177 ゴーレム・ヴィーゼの壁面アタック
竜の背の山頂付近……崖の壁面。
カーン。
カーン。
と、リズム良く音が鳴る。
音の主はゴーレム・ヴィーゼ。
相も変わらずの動作を繰り返しての登頂アタックが続いていた。
「流石に暇ね」
ゴーレム・ヴィーゼの独り言も、音のリズムに含まれている。
どうしたって定期的に漏れ出すのだ。
だって……本当に暇なんだもん。
景色は代わり映えしないし。
話相手も居ない……いや、無線の先にはゴーレム・エルが居るのだが、もう流石に話す内容も無くなった。
最近の事は、何時も一緒だから……そうだよねーで終わる。
昔の事は……盗賊に囚われて居たので、そもそもが楽しい話に為らない。
食べ物の事? 今の私には味がわからないしそもそもナニも食べられない。
戦車の話は、微妙に趣味が違うし。
「やっぱり退屈」
「なによ」
雑音混じりのゴーレム・エルの声。
「いえ……べつに」
エルじゃあ無くてバルタだったら、もっと話して居られるのに……とは、言わない。
その場合、話をするって依りかは私が一方的に喋るだけだけど……それでも退屈はしない。
大きな溜め息を吐きながらに、カーンと打ったピッケルに体重を乗せる。
……。
と、ピッケルの打った所にヒビが広がった。
「あ……マズイかも」
もう一方のピッケルは次に振りかぶる為にもう抜かれている。
流石に足だけでは壁面に張り付いていられない。
慌てて、もう一方のピッケルを振り下ろした。
カツン。
何時もの音依りも軽い感じだ。
奥まで刺さっていない……とても体を支えられない。
「うわ!」
「どうした!?」
無線の向こうのエルも慌てている。
「落ちたー」
クモの糸で仰向けに、宙ぶらりんに成ったヴィーゼは情けなく声を出す。
「大丈夫なの?」
情けなくても返事を返せる余裕に、少し安堵した。
「うわ!」
「今度はナニ?」
「崩れた岩が落ちてきた」
額に思いっ切りぶつかった。
それが跳ねて胸の前に転がる。
「あ……ごめん岩じゃないや、氷だった」
成る程、氷の壁面にピッケルを打ち込んだのかと納得。
本来の壁面には届かずに、氷を割ってしまった? そんな感じだ。
「ドッチだって良いわよ!」
無線のボリュウムを超えているのか、酷く音割れもした。
「あんまり良くないとは思うけど?」
「なんでよ!」
「だって……エルは真下に居るんでしょう? 上から落ちてくるよ」
岩にしろ氷にしろ、この距離での落下は結構な速度と威力に成ると思う。
「避けた方が良くない?」
「それは先に……! うぎゃ!」
エルの話が途中で切れる。
「当たった?」
「当たって無いけど……目の前に落ちた」
ん? 声が小さく震えてる。
これは相当に胆を冷やした感じ?
「なんか、防御に為るモノを用意した方が良いんじゃない?」
「そうね……」
少し考えて。
「ルノーftでも借りようかしら」
「え! それだと戦車が傷付くじゃないの」
「もうナニも落とさなければいいじゃ無い……それに、ルノーはもうアンタの戦車じゃあ無いでしょう?」
「え……まあ、そうだけど」
あれはオリジナル・ヴィーゼの戦車だ。
でも、今でも私のモノだとは感じている。
分かたれた意識は、元の部分が一緒だから……余計にややこしい。
「オリジナルが良いって言ったらいいよ」
「オリジナル達か……」
言葉を濁すエル。
「なんか……頼み事はしにくいよね」
その感じはヴィーゼにもわかる。
「向こうは気にして無いみたいだけどね……なんかね」
この姿だとどうしたって引け目を感じる。
見た目からして複製品とわかるからだ。
そうじゃない! とは言いたいけど……自分でもコピーだと思ってしまっている。
だから、どうしたってだ。
「まあ……頼んでみるわ」
ボソリと声が聞こえた。
「チョッと間は無線は切るからね」
「わかった、それと言い憎いならマンセルとかローザとかペトラ辺りに頼んでみれば?」
「ペトラって……なんでよ」
「ゴーレムが作れるんだし、それっぽいモノも作れない?」
「あああ……かもね」
頷いている風。
「じゃあ切るから」
その声で、無線がプツリと切れた。
「じゃあ……私は再開しますか」
プラプラとぶら下がっていたヴィーゼが、腰に繋がれたクモの糸の安全ロープを手繰り、壁面に戻った。
カーン。
カーン。
と、音だけが響く。
暫く登っていると、白い粉が舞うのに気が付いた。
「雪?」
成る程、壁面も凍る筈だ。
「気を付けないと……また落ちるな」
そして、また暫く。
雪は酷くなり、横殴りの吹雪に変わった。
体のアチコチが白くなり、氷柱も小さく出来ている。
氷柱が大きく成らないのは、動く度にそれが割れて下に落ちるからだ。
たぶん5分もジッとしていれば立派な氷柱がお尻辺りにぶら下がるだろう。
「それも面白そうだけど」
想像してみて笑ってしまう。
「でも、それを落としたら……たぶんまたエルが怒るのだろうな?」
だから、もちろんやらない。
エルはオリジナルもゴーレムもキイキイと煩いもん……あ、どっちも同じだから当然か。
どうでもいい事を考えながらに手足を動かした。
間接部分からピキピキパキパキと音がする。
遠目から私を見れば凄い事に成っていそうだ。
体に張り付いた薄い氷がキラキラ舞って綺麗かも……なんて事は無いだろう。
横殴りの雪でそれらは吹き飛ばされてそうだし。
第一、見えないと思う。
だって、私の伸ばした手の先のピッケルがもう見えないのだから。
と、そのピッケルが空を切った。
「あれ?」
場所を横にズラして、もう一度打ち込んでみる。
ザシュっと擦れる感じだ。
「どうして?」
もう少し手前に打ち込んで、小さく這い上がる……と、いきなり世界が開けた。
吹雪は相変わらずだが、もう上が無い。
尖った峰が横や上下にグネグネと延びている風だ。
見える範囲でそうなのだ。
「もしかして……山頂?」
峰を跨いで座り込んだヴィーゼ……意識を飛ばして、辺りを探索。
「あは……全く見えないよ」
ふう……っと、息を吐いて。
「止むまで待つしか無いのかな?」
ここの吹雪が止めばだけど……。
吹雪は一晩でおさまった。
いや、夜中にはおさまっていたのだが……夜なので全く見えない。
だから、やっぱり日の出を待つ為に、その場にジッとしているしか無かった。
でも、退屈でもない……ワクワクの方が勝っている感じだ。
ここから、どんな景色が見られるのだろうか? 想像しても嬉しくなる。
そして、日の出。
闇の黒の中……遠くの方に白い明かりが線を引いている。
地平線?
ジッと見いっていると……目が眩む。
一度、強く目を摘むってまた開く……と、今度は一面が明るく成っていた。
雲の絨毯が下に見える。
上は青空だ。
太陽もハッキリと存在感を出している。
雨雲もこの高さには昇って来れないのだろう。
そこは寒いけど夏の空のそのど真ん中だった。
「ほへー」
自分でも呆れるくらいに間の抜けた声が漏れ出す。
誰も登れなかった場所、人類未踏のその場所に居るのだ。
もちろんここは、竜の背のその尻尾の辺りだから……もっと高い所もあるのだろうけど、この景色を見れたのは私が始めてなのは確かだ。
人が登れる限界を越えたのだ。
私が初めてで……たぶんこれ以降も誰も登れない場所だ。
そう……私は人を越えたのだ。
嬉しくなった私はもっと景色を楽しもうと体を捩る。
バキバキと体に張り付いていた氷が割れて、キラキラと下に落ちていく。
太陽の光が反射して瞬いているのはとても綺麗に見えた。
と、その時に気付いた。
氷は殆ど真下に落ちていて……壁面にぶつかる事も無いようだ。
それは自分が登ってきた方の壁面も、反対側の壁面も同じだった。
「これって……もしかして薄い?」
壁面は薄い板の様に成っている?
「じゃあ……根元にトンネルを掘ればもしかしてすぐに貫通するとか?」
実際にその距離はわからないけど……でも、みんなでここを登って越えるよりかは現実的な気がした。
「うん……そうだね」
大きく頷いたゴーレム・ヴィーゼ。
「降りて皆に知らせよう」




