168 山岳猟兵のロバ
ガレ場の斜面を転がして移動させたモグラゴーレム。
元は土塊だけど、竜の背の岩は矢張に尋常では無く固いらしい。
身体中が傷だらけだった。
それでも問題無く動けるし、痛みも感じるわけでは無いのだが……見ているこっちが痛しと言ってペトラは作業よりも先に体の修繕をした。
「じゃあ、早速おねがいね」
川の底を指差して、上流を指す。
「あなた達もお手伝いをお願い」
側に居たコンクリート・ゴーレムにも指示を出す。
アマルティアのゴーレム兵も混じり、大人数での作業だ。
モグラゴーレムが大きな岩を砕き、小さく成った岩をもう一度ゴーレム達が握りつぶして砕く。
最終的に大きめの砂利程に成れば、川の底のガタガタを均す為にばら蒔かれる。
それでも溢れた岩は、横に投げて斜面を転がすか……積み上げる。
そんな作業を繰り返していた。
川の底は、やはり斜面だ。
普通の道路のようにはいかない。
履帯付きは登れても、タイヤ組は無理な事も有る。
なのでゴーレム達が押したり引いたりだ。
そこでもゴーレム達は活躍していた。
そして、もっと急な坂に成れば履帯組も四苦八苦を始める。
なら今度はクモゴーレムの糸で牽引。
ただ、ロバ車組はその横を涼しい顔で登っていた。
「ロバだから凄いの? それともゴーレムだから?」
クリスティナは驚いてパトに尋ねた。
シュビムワーゲンは川の底に入る道から、川を少し下った所で停まりパトに横切る車列のその進み具合、進捗を見せている。
そして、すぐ後ろにはアルロン大佐のタイガー1が後ろ向きに下に広がる草原に睨みを効かせる様に構えていた。
パトは力強く登る、ロバ車を見ながらにクリスティナに答える。
「山岳猟兵の基本はラバで、それは馬とロバの交雑種だからな……馬よりも体力に粘りが有って、空気の薄い所でも頑張れる。何より体が小さいから不安定な足場でもバランスが取りやすい。そして力もじゅうぶんに有る……これはゴーレムだから余計に有るしな」
「だからロバに拘ったの?」
馬とかでもペトラなら作れそうだと思ったのだけど。
パトはアマルティアのロバを見て、その量産を指示していた。
「ロバとゴーレムの交雑種とも言えるロバゴーレムは優秀な山岳猟兵の道具になれるだろう? 実際に戦争で、馬とロバのどちらかを選べと言われればロバの方が優秀だ」
「戦争は馬のイメージが有るのだけど」
フーンとクリスティナ。
「馬の方が足は速いが、扱いが難しすぎる。見栄を張るなら馬の方が見映えは良いけどな、実を取るならヤッパリ、ラバかロバだな。敵の砲撃の音にもパニックを起こし難いし」
「それって……ロバってバカだから?」
「性格的には頑固で、拗ねはじめると全く動かなく成るけど、番犬代わりに成るほど賢いし……でも、まあ協調性は無いな。だから多頭数引きは出来ないのは明確な欠点だ」
「フーン」
適当に返事を返しはじめたクリスティナ。
正直……飽きて来ていた。
いや、それ以前に……元々がどうでもいい話である。
ロバでも馬でも、鳥には敵わないと思うし……おもに可愛さで。
ただ、パトと話をしていたかった……それだだけだから。
なので、生返事には成らない様に最低限で返事を返すだけの注意はしていた。
竜の背を登りはじめて、半日?
そろそろ太陽が沈み出す気配を見せる。
進む速度は決して速いとは言えないけれども……麓からの距離はじゅうぶんに稼いだ筈だ。
エルフもナニか特別な事でも無い限りは、攻撃の出来る距離までも追い付く事は出来ないだろう。
下からの驚異は一段落だ。
だが、上からはまだ残っている……雨が降りだすその時の問題。
いま進んでいるのは乾いた川底。
雨が降ればモチロン川に水が流れ始める。
そうなれば、俺達全員が水洗トイレ宜しく流されるわけだ。
パトは空を見上げた。
曇り空だが、今すぐに降り出しそうにも見えない。
まだまだ余裕は有りそうだが、それが何時までとも確証は無い。
「運しだい、か……」
「その運も……見方に付けるのだろう?」
背後のタイガー戦車のキューポラから半身を出して双眼鏡を覗いていたアルロン大佐が、パトの独り言に答える。
「もう、最後が曲がる」
腕は真横を指していた。
警戒の為に後回しにしていた4号戦車の車列とノーマル・ゴーレム達だ。
ノーマル・ゴーレムは本来の持ち場の戦車が来るのを待っていたのだ。
市販品はそこまで賢くは無いので、先頭の川底の工事には使えない。
適当に投げられた岩やゴロタ石が坂道を転がって、誰かにぶつかる危険も有るからだった。
やはり、前も後ろも考えて行動出来るだけの能力は必要と成る。
それを市販品に求めるのは無理が有った。
「なら……俺達も登るとするか」
パトはシュビムワーゲンの運転席に座るハンナに声を掛けた。
大佐のタイガー戦車も前後左右に車体を揺すって反転を始める。
デカクて重い戦車は履帯で足掻く様に動いて居た。
「エンジンを載せ変えて貰ったのは有り難い」
アルロン大佐は良い感じだと笑う。
「タイガー戦車のエンジン?」
クリスティナは首を傾げた。
「速く成るように?」
「いや、故障を減らす為にだよ」
パトが答えてくれる。
「タイガー戦車は重過ぎて、じきにエンジンがダメに成るからな。ダンジョンで得られた最新のエンジンにしたのさ」
「コルベットとか言うペッタンコな車のエンジンが2つだ」
大佐も自慢気に戦車を平手で叩く。
「コルベット?」
クリスティナが首を傾げた。
そして、ポンと手を打つ。
「ああ、元国王が欲しがったメチャクチャに速い車か」
「ん? 元国王がか?」
今度はパトが首を傾げた。
「あんな車……普通の道でも走り難いのに、草原とかはどうする気だ?」
「パトは興味無いんだ」
笑うクリスティナ。
「でも、魔物に壊されたからダンジョンの外には出して無いけど」
「そうだろうな、どう考えてもそのままじゃあ使えんだろうに」
「あれ? でも2つ?」
「前後に同じダンジョンが2つ有るから、それぞれから取ってきた」
「あ、いや……戦車は1つなのにエンジンが2つなのかと」
「ツインエンジンってヤツだよ」
そっちかと笑ったパト。
「ついでに履帯の変速ギアも造り直して貰ったから、もう故障に悩まされる事もない。完璧だろう?」
御満悦の様だ。
「でも、戦車ってそんなに壊れるんだね」
「履帯ってのが難しいからな……まだ空を飛ぶ事の方が簡単なんだ、本来はね」
上を指差して。
「ここの空は何故か飛べないけど……古い方のダンジョンでも飛行機は普通に有るし性能も良い。もちろん故障も戦車よりも断然少ない」
「それは知らなかった」
ほうーっと声をあげたアルロン大佐。
「地面の走る事の方が簡単そうに思うのだが」
「不正地の走破性能を上げる為の履帯と、重い重量を動かす為には相当な技術が必要なんですよ……実際に動力付き飛行機は最初の戦車の原型よりも10年も前に空を飛んだのですよ」
「そんなものなのか」
でもそれは大佐にとっては異世界の話。
飛行機が空を飛んだ姿は見た事がないし……戦車もダンジョン産での有り物だ。
技術や歴史なんてモノはドワーフだけが気にすれば良いとも思っている。
いま自分の手に有るモノが、そのまま全てで構わないのだ。
故に其ほどの興味も持てなかった話だった。
それはクリスティナも一緒。
「ガタガタ道を進むのはロバの方が優秀なんだね」
ロバは大昔から居る。
そして大昔には綺麗な道も無い……有ったのかな?
いや、ロバは草原も森もガレ場や砂漠だって普通に走ったのだから……うんロバの勝ちだ。
「でも……ヤッパリ空が飛べる鳥の方が凄いと思うけど」
どうでも良い話の結論はヤッパリこれだと思うクリスティナだった。




