179 雨……ヤバクない?
オリジナル・ヴィーゼは内職の手を止めて、空を見上げた。
頬にポツリと雨粒が落ちる。
「雨?」
魔石を削るためのハンマーを持っていない方の左手の手の平を上に向ける。
少し待つと……ポツリ。
もう一度、上を向く。
一面が真っ白だ……でも、奥行きがわからない。
高い位置での白なのか? なんだか手を伸ばせば届きそうな気もするけど。
試しに伸ばして見る。
身長は……頑張れば110cmぐらい、手を伸ばしてもパト依りも低い感じだからヤッパリ届く筈も無い。
ならばと目を閉じて……意識を上にあげてみる。
すぐに視界は真っ白に成った。
雲の中?
少し下げて自分を確認。
3mも無さそうだ。
すぐそこに、目を瞑った状態で下をキョロキョロとしている私の頭の天辺が見えている。
「フム……雲が下がって来ているのか」
意識を戻して、もう一度見上げて。
「重く成っているのかな?」
翌日は朝から雨だった。
まだ……普通の雨だ。
真ん中に有る湖の水位も変わっていない。
でも、この湖が溢れるから川に為るのだろう。
ここまで来た乾いた川の事だ。
その川を少し観察しただけでもわかる……水量は多いと。
「ってことは……まだまだ強烈に降るんだろうな」
オリジナル・ヴィーゼは肩を竦める。
そして、雨が降って気付いた事が有る。
いや、薄々はわかっていた事だけど……この場所は円錐状? 半円球状? とにかく雨に濡れた地面は、中心に向かって流れ集まっている。
そこがヤッパリ湖だった。
大きなお皿に水を流した感じだ。
それが溢れるまで雨は降り続けるんだろうけど……季節という事も言っていたので、もう止むこと無くに降り続ける感じかな?
来年の夏の始めか……もう少し早くても春の終わりまで。
……てか。
ヤバクない? これ。
「みんな! テントを片付けろ」
パトが叫んでいる。
しかし、獣人達は雨を気にしていた。
濡れてまでする事なのか? とだ。
「もうこの雨は止まない! トンネルに移動だ」
続けてパトが説明をした。
「そのまま向こう側に行くぞ」
そう叫ぶパトは、随分と鬼気迫る顔をしていた。
それは、これがギャンブルだと理解している様子。
このまま湖に沈むか……その前にトンネルが開通するかだ。
いや……ゴーレム・ヴィーゼの話だと、こちら側は見た目通りの垂直の壁で、向こう側も同じ様なモノと言っていた。
多少の角度の差と山の高さと考えても、まっすぐトンネルを掘れば10kmも無いと思う。
なら、もうすぐ貫通する筈だ。
ただ、ここで少しノンビリとは出来なく成っただけの事。
「まあそうだね……ここが最終目的地じゃあないんだし」
オリジナル・ヴィーゼは内職の魔石はそのままにルノーft軽戦車に向かった。
戦車でトンネルに入る。
ほぼ一番乗りだ。
私もバルタもテントを広げていたわけじゃない。
寝泊まりはこの戦車の中だった。
狭いけど、二人だけならそれでも問題い。
だから動き始めも早かった。
その道中。
回りの皆を見ていると……ノロノロとダラダラと動く者達と、全く動く気配の無い者達に二分されていた。
束の間の休息の筈が……尻に根が生えてしまったのだろう。
それも、わかる気がする。
この場所で初めて緊張感が無くなったのだろうから。
それまでは、何年も何十年もか? エルフの影に怯えていたのだろうし……その解放感はたぶん人をダメにする類いのモノだと思う。
それに、アマルティアが頑張ったのかロバ車が増えている。
ほぼ各家庭? 1コミュニティ単位に、現状で1両は有る。
それも、動く者と動かない者とに別れる理由に成っている様だ。
ダラダラしていても他の家族には迷惑を掛けない……そんな緩さだ。
まあ、でも。
そのうちに動き始めるだろうとも思う。
それがトンネルの開通に間に合えば良いだけだし。
多少遅れても、湖が溢れる前には……流石に動くだろう。
何時かは必ず……尻に火が着くからだ。
たとえ、湖の水が来ない場所を見付けても。
そこに居着く事は不可能なのだし。
マリーの転送紋が無ければ、ここで食料の調達も出来ない。
魔物一匹どころか、短い草が少し生えているぐらいしか無い場所なのだ。
そこら辺の勘違いも、今晩の夕食時にでも成れば思い出すだろうとも思う。
今はキッチンカーの配給が、そのまま食事だからだ。
お腹が減れば、キッチンカーの有る場所まで移動しなければいけない。
そのキッチンカーも移動の準備を初めているのだから。
今晩の夕食はトンネルの中だ。
「ほら……ヤッパリ移動しなきゃいけない」
「ん? なにブツブツ言ってるの?」
ヴィーゼの独り言に、後ろのバルタが反応した。
「べつに」
軽く答えるヴィーゼ。
「たいした事じゃないよ」
「そうなの?」
そのわりにはキョロキョロしてたよね? と、そんな感じの問い。
「アマルティアが頑張ったなって思って」
ヴィーゼは振り返らずに。
「ロバ車がいっぱい」
「そうね……」
頷いたバルタ。
「でも、後ろの荷車は……マンセル? ローザ?」
「二人ともそんな素振りも無かったし……ジュリアお婆さんじゃない?」
「ああ、魔石のお礼かな?」
「そう言えば借金はどうなったんだろう?」
「もう完済したんじゃない? だから荷車をくれたんだと思うけど」
「そうか」
ムフンとヴィーゼ。
「じゃあ……これからは貯金だね」
「まだ内職をする積もり?」
バルタは笑っていた。
「するよ! だってさ借金じゃなくて貯金だよ」
勢い込んで。
「もう弾のお金を気にしなくても良いんだよ! とうぶんだけど」
「それね……」
後ろでカチャリと音。
ヴィーゼがチラリと振り向くと、バルタは新しい砲弾を両手で抱えている。
「ローザがタップリと造ってくれたわよ」
「そうか、新しい砲だ」
「ゲルリッヒ砲2.8cm.spzb41重対戦車銃と専用弾」
バルタも嬉しそうに、砲の腹をパンと叩いた。
「て……事は」
首を傾げたヴィーゼ。
「もう、砲弾にお金は要らない?」
「そんな事は無いでしょう……ローザが造るんだから代金は必要だと思うよ」
「一発……幾らに為るんだろう?」
「さあ……しらない」
「わからないの? そんなの……怖くて撃てないじゃないの」
「ん……今度、聞いとく」
「こりゃあ……早く内職」
横に転がしていたハンマーを掴まえて握り直したヴィーゼ。
「始めなきゃ」
モグラゴーレムのお尻のすぐ後ろにルノーftを停めたヴィーゼは飛び出した。
適当に転がる石を拾ってハンマーで叩く。
「トンネル工事の邪魔はしちゃダメよ」
バルタの注意が飛んでくる。
が、ヤッパリ貯金が大事とそれどころ出はない。
ガラガラとモグラゴーレムの後ろ足が砕けた岩を押しやってくる。
それをコンクリート・ゴーレムがロバ車に積み込んでいた。
その横から手を出すヴィーゼ。
コンコン……ポイ。
コンコン……ポイ。
コンコン……ポイ……ととと、今のは魔石だったと拾い直す。
そこにクモバモスもやって来た。
そちらも片付けるモノが少なかったのか、動き出しが早い。
「まだやってるの?」
マリーが割れたフロントガラスの枠から半身を出して一言。
「だって……貯金が」
そちらを見ずに返事。
「まあ……お金は有るだけ、良いけどね」
マリーは肩を竦めて笑う。
翌日。
ヴィーゼの回りは人だらけに成っていた。
やっている事は同じ、内職だ。
コンコン……ポイ。
コンコン……ポイ。
の、繰り返し。
ダラダラしていても危機感を持っている人も居たとそういう事なのだろう。
なので、鑑定係りのマリーも忙しいそう。
掘ったその場で、加工に輸送だ。
産地直送ってヤツだね。
ヴィーゼも良さげなヤツを見付けたので、走ってマリーの元へと向かう。
足元の水溜まりをピチャピチャと跳ねさせながらだった。
……。
!
「水溜まり?」
足下を見やるヴィーゼは首を捻る。
細いけど……川に成っている?
トンネルの入って来た方から……モグラゴーレムのお尻にまで繋がっていた。
「え? 本格的に……ヤバクない?」




