思ったのだろう」
「ふん……その逆恨みか」
「そうだ、君も私もそれが原因だ」
「俺は戦争責任では無くてか?」
「一応は建前はそうなっているな」
「本音は違うって事か」
「で、どうにもできなかった私の方は直接の嫌がらせに出たわけだ。エルフの中だけでカワズを殺せ……だかなんだかの指示が出た。もちろんエルフごときに殺されるほど私は弱くは無い、だから嫌がらせだ。新しく転生させたダンジョンでいち早くそこに入り込んで転生者を私依りも先に殺してしまう……つまりは若返りの邪魔をしようとしたわけだ」
「転生者をダンジョンの中で殺す事が永遠の命の肝だからか……殺して魔素を吸収して若返る」
「そうだ……それをシツコクやって来たのだ」
肩を竦めて面倒臭い奴等だろう? と、そんな顔に成る。




