019 違和感
最初の交差点。
角にはコンビニが在った。
見付けたのはマリーだが……少し首を捻っている。
「ねえ……貴方の時代は、看板の色が変わった?」
「なにがじゃ」
マリーが指差した建物……背の低い感じビルの一階を見た元国王。
「えらく地味な色じゃな……ワシの知っているコンビニとはちと違うのう」
荷車の上での二人は同じ方向に首を傾けた。
「でもあのマークは……コンビニよね」
「確かにな……」
元国王はそのまま首を廻らせ……視線をグルリと一周。
「それに……妙にビルの背が低くないかの?」
マリーも視線を上に向けて。
「確かに圧迫間が少ないというか……空が普通に広く見える」
元国王は横に居たクリスティナの胸に着いた無線を取って。
「ストップ……チョッと停まってくれんかの」
車列を止めさせた元国王は荷車から降りて……交差点の真ん中からもう一度辺りを確認した。
そしてしゃがみ込み、足下の地面のアスファルトを掌でなぞる。
「やはり……このダンジョンはまだ新しい」
マリーに掌を向けて。
「埃も大して積もっているわけでも無いようじゃし」
マリーも荷車から降りて……グルリと見渡した。
「何か……違和感が有るわね」
眉間にシワを寄せて。
「そう言えばダンジョンなのに……綺麗過ぎない?」
エルがヴェスペの上でも首を捻っていた。
オカシイと耳にする迄は全く何も疑問には感じて居なかったのだが……改めて言われると、自分の経験しているダンジョンとは違った。
それが何かと今一度考える。
第一印象は綺麗過ぎる。
いや、道端に停められた何台かの車に秩序や法則性は感じられない……適当に放置された感じでバラバラだ。
街並みの色も……とても地味な感じでは有るけれど違和感は無い。
もちろん人が居ないのは当たり前だ。
ダンジョンは土地ごと転生……コピーされてここに現れたモノ。
その時に一緒にコピーされた人も……その殆どが殺される。
ダンジョンを呼び出した者の糧と成る為に殺されてその持つ魔素を吸い取られるのだ。
河津と居う名の魔王。
セカンドと言う名も持っている者。
その男の使命はこの異世界に魔素を廻らせる為に、人の多い元国王やマリーの元の世界の都市の一部をその住人や、たまたまそこに居た人も含めて転送させて……それらを殺して魔素をこちらの世界に補充させるのと言うもの。
その際に自分も魔素を少し補給してか……若返る事が出来る。
それは延々の命でこの世界に魔素を補給し続けるという事でもある。
その際に運良く生き残れた者は、この異世界に紛れて暮らす事に成る。
元の世界には帰れないのだから。
仮に帰れたとしても……自分はあくまでもコピー、元の世界にはオリジナルが何事も無くに暮らしているのだ。
全く同じ人間が、高度に管理された世界に複数が現れれば……それは事件だ。
その時点でもう普通には戻れない。
「人が居ない時間帯だった?」
真夜中に転生させられたダンジョン?
「いや……午前中じゃった筈」
元国王はエルの意見に首を振る。
「時間はここに入る時点で確認していた」
「確かに……車の時計ね」
マリーは顎に手を当てて。
「でも……流石にその時間でも都市ごと無人は有り得ない」
もう一度……今度は隙間無くに視線を走らせて。
「人が居た形跡……例え殺されていたとしてもその痕跡」
頷いて。
「逃げ延びたか殺される様な出来事が起きなかったとしても……全員が全員、街を離れるとも思わない、誰かは街に残って暮らしていても良い筈よ」
元国王を見て。
「逃げる理由が無ければ……街の外、異世界に行く理由が無いもの」
「いや食料とか……時間凍結解除のスキルは珍しいんじゃろう?」
「確かに……私は持っていないし、そんなスキル持ちは貴方とファウスト・パトローネの二人しか見た事がない」
もう少し考えて。
「時間凍結は河津が掛けたモノだから……もしかすれば河津もソレを解除出るのだとしても三人」
「ワシとファウストの時間凍結解除は明らかに別のスキルのようじゃが……河津のはファウスト寄りか? それともまた別の何かなのかの?」
「それはいいのよ」
頷いたマリー。
「時間凍結解除は出来なくても、新たにここで造られるモノには時間凍結は掛からない」
確信を得た顔で。
「食料でも作物でも、新たに造ればここでも暮らせる筈よ……地面も町もそのままここに在るのだから」
「成る程……」
頷いた元国王。
「それでも人が居ない事の方が異常だと……か」
顎に手を当て、フラフラと考える素振りで辺りを細かく検分を始めた。
コンビニを覗き。
電柱を見て。
放置された車の回りをグルグル。
「あ!」
何かに気付いた様だ。
「何か人が居ない理由でもわかったの?」
マリーも近付いて元国王の見ているモノを見る。
「いや……それはまだわからんが」
コンビニを指差して。
「看板の色が違う理由がわかった」
「どういう事?」
元国王は車のナンバープレートを指差して。
「ここは京都じゃ」
「京都? 東京都じゃなくて?」
「京都の都市条例で派手な看板は禁止だと聞いた事がある……それでじゃな」
「いや……そうじゃ無くて」
語尾を少し強めて。
「場所の違いに何の意味が有るのよ……確かに京都だと東京都よりは人は少ないかも知れないけど、それでも全く人が居ないってわけでも無いでしょう? 一応は立派な政令都市なんだから」
チラリとマリーを見た元国王。
「そんなもんは知らん」
プイっと横向いて。
「ここを転生させた河津にでも聞いてくれ」
「あ……放棄だ」
エルは元国王を指差して。
「それとも責任転嫁ってやつ?」
「まあ……場所が今までと違うのにはソレなりの理由があるんじゃろう」
マリーも諦めたのかもう一度回りを見渡して。
「京都ってのがヒントなのかもね」
確かにソレだけでは何もわからない、本人に聞くしかないのは道理だ。
その本人にも明確な理由が有るかもわからないけど……単に気紛れだけの事なのかも知れない。
「ついでに人が居ない理由も聞きたいわね」
「会えればな……ヤツは神出鬼没じゃからの」
「ダンジョンが新しく出来たって所を探せばそのうちに会えるんじゃないの?」
ダンジョンは河津が造ってるのだし……と、エル。
「ワシ等が駆け付ける頃にはもう事を終えた後で……居らんのじゃよ」
「そうなの?」
首を捻るエル。
「私は何回か会った事が有るよ……ダンジョンでも、町でパトと話してるのも見た事があるし」
小首を傾げて。
「確かにこちらから探した事は無いけど……いつの間にかに居た気がする」
元国王を指差して。
「もしかして嫌われてるんじゃないの?」
「違う!」
元国王は大きな声で。
「ワシがヤツを嫌いなんじゃ!」
と、その国王の服の裾を引っ張る者が居た。
クリスティナだ。
横にはムーズも居る。
そして二人は両手一杯のお菓子を抱えていた。
「ねえ……これ食べたいのだけど……」
おずおずと差し出す。
「お菓子って……ゾンビ化するの? それともゴーレム化?」
ふと疑問に感じたのだろうエルが聞いた。
「どちらにも成らん……ただの時間凍結解除じゃ」
まだ少し語尾が荒い。
河津の事がそんなに嫌いなのか? とエルは感じたのだった。
まだ差し出しているクリスティナに元国王は……ポツリ。
「もう食える」
あたる相手が違うと気が付いたらしい。
優しくは無いが、声のトーンは落としていた。
「まだ触れてないよ……」
クリスティナは小首を傾げる。
「触れないと駄目なのはファウスト・パトローネのスキルじゃ……ワシは近付くだけでも良い」
「んん?」
それを聞いたクリスティナ。
「なんだ……不便なのね」
「何でじゃ!」
驚いた元国王。
「触らなくても良いなら、そっちの方がスゴいじゃろうに」
「でもさ……凍結解除を自分で選べないって事でしょう?」
元国王に確認。
「それってさ……今食べたくないお菓子とかだと」
チラリと自分の手の中のお菓子を見て。
「置いておけないじゃないの?」
「確かに……保存と考えれば時間凍結は有用ね」
ムーズも横で大きく頷いていた。




