199 カワズの責任
ペトラとアマルティアは揉めていた。
同じロバ車に乗っているマリーは口を真一文字にでも……呆けていた。
二人の喧嘩にアキレて居たわけではない。
その三人が見たものは同じ。
交差点を曲がった先に有った……死体の絨毯。
たった1つの角で、景色が一変したのだ。
そして、その死体には剣で斬られた傷痕しかない……詰まりは銃や爆弾で死んだわけではないのだ。
その理由も推測は簡単……カワズの仕業だ。
いやマリーには推測する必要もない事。
この景色と同じものを以前に見ていたからだ。
自分が初めてこの世界に来た時にだった。
逃げ惑う転生者を追い掛けて後ろから斬る……だから死体の殆どはうつ伏せだ。
長らく忘れていた景色。
だが……その時の恐怖は思い出せない。
恐怖した筈なのだ。
実際にあの時は……その場から逃げたのだし。
でも……今、この景色を見ても恐怖は感じない。
恐怖を思い出す事すら出来ない。
そんな自分に呆然としていた。
……何が変わってしまったのだろうか。
アマルティアは許せなかった。
死体が多過ぎる。
カワズのやっている事の意味は理解できる。
でも、現実に死体を見て……理性が受け付けない。
無抵抗に殺して歩いているだけだとわかるからだ。
「これは……酷過ぎる」
「でも……やらないと世界は崩壊するのよ」
ペトラはこの死体も肯定した。
「魔素が無ければ世界を維持できないのだから」
「もっと他にやりようが無いの?」
「あれば……そっちを選択しているんじゃないの?」
「でも……これは」
地面に転がる転生者の死体を指差して。
「残忍過ぎる」
「私達も戦争で人を殺したは」
肩を竦めて。
「魔物も沢山殺した」
「戦争は違うでしょう?」
ペトラを睨み。
「魔物は人では無いし」
「でもさ……命は同じだと思うけど。生きる事に違いが有るのかな?」
首を傾げたペトラ。
「自分に害を為すモノは殺して良くて、無害ならダメなの?」
「人よ!」
「転生者でしょう? 誰かが言ってたけど……人の外来種よ」
もう一度死体を見て。
「在来種であるこの世界の私達を駆逐する存在なのよ」
「言っている事が真逆」
アマルティアはペトラを睨んだ。
「無害なの? 有害なの? どっちよ」
「たぶん、どっちにも成れるのよ。この人達……転生者は」
アマルティアはペトラの言う事は支離滅裂だと思ったが……同時に理解も出来た。
外来種とは言っても産まれた場所が違うだけで……種そのものは一緒だ。
しかも、この世界ではもう既にそのハイブリッドが普通に居る。
いや……違うか。
普通どころでは無い。
在来種の純潔種は、殆ど居ないのだ。
とても貴重な存在で、アマルティアが知っているのはアンだけしか居なかった。
そう、もう在来種自体が駆逐されている。
「って事はやっぱり……この人達の死は選別されるべきモノでは無いと思う」
「そうだろうね」
突然に割って入った声。
軽い声音の男の声だった。
その方向を見た三人。
中でもマリーが声を荒げる。
「カワズ……」
カワズは全身が血塗れだった。
自分の血では無いのはすぐにわかった。
足取りが軽いのだ。
つまりは返り血。
そして、右手にぶら下げた剣がそれを証明してもいた。
両刃の西洋剣の先から滴る血と油で鈍く光るブレード面。
その出で立ちの割りには明るい笑顔。
年齢も若く見える……十代後半?
「その見た目は……随分と殺したのね」
マリーが睨む。
「そうだね……若返る分にはじゅうぶんだね」
頷いたカワズ。
ダンジョンを転生させる魔方陣はカワズの魔素を多く消費する。
それは見た目の年齢にも現れた。
十歳程を年を取るのだ。
だが、そこで転生されたモノを殺せば……今度は若返る。
若返る方はほぼ無限だ。
70才の老人でも殺せば殺すだけ若返る。
今の様に青年にも成れるのだ。
それは繰り返せば、永遠の命。
実際にカワズはセカンドとも呼ばれる……この世界に二番目の人間で転生者だからだ。
それは何千年も昔の話だろう。
この異世界の歴史と同じ年だという事でも有る。
因みにファーストはパトだ。
世界の想像主……思い描いた者。
ペトラは創造主……パトの世界を実際に造った者。
それは思念体の時代の事で、何度も転生を繰り返した今は二人ともにその記憶は無い。
そして、セカンドのカワズは世界を成長させて維持させる存在。
記憶が有る分……こちらの方が神に近いのだろう。
もう一人、記憶が有る存在がドラゴン。
普通に不死の存在だが……世界の創造にも維持にも係わっては居ない、異世界創造では茅の外。
ただの監視者だ……いや傍観者か。
「さて……二人の疑問だが」
ペトラとアマルティアを見てニコリと笑う。
「どちらも正解だよ」
顔を見合わせた二人。
「転生者であっても人を殺している事実は有る。しかしこの世界の維持には欠かせない事でも有る……魔素の補給は誰かがしなければいけない事だからね」
「その良いわけが救済?」
マリーが吐き捨てた。
「そうだね……救済でも有る」
ちらりと地面に並ぶ死体を見て。
「彼等、彼女等は転生されてすぐは不安定な存在でも有る。元の世界からのコピーだからね……実際にこちらの世界に馴染むには少しの時間が掛かる。でも不安定だからこそ元の世界にも簡単に帰れる。オジリナルとコピーが問題なく混ざれるのには時間が限られているのだよ」
「記憶の問題ね」
「それも有るね。同一の時間軸で二つの記憶を持つ事にもなるから、その整合性をとる為にはどちらかの記憶を曖昧にするしかなくなる」
目を細めるマリー。
「おっと、だったらダンジョン転生なんてしなければ良いのに……なんて言わないでくれよ。これはやらなければいけない事だからね」
「よく、それで平気ね」
乾いた笑いを顔に張り付けたカワズ。
「命の選択は……元の世界でもやっていた事だからね」
肩を竦めた。
「たしか……元の世界では医者だって言ってたわね」
「そうだよ……ここの世界でもそれは同じさ。異世界の空間を維持する医者だ」
首を傾げるマリー。
「例えばガン細胞は外科手術で取り除くだろう?」
「転生者はガン細胞なの? まだなにもしていないじゃないの」
「ガン細胞にも良性は有る……場合に依ってはそれも取り除く」
ニッと笑い。
「栄養補給の序でにそれらを取り除いて居る感じかな?」
「ワケわかんない」
「だろうね……私もわかってない。いや、わかりたくもない」
大きく息を吐いたカワズ。
「でも誰かがそれをやらなくては駄目で……それを他人に押し付けるのもちがうだろう? 誰かが変わってくれるなら大歓迎だけどね」
「でも……」
ペトラが口を開いた。
「誰かの犠牲の上に成り立つのは……それは人の歴史でも有るんじゃあないの?」
「犠牲か……」
カワズは苦笑い。
「せめてもと救済だとしているのにな」
「人間だけでは無い事でも有ると思うよ」
ペトラは続けた。
「動物もそう……肉食獣は弱い相手を見付けて食べないと生きてはいけないのだし」
「カワズのやっている事も食物連鎖って事?」
マリーは納得いかないとペトラを睨んだ。
「どうしてもやめさせるなら……世界を滅ぼすしかないよ。今のこの世界には何人の人が居るんだろうね?」
「この世界の死か……転生者の死か。どちらかを選べって事?」
アマルティアもペトラを見た。
「ちがうわよ、この世界が死ぬって事はその転生者も死ぬんだから。存在しない世界では誰も生きられないでしょう?」
「だったら……転生そのものを止めれば良いだけよ」
マリーは言い放つ。
「そう……そして静かに死んでいくんだね」
カワズが呟く様に。
「世界の安楽死ってヤツだ」
「それも……決断のひとつね」
ペトラはマリーを見て。
「その決断の責任はマリーが取るって事で良いのかな?」
「なぜ? 私が?」
声を荒げたマリー。
「だってそうしろってセカンドに言うのでしょう?」
ペトラが肩を竦めた。
「決断をしてやれって言うなら責任は取るべきね」
ため息一つ。
「でも、その時にはマリーも消えているけどね」
世界が消えれば、その上に立つものは総てが同じ運命だ。
黙り込んだマリー。
世界の責任を一人で背負い込む勇気は無いのだろう。
たぶん誰だってそうだ。
世界なんて重すぎる責任だから。
「ふん……あんた急に偉そうな事を言うのね」
ペトラを見て目を伏せたマリー。
「それは、たぶん記憶の奥深くに刻まれて居るんだろうね」
カワズが笑う。
「世界に係わる事に反応する……そんな記憶だろうね」
ペトラも自分で言って……驚いていた。
でも、勝手に口が動いたのだ。
意識に上がってきたのだ。
なるほどカワズが言う通りなのかも知れない。
そして……改めて思う。
この世界は私が造ったのだ……と。
もっと良い方法は無かったのかしら。
たぶん……無かったんだろうな。
大きなため息しか出ないのだった。




