180 獣人の性格
足下の水は、少しづつ……でも、確実に増えていた。
トンネルの真ん中の一番に低い所で……足首にまで到達。
そうなれば、流石の獣人達も焦り始めた。
「トンネルから出た方がいい!」
「いや……急いで貫通させるんだ!」
意見は二分。
ただ……大多数はそんな意見すら持っていなかった。
「どうすればいいの?」
「怖い」
「ここで死ぬの?」
自分で決断できずに……誰かにすがる。
それを見ていたオリジナル・ヴィーゼは思わず声を上げる。
「うわ……」
続けて……酷いな! の言葉はどうにか飲み込んだのだが。
「反応の違いは、種族事ね」
オリジナル・エルも水位を確認するためかヴェスペ自走砲から降りていた。
そして、騒ぎを見ていたヴィーゼの横に立ち。
同じ方向を向いての観察。
「ほんとだ……逃げ出そうとしているのは、草食系が多いね」
「他にも、細かい差が有るみたい」
指差した先には……たぶんアルマジロの獣人?
体を丸くして踞っている。
「動かず……考えず……って、感じ?」
「でもさ……」
そのアルマジロの獣人を見たヴィーゼ。
「アルマジロってさ……とても泳ぎが得意なんだよ。水中でもお腹の中に空気を溜めて凄い時間を息を止めてられるし」
ムフンと鼻を鳴らした。
「泳ぎでは勝てるけど……水中の底を這い様に走るの。結構早いよ」
「そうなの?」
肩を竦めたエル。
「じゃあ……あれはその準備?」
「だと思うよ」
「でも……アルマジロがそうだとしても。獣人に個性が有るのは確かで、そのせいで纏まりが無いのも確かでしょう?」
今度は誰も指差さないエル。
話が捩れるとでも考えた様だった。
「まあ……そうね」
そこは普通にそう思ったヴィーゼ。
「だから国が作れなかったんだよね」
そう言えば誰かがそんな事を言っていた……その誰かは忘れたけど。
「危機的状況で意思の統一が図れないのは……致命的よね」
「たしかに」
自分の足下を見る。
水は少しづつだけど、溜まっている気がする。
少なくとも減っている気配はない。
「あんた達も、大概だと思うけど」
後ろからマリーがやって来た。
「冷静になのはいいけど……観察している暇が有るならナニか手を考えるか動くかしないと、ダメなんじゃないの?」
それは……あなたもでしょう?
とは言わないで、ヴィーゼはパトを指差した。
「大丈夫、パトが動き出したから」
それにはエルも頷いている。
「こんな時は、任せるのが一番」
マリーもパトを見た。
「そんなに信用しているの?」
それは殆ど聞こえないほどの呟きだった。
「慌てるな!」
パトは叫んでいた。
シュビムワーゲンの後席だ。
手をトンネルの後ろに振り。
「土嚢を積み上げろ!」
「土嚢を作る袋が無いですよ」
シュビムワーゲンの側に居たマンセルの呟き。
水位の事で二人して相談してた矢先だったようだ。
「そのまま岩や土を盛り付けろ!」
微妙に言葉を変えたパト。
「土を盛っても……強度が出にくいですがね」
横からのマンセルの指摘。
チラリとマンセルを見たパト。
「最悪はガッチリ埋め戻せばいい」
トンネルの入り口を蓋をすると、そんな感じらしい。
「そうなると……酸素の都合で時間制限ができますね」
「酸欠の前に貫通されればいいだけだ」
「ふむ……ギャンブルですかい?」
「あああ……そのギャンブルだ」
言い切ったパト。
「俺はその手のギャンブルに負けた事がない!」
「ほんとですかい?」
「だから、今……俺は生きてここにいるんだ」
吐き捨てた。
「命の掛け金のギャンブルは負ければ、もうそこで死んでいるんだからな」
「成る程……たしかに」
納得したマンセル。
そして、それを聞いていたオリジナル・ヴィーゼがポツリ。
「うわ……無茶苦茶な屁理屈だ」
「たしかに、その手のギャンブルは一回一回の判定だから……得意不得意も無いのにね」
マリーも少し驚いた顔。
「でもいいのよ……それを言い切るから、皆が動けるのだし」
オリジナル・エルはただ頷いている。
「嘘でも屁理屈でも、それで動いて結果が出せれば正解なのよ」
「成る程」
納得したマリー。
「あんた達はそうやって戦って来たのね」
「そうよ、パトが言う様に誰も死んで無いでしょう?」
笑ったエル。
「おおお……」
なぜか感心していたヴィーゼ。
「あんたもこっち側でしょうに」
それを見て、苦笑いで呟いていたエルだった。
モグラゴーレムが掘った分を、隊列の後ろに回して積み上げる。
完全には塞がないで、上の方に少しの空気穴は残していた。
「水圧に負けない様に分厚くだ!」
誰かの声が響いている。
獣人の中の誰かがリーダーと成ったようだ。
そして、その作業にはその他の獣人がほぼ全員で掛かっている。
小さな子供も持てるサイズの小石を拾っては後ろに運んでいた。
バラバラの獣人達も、それを纏める者が居れば従う様だ。
獣人のリーダーはパトがその主だと決め込んだ様だった。
「あれは犬耳の獣人?」
マリーが聞いた。
「そうだよ」
答えたのは犬耳三姉妹のエレン。
バイクはエンジンを切って、押していた。
「私達の同族」
「本当は少し違うんだけどね」
アンナもそこに居た。
「違うって? のは」
「犬にも種類が有るでしょう?」
アンナは獣人のリーダーを指差して。
「少し狼っぽい感じが混ざってるかな?」
「ほう……例えばハスキー犬とか?」
頷いたアンナ。
「そういわれると……まったく犬みたいでなんだか嫌だけど。まあ、そう」
「じゃあ、あなた達は?」
「さあ……小型犬か中型犬かのどれかじゃないの?」
「秋田犬だと思う」
ヴィーゼが横から言い切った。
「チワワじゃないの? 背が小さいし」
エルも同じく言い切る。
「ええ……背が低いのは関係無いと思う」
ネーヴが膨れた。
「そうね……」
そのネーヴを見て大きく頷いたマリー。
「たぶんだけど、コーギーがビーグルね」
「なんでそう思うの?」
さっきは適当に答えたヴィーゼだったが、具体的に二種類を言われると気になってしまう。
「だって、牧羊犬や猟犬みたいに走り回るし……いつもお腹を空かせているからかな」
「ビーグルなら、耳は垂れてない?」
エルが面白がっている。
「でも、ウサギを追いかけるのは好きみたよ」
ヴィーゼはビーグルに納得しているようだ。
「どっちでも無いよ! 第一に私達は犬耳の獣人で犬そのものじゃないから」
エレンも膨れた。
「そうよ……たぶんその二つの雑種ね」
決まり! と、そんな顔になるマリー。
「おおお……折衷案! で、しかも正解っぽい」
ヴィーゼもエルもそれには納得と頷いた。
「もうなんでもいいわよ」
犬耳三姉妹は揃ってブー垂れる。
「でも、犬と考えれば人を主人としやすいのも納得だし。他の種の誘導も得意かもね」
マリーは犬耳の獣人のリーダーを指差した。
「これも、ある種の獣人の性格なのかもね」
「でも……それはそうだね」
エレンがしみじみとした声を出す。
「だから……人族の奴隷に成ったんだろうし」
「性格……有るかもね」
アンナもポツリと漏らす。
「奴隷の時も……あんまり苦じゃあ無かったね。そう言えば」
ネーヴはパトを見ていた。
パトに拾われた時。
奴隷時代を思い出しているようだ。
でも、たしかにその時も今も変わらずハシャイでいる気はする。
そして、やっぱりパトになついている。
獣人の人の部分の理性で、ペッタリくっつかないだけで。
でも、何時も気にしているのは確かだ。
そう考えたヴィーゼも思う。
それは自分もそうだ。
イタチも実は人になつきやすい性格だったのかな?
バルタは?
猫だから……着かず離れずだけど。
でも猫って飼い猫が多いよね?
ってことは、実はなついているのかな?
これも性格か。
エルは狐は人になつくのだろうか?
微妙だ。
「! でも、たしかにエルは微妙だ」
ウンウンと納得しているヴィーゼ。
それを見てエルが眉間にシワを寄せた。
「なに!?」