197 虐殺と戦争の差
オリジナル・ヴィーゼはできるだけ音を低くして、ルノーft軽戦車を動かしていた。
それでも音は鳴る。
エンジン音。
履帯の音。
……そして、踏み付けた……死体の頭蓋骨が割れた音。
パキリ。
中に柔らかい脳みそが詰まっているからか……軽い響く様な音には為らないが、でも固い骨が割れる音はする。
その死体は……転生者のモノだった。
だから、殺したのはエルフではなくて……カワズだ。
「イヤな音ね……」
後ろでバルタが眉をシカメていた。
「音もだけど……見えると辛いよ」
ヴィーゼは下を向きたく無いと思った。
戦車の鉄板を素通りして見えるモノ。
腹を踏めば……口や尻から飛び出す内蔵。
特にスカートの女はダメだ。
圧に負けて飛び出すモノを押さえる布が少ない。
……そして。
脳みそもだ。
割れた頭蓋から弾ける様に飛び出す。
救いは仰向けに倒れて居る者が少ないくらいだろうか?
とにかく顔を見なくて済む。
魔物の死体は見慣れてるのに……ヒトはなかなか慣れない。
いや……戦争ではない死体だからダメなのだ。
兵士の死体は……銃を持っているなら、それは殺すため。
つまりはその兵士も、自分が殺される事も有ると理解している。
その兵士が撃った弾が誰かを殺しているかも知れない。
なら……やっぱり自分が死ぬのも、普通の出来事だ。
でも、今……踏んづけて居る死体は武器を持っていない。
カワズの転生させるダンジョンの住人は……誰一人として、殺した事の有る者は居ないと聞いた。
ヒトを殺さない者達……だから自分の死も覚悟していない。
そうか……それが有るから顔を見たくないのだ。
理不尽に殺されたその顔は、なぜ私がと問う顔に成っているからだ。
苦悶の中にもそれが見えるのだ。
だからだ……。
「ヴィーゼ……敵が来るよ」
口数少なく首をちぢ込めて居る私に声を掛けたバルタ。
感傷は生き残ってからユックリとしなさい……と、言われてる気もした。
何処から来るのか? は、簡単だ。
目の前には交差点……クリスティナの話では、敵戦車はここを横切る形で通り抜ける。
なので、出てきたら横っ腹に砲弾を撃ち込んでやればいいのだ。
つまりは……待ち伏せ。
音をたてずに隠れて……ドカンだ。
まあ……撃つのはバルタだけど。
私は、逃げる準備だけをしておけばいい。
スウーッと大きく息を吸う。
緊張し過ぎると呼吸を忘れるかも知れない……と思う事が多い。
実際には忘れた事は無いのだけど……でも、たぶんそれが息が詰まるってヤツだと思う。
空気なんだし詰まる筈ないじゃん……と、わかっていても。
でも、そんな気はするのだ。
だから、今のうちに意識して大きく息をするのだ。
少し離れた場所で爆発音も聞こえてくる。
これは……三姉妹だろうか?
それともゴーレム娘達なのだろうか?
たぶん、両方だ。
音は大きく分けて二つのグループで聞こえて来た。
横から走り込んでの奇襲……犬耳三姉妹の得意な形だ。
ゴーレム娘達も同じ様にやったのだろう。
だから続く音は聞こえてこない。
一撃離脱ってヤツだ。
そして敵の戦車の立てる音は大きくなった。
まだ動ける……生きている戦車達。
慌てたのだろう事がわかる。
ダンジョンは何処も道でしか移動できない。
大きな道と小さな道。
いま敵戦車が居るのはその中間の道。
片側一車線で合わせて二車線。
大きな戦車だと履行はギリギリ?
真ん中に立ち往生した戦車が居れば……道は塞がれる。
前と後ろで塞がれてしまえば……真ん中は袋のネズミ。
それがわかっているから、慌ててその場を脱出してバラけようとしているのだろう。
……そんなのはじめからわかっていた事なのに。
なぜに集団で移動していた?
まあ、複数の戦車を一度に見せるのは威圧としては効果が有る。
単体の戦車でもじゅうぶんの恐怖は与えられるのに、それを複数だと絶望に近くなる。
それに、味方の戦車が複数見える方も安心だ。
そんな殿様戦闘を仕掛けたかったのだろう。
敵に反抗の意思が有れば、無意味なのに。
でも、こっちからしたら良い的だから良いんだけどね。
カワズ一人だと侮ったんだろうな。
殺し合いは……何時も真面目にやんなきゃね。
ナメプは馬鹿のやる事。
圧倒的な有利な力が有るとわかっていても……例え敵が一人でもナメプは駄目。
「来る!」
バルタが叫んだ。
敵戦車のエンジン音と履帯の出す音が近いのはヴィーゼのもわかった。
左右の操縦ハンドルを握り直す。
もう、それは何度目かの行動。
じきに手のひらの汗が滲むから、そのたびに握り直す。
!
突然に敵戦車が飛び出して来た。
M24軽戦車チャーフィーだった。
相当なスピードだ。
ほぼ同時にバルタが撃った。
新型の載せ代えたゲルリッヒ砲2.8cm.spzb41重対戦車銃の弾が至近距離で命中した。
ガン! と当たって小さな穴を開けた。
若干前の方……履帯と転輪の間の隙間。
撃たれたチャーフィーは驚いたのか?
それとも何処かを故障させたのか?
履帯を急停止させた。
だが、地面は人の死体が敷き詰められている状態。
肉と血と油が巻き散らかされて……自分で踏んで撒き散らした?
その状態で履帯を止めても戦車は停まらない。
緩く回転しながらに滑り、交差点を抜けて行く。
「どうする?」
チャーフィーは交差点から姿を消した状態。
逃げる?
それとも追い掛ける?
「このままで」
バルタの指示は簡潔だった。
その言葉は次弾の総点と同時に発していた。
壁に砲弾が並べられているラックが有る。
そこから適当に掴んで砲に詰める。
撃ち終わり、棄てられた空の薬莢が鉄の床とでカランっと音を出していた。
「後ろを塞がれた状態だから」
砲のハンドルを回して微調整をしながらだ。
「後続はここを通らないと何処にも行けないから……必ず来る」
いや……それはわかってるんだけど。
でも、もうここに居るって敵にばれてるよね?
逃げるとかしなくてもいいの?
だいたい、真正面から撃ち合うなんてこの戦車じゃ無理だと思うのだけど。
だって、さっきの見た?
チャーフィの砲。
軽戦車だってのに7.5m砲だよ。
4号中戦車と同じだよ!
てか……重さも18トンも有るし。
3号中戦車が22トン……って、その差は4トン?
それってもう誤差じゃん。
それを何で軽戦車って言うの?
作った人……馬鹿なの?
こっちは7トンだよ?
「逃げようよ」
ポツリと漏れてしまった言葉。
「ヴィーゼが弱気に為るなんて珍しいわね」
だって死ぬのは怖いもん。
バルタもいっぺん死んでみて?
死んでる最中は意識がないしわかんないけど……生き返って暫くすると段々とその時の恐怖がくるんだよ。
まあ、私は本当に死んだわけじゃあ無かったけど。
殆ど死にかけ? そんなの経験したら怖くなるじゃん。
列車で旅をした時の経験は、いまもハッキリと覚えている。
いや……時間が経つにつれて、恐怖が大きく成っている?
んんん……ちがうか?
たぶん地面に転がる死体に圧倒されてる?
恐怖と疑問が張り付いた顔を見てしまったから?
だから怖くなった? とかかな……。
だめだ、だんだんわかんなく為ってきた。
唯一の本当は……怖いだけだ。
首を大きく左右に振ったヴィーゼは頬をパンと叩いた。
兎に角だ……逃げる準備だけはしておこう。
ギアをバックに入れて、アクセルの上に足を浮かして置いておく。
交差点にギャリギャリと履帯の音を響かせた戦車が出てきた。
ユックリとした速度だ。
鼻先しか見えていないけど……砲の先端は見えない。
つまりは前を向いていない。
ならどっちを向いてる?
そんなの聞かなくたってわかる……こっちを向いているに決まってるんだから!
「早く撃って!」
全身をちぢ込める感覚で叫んでいた。




