151 反抗作戦の前々夜
夕方。
拠点に戻るとカレーの臭いがした。
外に停めてあるキッチンカーでは無くて、ホームセンターのフロアーの一角に大きな寸胴鍋を幾つも並べて、アリカを中心に四人掛かりだ。
手伝いのリリーは何時もだが、ハンナにニーナが手伝っている。
アリカは元は食堂の娘でスキルは料理。
ハンナはパン屋の娘。
リリーは宿屋で、ニーナは農家だ。
カレーはもう出来ていて、知らない獣人が列をつくっている。
人数は沢山で種族も沢山だ。
皆、肩には銃をさげている。
kar98kにstg44にmp40……たぶん、各々の特性に合わせての事なのだろう。
怪我をしている者も居る……腕や足に頭と包帯が巻かれていた。
それは詰まりは撃ち合いもやったとそう言う事だ。
そして、クロエとコリン……それとオルガも見当たらないのは、結構な重傷者も多いのだろう。
クロエは医者で。
コリンは薬士。
オルガは菌やウイルスを使役出来るから、たぶん手伝いだ。
怪我人の人数に依っては別のフロアーか、少ないなら外のキャンピングトレーラーのエアストリームだと思う。
そして、少し離れた所にローラがミシンを動かしていた。
服の直しか修繕なのだろう。
その目に付く知っている者達……同じ町の住人で、前の戦争でも後方部隊を勤めた皆は同じ服を着ていた。
上下セパレートの夏服のセーラー服。
パトに言わせると、ダンジョンの世界の学校の制服らしい物。
それは、今の私達と良く似ている格好。
背が足りない者はワンピースのセーラー服だけど……でも、これが私達の戦闘服だ。
そして、ハンナ達もそれを着ているのだから戦争がここに有るという事。
「ぱと……私達に出来る事は有る?」
オリジナル・バルタが聞いた。
それに、少し驚いた顔をしたパト。
すぐに真顔を見せて、口許に手を遣り……考え始める。
と、背後から騒がしい一段が建物に入って来た。
パトは考える事を一時中断して、その集団の先頭の一人に声を掛ける。
「大佐……どうだった?」
タイガー1重戦車の持ち主だ。
「相変わらずだな」
渋い顔に為る大佐。
「エルフ共は小出し小出しで牽制してくるだけだ。こちらの無駄撃ちを誘っているんだろう……だけだな」
「なら……もう大丈夫だ」
パトは外を指差して。
「見たか? 弾薬はたっぷりと有る」
「ああ……見た」
大佐の眼光に光が宿る。
「あれなら……久し振りに戦車にも乗れる」
ニヤリと笑った。
そして、パトの後ろに居た私達を見咎めて。
「懐かしい顔だが……彼女達が補給物資を運んでくれたのか?」
少し間を開けたのだが、ハッキリと口にするパト。
「ああ……そうだ」
「流石にお前の部下だ、優秀な子供達だな」
頷く大佐。
「アレだけの量を良く運べたもんだ」
「あれはほんの一部だ、まだまだ物資は増える」
パトもニヤリと笑い返して。
「もう弾の節約なんてみみっちい事を考える必要はない……無駄弾も含めて、幾らでも撃ち放題だぞ」
驚いた顔をした大佐。
「何時だ? 何時始める」
そして、すぐに鋭い顔を見せた。
「今夜でも、明日の朝でもいいぞ」
「いや……」
パトはグルリと周囲を見渡して。
「一日……間を開けよう。明日は半分が休養日で残りが準備だ」
「了解」
頷いた大佐は食料の配給の列に自分も並ぼうと歩き始める。
「作戦は任した」
「そっちの方が上官だろう?」
溜め息を吐くパト。
「それは前の戦争の話だ……それに今もそれが有効なら、出来る者に仕事を振るのも上官の務めだ」
背中越の返事だった。
「さて……」
パトは子供達に向き直り。
「ペトラ、ゴーレムを大量に造れるか?」
指差したのは弾薬箱をイソイソと運んでいるゴーレム達。
「あれはお前が造ったのだろう?」
「いえ……あれはアマルティアのゴーレム兵です」
ペトラはボソボソと返す。
「私は、人形のゴーレムが造れなくて」
「アレをアマルティアが?」
驚いたパト。
「えらく優秀そうだぞ?」
ヘルメットを被り上着だけのセーラー服を着ている。
そして、自分の判断で動いて居るようにも見える。
「あれは、私が意識を共有させて動かしているので……5体が限度です」
アマルティアは苦笑い。
顎に手を当てたパトに、マリーが聞いた。
「今、何でペトラだと思ったの?」
おかしいと首を捻る。
「いや……」
うーんと唸ったパトは、胸の内ポケットから手帳を出した。
「これはペトラの能力が掛かれた物だ」
「私の能力ですか?」
「それは何処で手に入れたの?」
マリーはその手帳を取り、中を見る。
「魔方陣が沢山……」
一ページの左側に魔方陣の画、右側に簡単な説明。
「それを寄越したのはセカンド……カワズだ」
マリーの手の中の手帳のページを反対側からペラペラと捲って、指差す。
「ここにゴーレム作りのページが有る」
「これは……はじめて見る魔方陣?」
首を捻っている。
「ゴーレムとは関係が無さそうにも見えるけど?」
「直接は関係がない」
頷いたパト。
「ペトラの記憶の一部を思い出す為の魔方陣……らしい」
「記憶?」
マリーはペトラを見た。
「そうね……本来はドラゴンの娘なのだものね」
だいたいがこの世界を造ったのだから……出来ない事は無い筈なのだ。
「しかし……今のペトラには許容量が少ないから、この全部は無理らしいが」
「どれぐらいは大丈夫なの?」
「さあ? それはカワズもわからないと言っていた」
肩を竦めて、今の肉体の限界がわからないのだ。
「死んで……思念体に戻れば、全部かな?」
マリーはペトラを見た。
「ええ……殺されるの?」
ペトラは一歩引いた。
「殺さないわよ……思念体に戻ってもここに留まれるかもわからないのに」
「ああ……どうも思念体には行き先が有るらしい」
パトも首を左右に振った。
「ペトラの部屋?」
「そこには……生身で行けるの?」
これは純粋に興味の話。
「どこかの古代ダンジョンを越えれば……らしいが詳しくは知らん」
「古代ダンジョン……ね」
マリーには思い当たるモノが有るらしい、考え込み始めた。
「それよりもだ……ペトラの能力を解放するかどうかだ」
「ああ……そうね」
マリーはペラペラとページを捲り。
「この魔方陣は……体の何処かに描き込めば良いのよね」
「それで解放されるらしい」
「なら私でも描けるわね」
頷いて。
「数が限られるのなら……もう少し吟味する必要が有ると思うわよ」
「わかった任せる……ただしゴーレムは出来るだけ欲しい」
パトも頷いて。
「これは現状での要望だ」
と、だ。
今度はクリスティナを見た。
「その抱いている鳥はなんだ? フクロウの様だが」
「私が使役しているの……エルフの能力? らしいよ」
足元の二匹のマガモもお辞儀をした。
「使役か」
少し首を捻るパト。
「結構便利だよ」
犬耳三姉妹のエレンが教えてくれた。
「空からの偵察が出来るんだよ、凄くない?」
「ほう……成る程」
頷いたパト。
「モグラだけでは無いのか」
苦い顔を見せた。
「って事はだ……エルフも鳥を使役してこちらを覗けるって事か」
「その可能性は有るけど……低いわよ」
マリーが手帳を読みながらの返事。
「その子の手の平の魔方陣はコツメが描いたのだけど、エルフの言語と人族の言語に獣人の言語が混ざっているのよ……たぶん、エルフはそれを使うのはプライドが邪魔すると思うけど。本来のエルフの使役獣はモグラだけの筈だし」
あ! と、パトを見て。
「コツメってのは、昔の私の仲間の獣人の娘。コツメカワウソのだからコツメらしい」
「そうか……なら、存分に偵察を任せられるな」
コツメさんの情報はどうでも良いと流したパト。
「あと……アマルティアの造るロバも結構役に立つわよ」
マリーは外を指差した。
「ロバ? あのラクダ見たいなヤツか?」
「ロバです」
アマルティアが小さく呟く。
「それ……力も有るし疲れ知らずだから野砲でも簡単に引っ張るわよ」
「クモの形のゴーレムも居たな?」
フムフムと考え始めたパトだった。




