169 異世界のハムラビ法
川底を平らにして、モゾモゾと前進しているモグラゴーレム。
その後ろには補助作業をしているゴーレム達。
そして、そのまた後ろには、お手伝いをしている風の獣人の子供達が居た……ハッキリ言って役に立ってはいない。
それでも、緊張感を和ませてはくれていた。
「こんなに居たんだね」
モンキー50zをブイブイといわせて居たエレン。
「ザッと見ても……100人は居るね」
キョロキョロとしていたアンナ。
「まだ他にも居るんでしょう?」
後ろの車両やロバ車を見たネーヴ。
「安心したんだろうね」
アンがポツリと呟いた。
そのアンはモンキー125に乗っている。
急な坂道なので、極端な前傾姿勢でバイクにしがみついている様な形に成っていた。
そして、車列の方だが。
先頭がクモバモスで尻から出した糸に、順番に車を繋げていき列車の様に連ねて一変に牽引していた。
バスやトラックに乗用車……単独でも登れないわけでは無いのだろうけど、纏めて引っ張った方が安全だし速い。
クモバモスもゴーレムだから力は有るし。
八本足で踏ん張りも効く……足一本を滑らせた所で残りの七本がしっかりと地面を掴んでいるのだから。
「でもさ……」
ネーヴの頭が傾げた。
「今回のこれって……私達の勝ち?」
「無事に逃げられたんだから……勝ちじゃないの?」
アンナも首を傾げた。
「なんか……中途半端な気はするけどね? どっちなんだろう」
エレンも考え出した。
「負けてはいないだろうけど」
「同じ1つの国の住人だ……勝ちも負けも無いと思うが?」
アンの声は仕事モードか?
「先に砲撃をしていたのはエルフ側だが、人の居ない所を爆撃していたから威嚇だろう。投降を即していた? それでも攻撃では有るのだから反撃の権利は有る。国の法……ハムラビ法だ」
「目には目をってヤツ?」
「そうだ。攻撃をされれば反撃の権利は有る……ただしそれは被害の同等までだ」
「こっちが全滅してないから……全滅はさせちゃダメって事か」
「そうだな……今回のは、私の見る限りではギリギリと言った所か」
「もしかして、もう少しで遣り過ぎだった?」
頷いたアン。
「ハムラビ法は復讐の為の法では無い、復讐するにも遣り過ぎるなと……そんな法だ」
「それって、復讐する方が悔しくない?」
「だから同等までだ。一人殺されれば一人までは良い」
「じゃあ……バルタは?」
ゴーレム・バルタがいつの間にか後ろに居た。
「人間やエルフに両親を殺されたよ」
「なら、二人まで殺しても罪には成らないな」
振り向いたアンは答えた。
「じゃあ……しっかりと厳選しなくちゃダメって事ね」
「厳選じゃあ無いな……その殺した者かその血縁までだな」
少し考えて。
「ただしその法は、戦争は除外だけどな」
「バルタの場合は奴隷欲しさに殺された筈?」
首を捻ったゴーレム・バルタ。
小さい頃の記憶で、イマイチ自信が無い。
「複数だったから……組織的に動いて居たと思う」
「なら……殺した当人か、指示を出した者かだな」
「それは……犯人はわからない、な」
唸るゴーレム・バルタ。
「その後の奴隷にされた盗賊は捕まったし……罰は受けた?」
ウンウンと更に唸った。
「でもさ」
エレンが話に加わる。
「私達、獣人は結構酷い事されてたよ……エルフだけじゃあ無くてても」
敢えて人族とは言わない。
「戦争前は、同一の国民とは認められて居なかったからな……その分はノーカンだ」
獣人と転生者は……分類的には魔物と同位だった。
一方的に刈っても良い存在。
権利の全てを含めてだ。
「戦後は……カウント有りだよね」
「そうだ」
それには大きく頷いた。
「だが……お前達は不当な扱いを受けたのか? まあ、多少の差別は想像できるが」
「うーん」
「私達は平和だったね」
「飢えても居なかったし」
犬耳三姉妹は各々が、戦後だけを考えればそうとしか言えないと小さく頷く。
「なら、お前達に復讐の権利は無い」
「その理屈だと……バルタにも無いのか」
そのゴーレム・バルタの問いにはアンは答えなかった。
たぶん法的には無いのだろう。
だがアンの心情的には有るのかも知れない。
だから、答え難い質問に成った様だった。
ゴーレム・バルタもそれはわかったので、もうその話はしないと話を変えた。
「この子達……これからどうなるんだろうね」
指しているのは獣人の子供達。
「親が生きていれば……親が面倒を見るさ」
「死んでたら?」
今さっきまで殺し合いをしていたのだ。
死んだ者も居るのだろう筈。
母親が生きて居ても、養う力が有るかどうかだ。
簡単な仕事だと冒険者で魔物退治だが、小さな子供を抱えた母親には荷が重いだろうし。
「なら……養える者の保護を受けるかだな」
アンもそこまでは国は面倒は見れないとわかっているが、考えなくは無い事だ。
「だからこその重婚が認められているのだしな……幼い子供でも養って貰えるなら結婚も考えても良いだろうし……母親なら当然の選択枝でも有るだろう」
「一夫多妻ってヤツ?」
「逆でも構わないぞ……例えば今は若い娘が、将来を見越して幼い男の子を多数を婿にして老後の面倒を見て貰うとかは、よく有る」
「養うが時間と共に逆転してる感じだ」
成る程と頷いたエレン。
「その夫と成った子供も将来は誰かと結婚しても良いわけだ」
「ややこしくない?」
アンナはんん? と考え出した。
「多夫多妻? 家族がアチコチに居る?」
「まあ……ややこしいな」
頷くアン。
「だから貴族は敢えて一夫一妻としている……ただし愛人は別枠に成るけど」
揉めずに家督を次ぐその為だ。
まあ、その貴族も今は人族の1州内だけの事では有るのだが……だから、偉そうにしたいだけの貴族は他州には絶対に行かない。
行けば普通の庶民と同等に扱われるからだ。
もう殆ど古い習慣を残しただけの事なのだから。
「そういえば……アンは結婚しないの?」
ゴーレム・ヴィーゼだった。
法律とかのヤヤコシイ話は嫌だけど、結婚とか恋愛とかなら混ざりたい。
「わたしか……」
口ごもったアン。
「仕事も有るしな」
ゴニョゴニョと。
「でも貴族じゃん」
追い掛けるゴーレム・ヴィーゼ。
「いや……家は兄が継ぐし……」
まだまだゴニョゴニョ。
「パトの仕事が終わってからでしょ?」
ゴーレム・エルが笑っている。
「そか……やっぱりパトか」
ゴーレム・ヴィーゼはアンをジッと見て。
「そうなると……お母さん?」
「あれ? 私達ってパトの娘だっけ?」
犬耳三姉妹の全員が首を捻った。
「面倒は見て貰ってるけどね?」
「でも……結婚してるってわけでも無いし」
うーん。
「どうなんだろうね」
ゴーレム・バルタは少しぶっきらぼうに良い放つ。
「どっちでも良いけど、パトがお爺さんに成って寝た切りとかだとでも、面倒は見るよね……そうなっても」
ゴーレム・エルも笑う。
「だから……そこら辺はどうでも良いんじゃないの?」
「ふむ……そうか」
頷いたゴーレム・ヴィーゼ。
「じゃあ……アンのオムツも換えなきゃあね」
「なんでそうなる」
ムキキっと首を曲げてゴーレム・ヴィーゼを睨んだ。
「だってパトの家族に成るなら、私達とも家族に成るじゃない」
ムフフと含み笑いに変わったゴーレム・エル。
「私がお婆さんに成った頃は、皆もお婆さんだ!」
アンは強めの口調。
「残念……私はゴーレムだから、たぶん年は取らないよ」
ゴーレム・ヴィーゼも笑う。
「だから介護は任せといて」
「うぬ!」
言葉を詰まらせたアン。
そんなアンを指差して。
「でも、パトと家族って所は否定しないんだね」
犬耳三姉妹も大笑いに成った。
みるみるうちに顔を真っ赤にさせたアン。
「うるさい!」
モンキー125のアクセルを捻って加速する。
「どこ行くの?」
「前の様子を見てくる!」
そう言い残してその場を離れた。
「最後まで否定はしなかったね」
ゴーレム・ヴィーゼは口許を押さえて、ゴーレム・バルタに笑いかける。
そのゴーレム・バルタは微妙に不機嫌そうな顔をしていた。




