145 ジャングル
パピルサクの州兵を解放して、道なりに北へと移動を始める。
「パトの事だね」
誰かがの呟きが無線で聞こえてきた。
「テロ犯……か」
それに答える声音も弱々しい。
誰もが知っては居た話だ。
ペトラとマリーはドラゴンから聞いた。
それ以外は、その二人とアンから聞いた。
指名手配犯……ファウスト・パトローネ。
だが、聞いただけの話は……やっぱりどこか軽い話で、実感も薄かった。
否定したい気持ちも大きかったし……まあ、なんとかなるんじゃないか? とも思ってた。
だけど……。
いざ、砲撃されて……その砲撃してきた仲間にそれを言われてしまえば、事の重大さに嫌でも気付かされる。
パトは、エルフとパピルサクの両方の州兵と戦争をしているのだ。
少なくとも、パピルサクの方は誰其れと確認をすることも無くに榴弾を撃ち込んで来る程に本気だ。
いや……恐れているのか。
パピルサク人の気質?
それともパトを魔王かナニかと思い込んでいる?
……。
どちらにしてもパトは悪役だ。
それがとても気に入らない。
「すこし……急ぐよ」
オリジナル・バルタは無線機に向かってそう宣言した。
パピルサクがパトの居る方向を確実に示してくれたのもある。
このまま進めば必ず会えるのだ。
半日も進むと、回りの木々に変化が見え始めた。
鬱蒼と繁って居るのは変わらないのだが……その密度が濃い。
下草のシダや絡む蔦が増えて、さすがに戦車の通れる様な道は作れなくなっている。
普通の人もそこに分け入るのは無理だろう。
獣人でだって……そこを通る事を選択されるかも知れない。
そして、香りも変わった。
微かに甘い臭いが混じる気がする。
どこかに果物の木でも生えているのだろうか。
あとは……生き物の気配だ。
至る所に感じられて……其々はソレを隠そうともしていない様だ。
動き回る音。
鳴き声。
獣だろうか?
魔物なのだろうか?
「バルタ……どうする?」
聞いてきたのはエレン。
この道、少し先に開けた場所が在るらしい。
見付けたのはマガモ兄弟だ。
「そうね、今晩はソコで野営かな」
急ぎたい気持ちも有るのだけど……休む事も大事だ。
無理をしても何処かにその皺寄せが来る……主に時間と為ってだ。
急いだ結果、余計に時間が掛かれば意味は無い。
……あと……距離はどのくらいなんだろう。
もう、近いのかな?
それとも、まだまだ遠いのかな?
その開けた場所。
石畳の道の横にくっついて広がるのだが、人の手で作られたものでは無さそうだ。
それでも、下草のみで草原の様でもある。
太陽は相変わらず雲に隠れているのだけど、影を作る大きな木が無いとそれでも明るく見える場所。
その横に、道路の上で犬耳三姉妹がバイクから降りて佇んで居た。
ルノーftの砲塔の後ろから顔を覗かせたオリジナル・バルタは聞いた。
「どうしたの?」
「んんん……ん」
エレンは下唇をつきだして。
「ここ、池だよ」
「草の下は水」
アンナも首を振って。
ネーヴの下半身を指差した。
ビショビショに濡れている。
「はまったぁー」
ネーヴは情けない声。
オリジナル・バルタは戦車から飛び降りて、道の端から開けた草地を見下ろす。
何時もとは違う草だけど、普通に草原に見える。
しゃがんで、その草を押してみた。
ズブズブと音を立てて、透明度の有る水が吹き出して来る。
そして、伸ばした腕依りも深いとわかった……いっこうに底に届く気配が無いのだ。
まあ……そうだろうとネーヴを見たバルタ。
ヘソの下辺りまで濡れているのだから、その深さは有るのだろう。
「水草?」
エノが横に立って聞いてくる。
「見た目は普通のシダっぽいのにね」
イナも反対側に立った。
二人が乗って居たトライクは最後尾を走っていたので、もう全員が揃ったようだ。
「これじゃあ……テントは張れないね」
ソッと近付いて後ろに立ったクリスティナは、少し申し訳なさそうに言った。
空から見る鳥達の目では、これを判別するのは不可能だ。
私でさえ、腕を突っ込んで初めてわかったのに。
「仕方無いわ……」
立ち上がってクリスティナの頭に手を置いたオリジナル・バルタ。
「もう少し進みましょう」
一行は再出発。
先頭はバイクの犬耳三姉妹。
すぐ後ろにクモゴーレムの三人。
最後尾はAPトライクのタヌキ耳姉妹……パピルサク兵のあの感じだと追い掛けて来るようでも無かったので、後ろは比較的に安全だ。
野砲を中心に要塞型の待ち伏せ……ライン防衛なのだから動く筈は無いのだし。
池の規模はわからないけど、すぐにまた木々が覆い始めた。
道路も天井に蓋を仕掛ける程だ。
そして……日も陰り始めた。
そろそろ決断をしなければいけない。
ここで停まるか……まだ先に進むかだ。
まだここでは魔物に出会ってはいないが……しかし、生き物の気配は有るのだ。
草木に挟まれた狭い道路では、いざ魔物がと為った時に慌てる事にもなりそうだ。
危険なモノが居ればだが……。
でも、雰囲気的には居そうな気もする。
「川だ」
先頭のエレンからの連絡だった。
クリスティナは何も言ってこない。
なので空からはわからない感じか?
と、その答えはすぐに出た。
左右から草木がトンネル様に川を隠していたのだ。
川幅は狭い……たぶん深さも無いだろう。
水の色は黄茶色。
流れは緩やか。
そして、道の下を右から左にと流れている。
どうなっているのだ? と、道の下を覗けば……そこは橋だった。
大きな土管が並べられて、その上に土と石畳。
見た目は今までの道路と全く変わらない感じだ。
「これはクリスティナでもわからないね」
オリジナル・ヴィーゼも驚いていた。
「泳がないでね」
オリジナル・バルタは一応の注意。
「この色と臭いは……たぶん水軍が居るから」
肩を竦めたヴィーゼ。
「水の中には入らないよ、面倒臭いし」
水軍とはエルフの住む場所と人の住む場所との間に在る大きな川に住む人形をした両棲類?
それとも水棲人間?
知能は原始的だけど、槍を武器にするくらいには賢い。
そして、やたらと攻撃的だ。
「成る程……面倒臭いね」
大きな息を吐いたバルタ。
「今日は野営は諦めて」
無線で皆に伝えた。
水軍に寝込みを襲われるのは嫌だ。
勝てないわけでは無いのだが、数で押し掛けられるのは……寝起きでは対処が辛い。
「クリスティナも鳥達の偵察は暫く休ませていいわよ」
どうせ空から見ても、緑一色なら意味は無さそうだ。
ってか、何も無いと安心してしまう事の方が怖い。
だから、なにか有るかもと警戒している方がよっぽど良いと判断した。
「走りながら……半分は休憩ね」
オリジナル・エルが確認の反復。
「そうね、休める者はそのまま休んで」
頷いたバルタ。
例えば……ルノーftの場合は、何処かでヴィーゼと私が操縦を交代だし。
ヴェスペ自走砲はペトラとローザだ。
トライクはタヌキ耳姉妹の二人。
「バイクはどうする?」
犬耳三姉妹は誰かと交代できるのだろうか?
「私達と交代する?」
ゴーレム・バルタだった。
「クモゴーレムの上になら寝てられるわよ……勝手に動いてくれるから」
「有り難う……そうする」
エレンが犬耳三姉妹を代表してお礼を告げていた。
「じゃあ、ほんの少しだけ速度を落として……それで行こう」
オリジナル・バルタは決定だと頷いた。
太陽が沈んで随分と経った夜中……深夜にはまだ早い時間。
景色は相変わらずだが、距離は相当に進んでいるはず。
「ヴィーゼ……代わるわよ」
ゴソゴソと起き出したバルタは声を掛けた。
2時間か3時間は寝れた筈だ。
「まだいいのに」
「だめよ明日もたっぷりと操縦して貰うんだから」
バルタは無理矢理に場所を入れ換えた。
「ヴィーゼは目を瞑れば何処でも寝れるでしょう? 早く寝て」
左右から突き出た操縦悍を握る手に力を込めて再発進させたバルタ。
「結局……無理な強行軍に成っちゃったな」
ブツブツとひとりごちる。