153 前日
エルフの砲撃はダンジョンのギリギリ北の建物までが射程範囲らしい。
オリジナル・エルはその撃たれた建物の横に立っていた。
その横にはシュビムワーゲンに乗ったパトも居る。
「ここから反撃するとして……エルフが撃っているのはM2.105mm榴弾砲ね」
穿たれたコンクリートの壁をチラリと見て。
「M7自走砲のプーリストも持っているのかしら?」
「少数は確認されているが、大多数は野砲らしい」
パトの返事。
「こっちの野砲は10.5cmだけ?」
「15cmも少し有る」
「なら……ここから15cmで砲撃して、10.5cmを前に出す感じか」
顎を押さえて考え込んだエル。
「微妙な位置に砲を置いたわね……まあ、エルフもバカってわけじゃあ無いからそうなるのでしょうけど」
「M2ってのも10.5cmなんだ」
パトの横に座っているクリスティナが聞いた。
鳥を放っての偵察中だ。
「おんなじなの?」
少し後方に停められているヴェスペを見た。
「ん? 半分正解」
エルはヴェスペの10.5cm砲を指して。
「この砲をアメリカが鹵獲して、研究して改良したのがM2.105mmなの……だから微妙にM2の方が射程が長いのよ」
「そうなんだ」
「で、敵の位置はそのまま?」
今度はエルがクリスティナに聞く番だ。
「うん、昨日の夜に見たそのまま……ノンビリと適当にやってる感じ?」
「撃った後に移動する気配も無しか……」
首を捻ったエル。
「もうコチラからは撃ち返して来れないと思っているんだろう」
パトが答えてくれた。
「実際……昨日までは弾切れだったからな」
「あ……撃つみたい」
少しだけ体を強張らせてクリスティナ。
この位置なら、たぶん大丈夫とは言ったがそれでも撃たれるのは怖い。
それに……絶対では無いのだし、余計だ。
少し離れた位置、通りの半分の位置に敵の砲弾が着弾した。
「爆発……しないね? 不発?」
クリスティナは押さえていた耳から手を放す。
「今のは鉄甲弾」
エルはチラリと穴の空いたコンクリートの壁を見て。
「ダンジョンの建物は、鉄筋コンクリートで出来ているから頑丈なのよ」
「爆発させるよりも、穴を開けて崩した方が早いとでも思っているのだろうな」
「でも……そうなんじゃあ無いの? 榴弾を散々撃ち込む依りも支えの柱を撃ち抜いた方が早いだろうし」
左右のビルを指差して。
「実際に穴は空いてても崩れて無いんだし」
「まあ……京都の町のビルは低いのも有るしな」
「もしかして……それでワザワザそのキョウトって所をダンジョンとして召喚させたの?」
「ああ……カワズに頼んだ」
「カワズって……この時代の京都に居たの?」
後ろから恐る恐ると歩いて来るマリー。
今の着弾の場所を見に来たらしい……目を丸くしていた。
「いや……もっと古い時代の関東だ」
笑って。
「少し苦労した……まあ、実験でも有るのだけれど。俺の頭の中に有る誰かの記憶をカワズに見せたんだ」
「それは……誰の記憶?」
首を傾げるマリー。
「コチラの世界にダンジョンを召喚するには時代と場所が正確に覚えている必要が有るのでしょう? そして、それが出来るのはカワズともう一人」
「そのもう一人の方がおかしいだろう? 日本人の小さな少女なのに知らない筈の大戦中のヨーロッパを召喚している……だから、それをカワズに挑戦させたわけだ」
「で……ここ」
「2024年の京都だ」
「やっぱりオカシイ。あんた2024年まで生きてたの?」
「いや……俺が元の世界で死んだのはまだ20世紀だったはず。いまいち記憶が曖昧だが、死因は老衰だからな。たぶんボケていたんだろう」
「じゃあ……やっぱり誰の記憶よ。カワズが召喚出来ない時代ならいくら他人の記憶を覗ける貴方でも無理でしょう? 存在が無いのだし」
「たぶん……死んで直ぐにコチラに来たのでは無いのだろう」
少し考えて。
「孫かひ孫か……その子供か」
笑い。
「そんな所の記憶じゃあないかな?」
「死んでから……幽霊ににでも成って子孫を見ていたってわけ?」
自分の両肩を抱いてブルブルっと震えたマリー。
「背後霊ってヤツ?」
「幽霊ね……せめて守護霊って事にしといてくれよ」
「どっちでも同じよ」
「まあ……誰にも呼ばれずに転生もされずにコチラの世界に来れたのだから。普通じゃないのは確かだけどな」
背後でガッチャンガッチャンと大きな音がしていた。
エルがその話は興味が無いと、ゴーレムを使ってバリケードを作っていた。
材料はそこらの駐車車両やコンクリートの瓦礫だ。
「京都を選んだのはもう1つ……エイブラハム戦車の砲弾が無くなったからだ」
「ああ……戦後のアメリカの戦車ね」
「元国王に借りていたヤツだが……流石に世界最強の戦車でも弾が無くなればオブジェにしか成らない。なので、京都を起点にしてアメリカの軍人かそれに近い者の記憶は無いかと探していたんだが。まだ、見付かっていない」
「そこらのナニかを触りまくっているってわけね」
「俺は、モノに残った記憶しか読めないからな」
「そんなピンポイントなので、弾が手に入るのかしら……すごいギャンブルな気がする」
「別にエイブラハムに拘っているわけじゃない……例えばベトナム戦争を経験した者でも、フークランド紛争に湾岸戦争でも……その他の近代戦争だって構わない」
マリーを見て。
「時代が進めばそれだけで兵器は強力に成るからな」
「でも、上手くいってないんでしょう?」
「まあね……でもエイブラハムが有るんだから、可能性は有るさ」
「あれは拾ったって言ってたけどね」
マリーが笑う。
「元国王がか?」
「違うわ……百合子、花音って言った方が良いのかしら。もう一人の転生ダンジョンが造れる方の魔王よ」
「花音か……なら、わからないな」
顔の下半分を押さえて考え出したパト。
「他人の記憶を読めて、自在に書き換える能力……それを転生ダンジョンにも反映させている、くらいにしか情報が無い。もっと他にもナニかが有るのだろうか?」
「本人に聞かないと、いくら考えても答えは出ないと思うわよ」
「まあそうだな」
チラリとマリーを見たパト。
「残念だけど、百合子の居場所は知らないわよ」
肩を竦めて。
「使役していた猪ごと消えてそれっきりだし」
「あの猪は花音のモノだったのか」
驚きはしないが……予想はしていなかった答えだったようだ。
「使役って言っても、魔物の記憶を書き換えて自分に従わせているだけよ」
「成る程……そういう使い方も有ったのか」
「でも……まあ、百合子もナニか実験みたいな事をしていたわね」
視線を上に向けてナニかを思い出そうとする仕草。
「たぶん……あの戦車もその結果の1つじゃないの?」
「ふーむ……やっぱり本人に聞くしかないか」
「でしょう?」
結論はそこにしか行かないわよと笑ったマリー。
「あ、また撃ってきます」
クリスティナは二人の話を終わらせた。
そして、着弾した場所はズッと手前の草原の中。
やはり爆発はしないので、これも鉄甲弾だった様だ……土煙だけが爆散した。
「本当に適当ね」
頭を両手庇っていたマリーが吐き捨てる。
「服が汚れるじゃないの」
飛ばされた土や砂が掛かる程の近さでは無いのだが……たぶん大きな音がその距離感をおかしくさせて居るのだろう。
「でも、ここに私達が居る事が見えていない証拠でも有るからいいじゃん」
エルが後ろに戻っていた。
後方のバリケードはもう完成したらしい。
ただの瓦礫の山だが……まあ、それでじゅうぶんなのだろう。
一応は高さも戦車が隠れる程は有るので、直射撃ちからは隠せる様だ。
つまりは敵戦車には撃たれない形だ。
「1発目がソコで」
横のビルを指し。
「2発目がソコなら……距離は遠くなってるから修正が出来ていないのだし」
「そうなのね」
ほう……っと感心して見せたマリー。
「じゃあ、もう野砲を設置しといても構わない?」
エルはマリーの事は気にしないで、パトに許可を頼んだ。
「ああ……砲だけならな」
「わかったゴーレムだけにして人は、明日ね」
頷いたエルは無線機を取り指示を出す。
少し離れた所からロバゴーレムに引かれた15cm.sfh.18野砲が姿を現した。




