187 再び廃村
泥の湖を抜けて。
左右の景色は、またガレ場の砂漠。
太陽は今日もギラギラしていた。
「これってさ……何処まで行くのかな?」
バイクに股がるエレンが呟いた。
「さあ?」
アンナが返事を返す。
同じくバイクで並走していた。
「もう、こっち側は人族の州だよね? エルフもおかしな事は出来ないよね?」
ネーヴも返す。
二人に挟まる様にして、後ろを走っていた。
「だよね? 獣人の差別は有っても……こっち側では命の危険は無い筈」
エレンは考えていた。
「そうだね」
頷くだけのアンナ。
「このまま行けば……廃村? もっと行けば王都?」
首を捻るネーヴ。
道は一本道でその順番だ。
「でも、その間に……竜の背のトンネル前を通るよ」
アンナも首を捻った。
「流石にソコはエルフが居るよね?」
「居ると思う」
「じゃあ……まずいじゃん」
「パトはどう考えているのかな?」
「わかんないね」
「なにも考えて無かったりして?」
「それは無いでしょう」
「あんたじゃ無いんだし」
エレンとアンナの声が揃った。
「え? 私は考えてるよ」
「どうせ今日のご飯の事でしょう?」
「もう魚はないもんね」
「わかってるよ……そんな事」
そう理解はしていたのだ。
湖はもう、遥か後方……陸地の砂漠に魚は居ない。
だから……実は肉が食いたいと思ってた。
こう……脂ののったガッツリとした感じの肉がいい。
牛だと最高。
「ヨダレ……」
「ニヤケ顔……」
「後ろばっか見てないで前見て走ってよ」
「魚だけじゃ無くて、この辺は虫しか居ないからね」
「ウシじゃ無くてムシだからね」
「な……何でウシなのよ」
ばれてる?
心を読まれた?
「だいたいわかるわよ……ここらで捕れるのがムシだから。頭の中でウシに変換してそうだってね」
エレンは笑う。
横でアンナは頷いて居た。
「単純だから」
なるほど……そうだったのか。
確かにイキナリ牛の肉が食べたいと思った。
そう言う理由で肉! ってなったのか。
と、心の中では驚いて居たのだけど……顔は下唇を付き出す事に成功していた。
どうだ! そうじゃ無い感が顔で表現できている筈だ。
エレンとアンナ小さく肩を竦めていた。
その反応は……どっちだ?
微妙なのはやめて。
「ん?」
「あ!」
そんなネーヴは放って置いて。
二人は声を上げた。
「村に入っていくね」
「廃村なのにね」
「そういえば……お爺さんが一人居たね」
ネーヴもそれまでの話はコロッと忘れて。
と、無線からパトの声。
「イナとエノ! 後ろに行って大佐を連れてきてくれ」
「大佐? もしかして目的地はここ?」
エレンは首を傾げる。
「単純にキャンプじゃないの?」
「まだ……日は高いよ?」
「まあいいわ……先頭に行ってみましょう?」
「パトのとこね」
「行こう行こう」
三人はアクセルを捻った。
前に走っていく犬耳三姉妹を見たオリジナル・ヴィーゼが騒いだ。
「ねえ……私達もパトの所に行かない?」
聞いたのは勿論バルタにだ。
「戦車で行くには……狭く無いかな?」
廃村でも、まだ建物は残っている。
通りは狭いし……村自体も小さい。
ってか、いまだにデカ過ぎるモグラゴーレムが先頭なのはオカシイと思うのだけど……もう掘るモノもないじゃん。
「ソコはほら」
ヴィーゼは建物の横の路地を指差して。
「裏から回ればいいんじゃない?」
建物と建物の隙間をコソコソとか。
ウンウンと考えて居ると。
ヴィーゼはイキナリ戦車を曲げた。
微妙に頷いた仕草を肯定と受け取った様だった。
まあ、それでもいいけど……。
路地に入り、アッチコッチと動き回るヴィーゼ。
「なんで逆方向に行くの?」
良くわからないと聞いてみた。
「だって、狭い所は通れないから」
また曲がった。
意識を飛ばして上から見ているのかな?
小さい戦車でも、幅は1.75m有る。
エンジンとトランスミッションを交換して貰ったから超信地旋回が可能だから全長の5mは関係ない。
超信地旋回はその場で左右の履帯を逆回転させて曲がるので、車の様な内輪差も無く、最小回転半径もゼロだ。
まあ、振り幅も有るので2.5mの道幅が有るとじゅうぶんな感じ。
廃村でも、できれば今ある建物は壊したくないし。
そんな事を考えて居ると、村の中央が見えてきた。
水の出ていない噴水だ。
そこにはシュビムワーゲンも停まっていた。
それはパトも居るって事だ。
「とうちゃーく」
キキキっと、戦車を停めた。
一応は遠慮してか、路地からは出ていないギリギリの場所だった。
バルタはゴソゴソと砲塔後ろのハッチから這い出した。
と……タヌキ耳姉妹のAPトライクが目の前で停まった。
後ろには無線で指示された通りに大佐を乗っけていた。
「ぼっちゃん」
聞きなれない声に……聞きなれない言葉。
「誰の事?」
バルタは首を捻る。
「さあ……」
横で戦車の運転席上のハッチから上半身を出して居たヴィーゼも同じく首をひねっていた。
「じい……久し振りだな」
片手を上げて返したのは、APトライクから降りてきたアルロン大佐だった。
「二人は……知り合いだったのか?」
驚いた顔のアンが、モンキー125をソロソロと遠慮がちに動かして側にやって来た。
犬耳三姉妹も一緒だ。
どうも、先頭に立った時に廃村のお爺さんが立って待っていたので、少し遠慮した感じだった。
パトと大人の会話をしてそうな雰囲気だったらしい。
「でも……ぼっちゃんは無いよね」
オリジナル・エルも居た。
歩いて来たらしい……ヴェスペ自走砲は見えない。
「オッサンと間違えてるね」
ヴィーゼが笑った。
「失礼だよ……大佐も一応は元貴族だし」
そういうアンも笑いを堪えている風。
「だね……アンもお嬢様だしね」
笑ったままのヴィーゼがアンを見た。
「やっぱり失礼ね」
方眉を上げて怒る仕草を見せる。
そんなどうでもよい会話は聞き流して、真正面を見ていたバルタ。
さてそこには、パトと大佐とお爺さんとで何やら難しい顔で話している様だった。
「なんの話なの?」
ここでは聞こえないとエルがバルタに聞いた。
話声は聞こえても音だけで内容がわからない。
さっきの挨拶の時の様に大きな声で話せばよいのに……と、思うエル。
「この先の……エルフの事を聞いてる」
バルタの耳はピクピクとさせているので……しっかり聞こえている様だ。
「今は……一時依りも多いらしい」
「なんで?」
「エルフ軍に成り損ないが混じっていた事が問題に為ったようだね」
「え? それってペトラの?」
「たぶんそう……」
エルフの繋がる能力を壊したからだろう。
「うえ……私達のせいか」
顔を歪めたエル。
「でも、元々そっちに行くつもりは無かったみたいよ」
バルタは首を捻った。
「ここから砂漠を西に横切って、北に行くんだって……私達の町?」
「まっすぐは行かないの? 斜めに……その方が近いじゃない」
「途中に町や村が多過ぎるみたい」
「それに、そのルートだと飛空島の真下を通るから厳しいでしょう」
アンも頷く。
飛空島は飛空石の塊で中に浮いた大きな島だ。
そして、常に水が滴り落ちて居るので、その下は広い沼地……普通では戦車も厳しい場所だった。
「時間は掛かっても、出来るだけ目立たないルートで進むのだろうね」
アンは補足を加えた。
「これだけ獣人が居れば……目立つか」
エルも頷いている。
「こちら側に来て、多少の安全は確保出来ても相手はエルフだしね」
「そう言えばさ……町にもエルフの監視が有ったって言ってなかった?」
ヴィーゼはエルフの単語に反応したようだ。
「言ってたね……パトが狙われて居る? とかなんとか」
エルは下唇を付き出して、その顎にシワが出来た。
「まあ……」
アンは言葉を止めた。
別に詰まったわけではない。
三人の話が終わったのか、各々が別々に動き出したのだ。
そして、パトはこちらに歩いてきた。
「アン……一緒に王都に行こうか」
パトはニコニコとした顔で、そう言った。




