147 パトの居場所
無線が繋がった。
その第一声はハンナの声だった。
「あんた達なんでこんな所に居るの!」
怒って聞こえる勢いだ。
「いや……それはコッチが聞きたいよ」
オリジナル・バルタも言い返す。
「元国王はどうしたの? ムーズは?」
「元国王とは王都で別れたよ……ムーズは居るけど」
「ムーズを出して……いや、いいわそっちへ行くからまってて」
ハンナはそれで無線を切った。
待つ事、暫く。
水の上を小さな引き波を左右に残して近付くシュビムワーゲン。
フロントガラスは立てて、幌は畳まれた状態。
成る程、フロントガラスに月の光が反射していたのかと納得、それならいくらタヌキ耳姉妹でも見えないわけだ。
小さな騒ぎは、寝ている者も全員起こしてしまったようだ。
車両から降りて湖面を皆で見詰めていた。
岸にぶつかり、前輪を浅い湖底に掛けてよじ登る。
陸に上がり道路にまで進み、ローラは後ろの水面移動用のスクリューをシュビムワーゲンの背中に引っ張り上げた。
「で……どういう事?」
ハンナはムーズを見付けて問い詰める。
「私は……喋って無いわよ」
ムーズは小さく呟いてペトラを見る。
「ドラゴンがしゃべっちゃったのよ」
「ねえ……ムーズは知っていたの?」
オリジナル・バルタが聞いた。
小さく頷くムーズ。
やっぱりそうか……とは思うけど誰も驚かない。
予想は出来ていた。
「で……ハンナ達は何故ここに?」
今度はオリジナル・バルタの聞く番だ。
「だいたいの予想は着くけど……私達を除け者にしてパトの所に行ったって感じ?」
「別に……除け者には」
ハンナは口ごもる。
「でも、元国王と結託して私達を王都にまで行かせたんでしょう?」
「それは……あなた達が危険だからよ」
「危険? 私達はそんなに弱くないわよ」
「わかってるわよ、でも下手に暴れてしまえば……国に喧嘩を売る事にも為るからって……」
「それは誰が言ったの?」
目を細めたバルタ。
「お爺さん」
ハンナはムーズを指差した。
「そう……お爺さんの計画なのね」
「計画と言うなら……元国王とだけど」
大きく溜め息をはいたハンナは諦める様に喋る。
「パトの指名手配を知って……それからすぐに町を襲う計画も知ったのよ」
首を小さく振って。
「そちらは国の軍隊……パトの町の捜査を名目に占領するって話」
「町の占領?」
バルタはユックリと振り返り……アンを見た。
「その作戦には警察軍は排除されたよ……パトを庇ったからね」
肩を竦めて。
「でも、町の住人の大半は転生者で残りの大半も獣人……純粋な人族も居たけど少数だからね。国はその住人を逮捕して、エルフに差し出す積もりだったらしい」
「なぜ、そんな事を?」
「国が1つに為ったけど、民族はバラバラでそれは変わらない。だからエルフの怒りをそれで許してもらう積もりだったんだ……前の戦争は引き分けだけど、でも殆ど人族が負けていたからね、そうなれば国の政治もエルフに片寄らずにはいられない。だから人族もすり寄る者が出てきてもおかしくはない」
「それはドラゴンも承知?」
「知っていてもドラゴンは気にもしていないらしい、種族間の争いには関知しないとそんな姿勢だ。たぶん、自分の姿と違い過ぎるから実感が無いのかも知れないけど」
「私達が……豚や牛の喧嘩を見ている感じ?」
オリジナル・エルがポツリと答えた。
「たぶんそうなんでしょうね」
「それと、ドラゴンは不死だからでしょう? たぶんパトもペトラの死も気にしてないと思うわよ……どうせまた転生して来るのだからと、ってね」
マリーも答えた。
「それに政治の話は……まあドラゴンにわかる筈も無いわよ。ズッとボッチだったんだから」
「そうなの?」
オリジナル・ヴィーゼはペトラを見た。
見られたペトラはわからないと肩を竦めるだけ。
「この世界の管理人でしょう? 神の様な存在。神っての引きこもりでボッチなのは仕方無い事よ、自分と並ぶ強さを持った者が居ないんだから」
薄らく笑う。
「だから暇潰しでロクな事をしないのよ」
吐き捨てた。
「まあ……力を持った者はロクな事をしないってのは事実だろうね」
オリジナル・エルも頷いた。
「まあ、でも……ドラゴンはロクな事の以前に何にもしてない気もするけど」
「それはそうだけど……強い力を持って、何にもしないってのはそれはそれでどうなの? って話ね」
マリーは鼻で笑う。
「食っちゃ寝で、適当にスキル弄ってって……ロクなもんじゃあ無いわね」
「でも、王様ってそんなもんじゃあ無いの?」
オリジナル・ヴィーゼは首を傾げた。
「ドラゴンって王様よりも上の存在なんでしょう?」
「いや……そんな事はどうでもいいのよ」
オリジナル・エルが遮って。
「ハンナ達はパトに会ったんでしょう? なら私達にも会わせてよ」
「そうだね」
ハッとした顔でヴィーゼ。
「連れてってよ!」
シュビムワーゲンを先頭に湖畔を進む。
日も昇りはじめて、朝に成っていた。
明るく成って改めて気付く。
大きな湖だ。
私達の町の側にも大きな湖が3つ有るけど、もっと綺麗な水で透明度も高い。
こんな泥水の様な感じじゃ無い。
「そう言えば……水軍は?」
オリジナル・バルタは気になったので聞いてみた。
「今は居ないわよ……遡上して産卵しているらしいよ、今の時期は」
ローラが答えてくれた。
「そんなのが有るんだ」
産卵って、魚? やっぱり両生類なのかな?
「それと……聞いていい?」
「なに?」
「町が襲われるって話だけど……大丈夫なの?」
「一応はムーズのお爺さんが指揮を取って撃退するって言ってたけど」
「出来るの?」
「若い頃は貴族軍でブイブイ言わせてたらしい」
「信じられない……ってか貴族軍でしょう? それじゃあ駄目じゃないの?」
「軍曹さんやヤニスさん達が居るから」
「あああ……そうね大丈夫ね」
お爺さんは只の御輿だ。
実際に戦うのがパトの元兵士達改め今は冒険者だ。
戦争の経験値が全然違う国の軍隊に負ける筈がない。
大多数の物量で来られても、拠点防御なら相当の時間は耐えられるだろう。
あれ? でも待てよ……町を出てすぐに戦っている戦車を見た。
あれって、もう国の軍隊が来てたって事なのかな?
そう言えば、元国王がどっちの見方をするのかと聞いて、有耶無耶のうちに離れた気がする。
もしかして元国王はわかっていてそう言ったのだろうか?
あの片方は町の皆?
ハッキリと見えたのは制服を着ていた方の部隊。
黒っぽい制服は国の新しい軍服?
近くにはエルフの村も在った。
あれもそうだったのだろうか?
私達の町の監視の為にソコに村を作った?
たぶん元の普通の村を国がエルフに売ったんだ……私達を売るための準備として。
うわ……そう考えると、結構ギリギリだったのかも。
あと1日出発が遅れれば、私達もあの町で戦争をしていたのか。
それでもいいけど……でもパトに会えるなら上手く逃げられて良かったのか。
結果論だけどね。
湖を越えて林に進み。
大きな橋を越えた。
川幅は大きく底も深いわりには、水量はチョロチョロの緩やかな流れの川。
そこを越えて進めば草原。
起伏の激しい丘や谷の連続。
昼過ぎにはダンジョンが見えてきた。
ハンナの運転するシュビムワーゲンはそのダンジョンを目指しているらしい。
そこにパトが居るのかと心がはやる。
久し振りに会える。
二年ぶりだ。
ダンジョンに入ると助手席のローラが左右の建物に手を振っている。
その先には数人の人間らしき者の気配が感じられた。
皆が普通に銃を所持している様だ。
ローラの手振りでこちらが敵では無いとわかったのだろう、その銃を床に下ろす音も聞こえた。
「成る程……やっぱり戦争をしているのね」
オリジナル・バルタはポツリと呟いた。