198 チャリオット
ドンっと咆哮。
その出所はバルタの撃ったゲルリッヒ砲2.8cm.spzb41重対戦車銃。
当たった場所は敵戦車の鼻先……駆動輪を破壊した。
ユックリと動いていた敵戦車は、その片方の履帯が動かなく為ったのでその場で回転を始めた。
さっきの戦車と同じだ。
違うのはこちらの方は勢いが無く滑る事は無かっただけ。
なので、出てきた方に戻るように消えて見えなくなった。
「面倒臭いわね」
バルタの舌打ちと一緒に聞こえた。
「ヴィーゼ……前に出して」
「そんな事をすれば……今度はこっちが撃たれる」
わかり易い理屈だ。
角の有る場所での待ち伏せは……動いている方が撃たれるのだ。
渋るヴィーゼをチラリと見たバルタ。
無線を掴み。
「エル! もう撃てる?」
「大丈夫よ……ややこしいのはもう片付けた」
「なら今、私達の目の前に居る戦車を撃てる?」
「ちょっと待って……イナとエノに確認する」
暫く待つ事に為りそうだ。
そこに後ろからバイクの音。
パトの乗るダックスだ。
「酷い有り様だな」
できる限り、死体を避けている。
「パト! 待って」
砲塔後ろから顔を出したバルタが手を振り止めた。
「この先に敵戦車が待ち構えているの」
眉を寄せたパト。
「どっちだ?」
交差点の右と左を交互に見て。
「左……もしかすると右も」
先に滑って行った方も砲塔は生きているかも知れない。
頷いたパトは無線機を取り出して。
「アマルティア! コンクリート・ゴーレム兵をこちらに寄越してくれ。ファウスト・パトローネを持たせて2体でいい」
「いま、エルにも要請したけど」
バルタはしまったとそんな顔。
「そうか……なら少し待つか」
ルノーftの後ろ……影に入り込みながらmp40を構えた。
「戦車兵が飛び出してくるかな?」
「どうだろ……ないと思うけど」
首を捻るバルタ。
すると、突然に唸る様なエンジン音が響き始めた。
交差点の左側からだ。
「動けない戦車を押している?」
バルタは少し緊張した顔に戻り、砲の中へと消えていく。
今はたぶん横向きに成って止まっている筈の戦車を後ろの戦車が押すとすれば……真正面で出てくる筈だ。
「今度こそ砲塔を撃ち抜かないと」
ブツブツと呻く。
照準器を覗いていると。
縦に真っ直ぐなビルの影……障害物からジワリジワリと敵戦車が出てきた。
こちらの角度からでは、奥のお尻から見えて来る。
動けなくなった戦車はピッタリ90度横に成っている様だ。
ちがうか……真後ろから強引に押すから、水平に強制させられたのだ。
バルタはその戦車の尻に、斜めから撃ち込んだ。
角度的には浅いが、当てたのは最後の転輪の内側。
ボディで弾いても履帯に当たると期待してだ。
案の定、その履帯は弾ける様にして切れた。
弾を込め直して。
今度は砲塔の側面を狙う。
ガンと当たりギィーっと滑る様に弾かれる。
こちらは角度が浅いだけで弾いた先になにもない。
が、横に押すような力が加わって砲塔がグワンと回転した。
いきなり砲が飛び出して横を向く。
こちらに向かない砲なんて怖くは無い。
もう一度、弾を込める作業。
敵戦車の砲も回転を始めた。
撃たれてズレタ狙いを戻そうとしているのだろう。
だが、何処かに異常が出た様だ、砲塔の回り方がギクシャクしていた。
装填を完了して、照準器に目を戻す。
相手の砲が此方を向いて居た。
撃たれる!
そう思って慌てて引き金を引いた。
ほぼ同時にドンと音を発した互いの戦車。
こちらの弾は砲の横を貫いて……相手の弾は掠める様に後ろに飛んでいった。
動きながらに照準を合わせる依りも、最初から狙って居た方が勝った様だ。
バルタは敵の観測はヴィーゼに任せて、次弾を掴みに掛かる。
この戦車は二人乗りで、砲塔には一人しか居ない。
ジッと見ていても誰も弾を込めてくれないからだ。
「アイツまだ動こうとしてる」
そのヴィーゼからの報告。
「しつこい奴等ね」
弾込めを終えて覗いた照準器……敵戦車の砲はギコチナクだが確かに動いていた。
でも、狙いは付けられない様だ。
バルタが撃ち抜いた先には砲手が居たのか?
それとも照準器そのモノを撃ち抜いたかだ。
だったら、いま動かしているのは誰だ?
たぶん装填手だ。
なら……砲の向かって左側を撃ち抜けばいい。
ほんの少しの微調整。
引き金に指を掛けた……瞬間。
視界一杯に爆発が拡がった。
「どう? 仕留められた?」
無線機からはエルの声。
今の爆発はヴェスペ自走砲からの榴弾。
唸り響いていたエンジン音が止んだ。
煙の中の戦車は押されて居ない。
眉を寄せたバルタ。
もしかして、後ろの戦車に当たった?
首を捻り掛けた瞬間、目の前の戦車の砲がガタンと動いた。
「ほんとシツコイ!」
バルタは引き金を引いた。
ドン!
砲塔の左側を撃ち抜いた。
小さな穴を開けた砲弾。
新しいゲルリッヒ砲2.8cm.spzb41重対戦車銃は貫通力は凄いけど、どうも破壊力に劣る様だ。
砲弾が細いから、開ける穴がどうしても小さい。
だから壊せる範囲も狭くなる。
それでも、前のプトー砲よりかは断然マシなのだけれど。
流石に穴も開けられないじゃあ、どうにもならない。
「10.5cmとは言わないけど、せめて7.5cmか……いや5cmでも良い」
作業をしながらに漏れる愚痴。
「とにかく威力の出る砲が欲しいよ」
と、次弾を込めた時に。
敵戦車が爆発した。
砲塔の上……ハッチが跳ね上がり、そこから縦に火花が吹き上がる。
砲塔の首の部分からも火花が漏れる。
運転席上のハッチも同じだった。
最後の一発が敵戦車の砲弾に火を着けた様だ。
「やっとか」
砲塔の回転ハンドルを回して、砲の角度を変えつつ。
「ゾンビみたいな戦車だったね」
誰に行ったわけでは無いけれど。
それにはヴィーゼが返してくれた。
「ここの場所が悪いよ……死体だらけだしアンテッドが出そうだもん」
「それが戦車だったってわけ?」
「チャリオットを従えた悪霊の王って……なんか居そうじゃん」
「チャリオット? ああ戦車のことね」
そんな昔話か伝承かは知らないけど、聞いた気もしないではない。
たしかドゥラハンだったけ?
自分の首を脇に抱えて戦車に乗った骸骨の王?
そんな話をしていると。
ドカンと左側のビルの壁が破壊された。
円錐形に穿たれたコンクリート。
ここが撃たれたと言うことは……バルタは素早く右に砲を振る。
さっきの右に滑って行った戦車だ!
「ヴィーゼ! 前に出て」
「え? 撃たれてるよ」
「大丈夫よ装填に時間が掛かる、1発撃ったら5秒よ」
もちろん適当だ。
そんなの装填手の能力による。
なんにもない訓練なら4.4秒が最速って聞いたけど……でも、そんなのが実戦で出る筈がない。
恐怖や身体的なナニかが誤差を増やしていく。
だから、戦車を見ればその都度、数を数えて自分で確認するのだ。
でも、あの戦車はそれをやっていない。
ってか、いま初めて撃たれたんだから。
「さあ……前進して」
バルタはヴィーゼを急かした。
「もう……5秒はたったよ」
動かないヴィーゼ。
ドカン!
今度は右の建物の角を削った。
見えないから適当に撃っている?
少しでも動けば当たるかも……か?
「ほら! 今よ」
ヴィーゼは促されるままに、目を詰むってアクセルを踏んだ。
グイッと前進したルノーft。
バルタは予め予測して方角の微調整を済ませて撃った。
敵戦車の砲塔。
向かって右側を狙った積もりが、左側に穴を開けた。
そっちは装填手側……ミスった!?
が、バチバチと音が響き始める。
そして、砲塔上のハッチが吹き飛んだ。
盛大なドラゴン花火だ。
隙間という隙間から火花が飛び散る。
さっきもそうだったが、砲塔の左が弱点なのだろうか?
そっち側に砲弾ラックが有る?
いや、装填手側ならそうか。
理に叶っている。
「ほら、もう安心よ」
バルタはヴィーゼに笑い掛けて。
「さあ……前進よ」
指し示したのは交差点の中だった。




