017 ダンジョンの入り口での出来事
ダンジョンの切れ目に張り付いていた建物。
実際に近付いて見れば……床と地面の段差は1mも無いようだ。
地面依りも少しだけ低い。
そして、そのフロアーは3Fとあり……Pの文字の看板も見える。
上にはもう一層も見える……合計で4階建ての建物の様だ。
「これならゴーレム達に担いで越えられるわね」
エルもホッと息を付く。
「大きい店だった様ね」
マリーはその屋内ガレージを見渡していた。
駐車スペースには十数台……二十台は無い、車の数が停められている。
それでも見た感じはガラガラだ。
「ここが三階なら、上も屋上も同じ様なガレージだろうから規模は大きい様じゃな」
元国王はサッサとその段差を下りて……ウロウロキョロキョロ。
「一、二階が店舗か……」
そして一台の車に近付いて……中を覗く。
「時間は昼前……年代は2020年前後くらいかの?」
「なんでわかるの?」
4体のゴーレムに担がせたヴェスペをダンジョン内に誘導しながらのエル。
ルノーft-17軽戦車はもう既に中に入っていた。
「車の年式か種類でか……見たんでしょう」
その疑問に簡単に答えたマリー。
「いや……車検表じゃが」
元国王はフロントガラスの上、中央に貼られたシールを指差した」
「そう……」
肩を竦めたマリー。
「時間は……車内の時計? この男が近付くとそれだけで機械はゴーレム化……しかも鍵とかも関係無いし」
もう一度、肩を竦めて首を振り。
「なんなら燃料が無くても……男の放出する魔素だけでそれを動かせるのよ」
「そうなの?」
ローザが元国王を押し退けて、その車のドアに手を掛けた。
「ホントだ……開く」
そして乗り込んで……。
「でも……エンジンはどう掛ける?」
ダッシュボード……ハンドル横をゴソゴソと探りながら……鍵が無ければセルが回せないのだ。
「鍵付きを探すのが一番に楽じゃが……」
元国王はローザを奥、助手席側に無理矢理に押しやり、自身が乗り込みハンドルを握った。
それだけでエンジンが掛かる。
「ワシが動かすと意思を示せば……ホレこの通り」
「おお、変わって変わって」
今度はローザが元国王を車外に押し出した……が、直ぐにエンジンが止まる。
「なんでよ……」
「この車はワシの眷族に成ったからの……ワシにしか力をかさん」
肩を竦めてだった。
「だから鍵じゃ……鍵でエンジンを掛けてしまえば……それは誰でも出来る。元がそんな造りなのじゃからの」
「ちぇえっ」
眉間にシワを寄せて露骨な舌打ち。
「まあ……良いわ……鍵の部分をスイッチか何かに変えてしまえば良いだけよ……面倒臭いけど」
体を捻り、頭をハンドル下に捩じ込みブツブツと。
「直結か? まあ好きにすれば良い」
興味を無くしたのか、振り返った元国王。
もう既に戦車二台は中に入っていた。
そしてマリーが元国王を手招き。
「なんじゃ?」
「幌車から魔物達を外すのを手伝いなさいよ……アンタが遣れば早いんだから」
「ヘイヘイ」
幌車に近付き、魔物を縛る太い革紐を軛から外してやる。
魔物には肩から胴の辺りに巻かれた金属製のカラーだけが残る。
それも外してやっても良いのだが……元国王は面倒臭いと考えたのだろう……それはそのまま。
軛とは馬車側に着いた馬と馬車を繋ぐ為の器具。
カラーはその馬側に着いている金具。
それらを革紐で固定すると、馬は肩や胴体を使って馬車を引けるので、その引っ張れる重量も増すのだ。
流石に首に紐を掛けて引けば馬も首吊りで窒息してしまう。
そうならない為の知恵。
今のこの状態では……馬では無くて魔物のスピノサウルス。
形状は馬とソックリなので扱いもそのまま同じ。
そして次に荷車の魔物を解放してやろうと近付いた……その時。
エルがそれを止めた。
「そっちのは持っていくから……弾や武器ばかりだし必要かもでしょ?」
チラリとエルを見て……荷車の荷物を見る元国王。
「こんなに必要か?」
結構な量の武器弾薬。
「ついでにムーズ御嬢様の移動手段よ」
「成る程……ワシも歩かなくて済むわけか」
ふむと頷いた元国王。
しかしエルはそれには少し怪訝な顔をした。
頭の中には……歩かなくて良いの中に元国王は入っていなかったからだ。
歩ける者は歩け。
戦える者は歩兵として歩け。
ただし機械化歩兵は別。
ジジイでも脚が二本有って普通に歩けてネクロマンサーとか言う能力で戦えるのだからそれは歩兵だ……と、思っていたのだけど……。
ジイッと元国王を見たエル。
「まあ……良いわ」
と、肩を竦めた。
年寄にイヤじゃ歩きたくないとか……なんとかと、駄々を捏ねられるのは面倒だと思ったからだ。
その時。
背後でガシャンと音がする。
全員が振り向いた。
ローザが動かした車が別の車にぶつかっていた。
「事故?」
ツカツカと歩み寄るマリー。
窓を叩き、開けさせて……ローザに告げる。
「あんたドワーフなのに車の運転も出来ないの?」
「違うのよ」
首を大きく横に振るローザ。
「車が急に勝手に曲がったのよ」
「欠陥? 故障?」
マリーは少し考えたが……それは有り得ないと思い直す。
ガレージに普通に停まっているということは、ここまでは普通に走って来たということだ。
つまりは時間凍結中に故障したと?
それは有り得ない。
止まった時間は次に動き出す迄は無いも同じ。
凍結と解除には時差は生まれない。
「理屈ではそれは無いわね……アンタが下手なのよ」
「そんな事はない!」
大きな声での抗議だ。
「チョッと変わって乗ってみてよ……わかるから」
眉を寄せたマリー。
「じゃあ……退きなさいよ」
そう言いながらに運転席に潜り込むマリー。
しかし……実は少しだけドキドキしていた。
免許は持っている。
元の世界で……日本で学生だった時に取得している。
車は所有はしていなかったけど……父親の車を少しだけ運転した事もある。
直ぐに変われと……二度と乗せないとは言われたけれども。
でも、運転はしても良い筈だし出来る筈なのだ。
シートを目一杯に前にやり、ハンドルにしがみつく……そして右足をアクセルに……アクセル……アクセルに届かない。
八才の身体では小さすぎる様だ。
仕方無いので身体をググッと下に押し込みアクセルを踏む。
そのまま進んだ車は……また別の車にぶつかった。
「ね?」
ウンウンと頷いたローザ。
「違うわよ前が見えなかっただけよ」
車から降りて来たマリーが叫んだ。
アクセルを踏むために目一杯足を伸ばしたらば、頭がハンドルの下に隠れたのだ。
そして踏むことだけに集中した結果……前を見るという事を忘れたのだ。
それはぶつかる……当たり前だ。
「車自体は問題はなかったのよ……」
フイッと横を向いて。
「身長のせいよ」
「じゃあ……次は私が」
手を上げたのはイナ。
「アンタも少し私よりも背が高いだけじゃないの」
指を差すマリー。
が……その指がユックリと上に上がる。
イナの身長が伸びたのだ。
「クッ……変身のスキルか」
「成長のスキルよ……一時的に身体を成長させるの」
クルリと回って見せたイナ。
「今の身体は18才くらいかな? もう少し上かな? そんな感じ」
クスリと笑い。
「これなら運転は出来るでしょう?」
免許も無いくせに……と、言いたいが。そもそもこの異世界に免許そのモノが無い。
それに……イナもエノも車の運転が出来る事は知っていたマリー……渋々とその場を譲った。
そして普通に運転して見せたイナ。
ガレージをクルクルと回って見せる。
「普通に動いているでは無いか」
元国王も飽きたのか、荷馬車の方に行き。
自分が座れる場所を作り始めた。
と……。
ガシャン。
元国王が音の方を向けばイナの車はぶつかって停まっている。
「また事故か?」
降りて来たイナ。
「確かに変だ……今、勝手に曲がった」
首を捻る。
「ね? でしょう?」
ローザも頷く。
「私の時は……」
考え始めたマリー。
そして思い当たった様だ。
元国王を指差して。
「アンタ! チョッと見ててよ」
そしてイナをを見て。
「もう一度運転してみて」
頷いたイナは車を走らせる。
ユックリとクルクルと……。
何周かして停まり。
「普通に動く……」
わからないという表情のイナ。
マリーはもう一度、元国王に。
「今度は目を背けていて」
そしてイナに。
「もう一度」
怪訝な顔のイナだが、言われた通りに車を動かすと……ガシャン。
「ヤッパリ」
成る程……とわかった表情のマリーは頷いた。
「どういう事?」
さっぱりとわからないローザが尋ねた。
「この車はゴーレムで意識は無いけど……意思は有るのよ」
元国王を指差して。
「この男の意思を読めるだけの意思がね」
「なにそれ?」
「つまりは……この男の行きたい方向に、動かしたい方向に行ってしまうの……ただ動けと無意識に思っている時、見てる時は操縦者の動かしたい様に動くけど……見ていない時は車の事を考えてはいないから、車が勝手に動くのよ」
腕組をして、眉にシワを寄せてのマリー。
「私はこの男にゾンビにされているから……同じ眷族だと車も判断して動かせる……そんな感じか……」
フムフムと。
「なにソレ」
情けなく呆れた声でのローザ。
「意味無いじゃん」
「アンタもゾンビに成る? そうすれば動かせるわよ」
「だからソレだと動かせるだけで……売れないじゃん」
ハアーと大きな溜め息を吐くローザだった。




