144 パピルサクとエルフ
「なんだ? ゴーレム?」
顔の半分に鱗を張り付けた兵士が叫んだ。
「敵襲!」
もう一人の兵士が振り向き様に銃を構えた。
後ろから見れば、蠍の尻尾の様な形の短いモノが尻から這えていた。
5人の兵士は後退しながらに銃を撃つ。
距離も近く、射線の幅も道路を同じなので銃弾は正確にゴーレムを捉えた。
だが……弾が当たっても怯む様子も無くに突進して来るゴーレム。
その上、ゴーレムは銃……mp40を撃ってきた。
「なぜゴーレムが銃を扱える!」
驚いた兵士達が浮き足立つ。
撃っても倒れない敵がこちらを攻撃してくるのだ……恐怖しないわけがない。
パニックに陥った5人のパピルサク兵士はバラバラに逃げ出した。
手に持つ物……銃を含めてのすべてを投げ出しての敗走。
「話がしたい……一人を捕まえてくれるか?」
ゴーレムの胸元で女の声がした。
一人、逃げ遅れた男の耳に届いたモノ。
クモの糸で縛られて座らされて居た男を見下ろしたアン。
手には自分の身分を示すカードが掲げられている。
「聞きたい事が有る」
アンは男の顔を覗き見て尋問を始めた。
「我々を攻撃したのは何故だ?」
男の折り曲げられた膝の上にはパピルサク軍の認識票が置かれている。
「捕虜の積もりか? もう戦争は終わって1つの国だろうに」
男はアンの問いとは違う言葉を発した。
「だが、警察軍にたいして攻撃すれば犯罪者だ……逮捕は出来る」
その男の話に答えてやるアン。
「川のこちらは管轄外だろう? パピルサク州兵でも管轄外なら一般人だ」
「お前だってロンバルディアの警察軍だろう……崖からこっちの森の中はもうエルフの州だ」
「そうか……私も管轄外か」
フムと頷いたアン。
「しかし、盗賊に襲われたのなら反撃する権利は、例え一般人でも皆に保証されていたと思うが?」
「先に攻撃してきたのはソチラだろう」
「川の向こうから25ポンド野砲で撃たれたのだが?」
アンは道の後ろを指差した。
「もちろん反撃はさせて貰ったが」
「さっきの砲撃か?」
男は眉を寄せた。
「そのすぐ前に……チャーチル戦車が逃げ出して行くのも確認している」
アンは少し考えて。
「あの黒くて平べったいのはチャーチルだよな?」
自分の目で確認したわけでは無いので、特徴を説明した様だ。
間違っていても、それっぽいのは見たとの念押しなのだろう。
「チャーチル戦車?」
「パピルサク州兵の装備では無かったか?」
「いや……そうだが」
首を傾げて居た男。
「覚えが無いのか?」
「我々は……エルフの連絡を受けて警戒していただけだ」
目を伏せる男。
何かを隠しているのだろうか?
「ねえ……こんなのが落ちていたのだけど」
クリスティナが鉄の箱を持ってきた。
「中に生き物の気配がするけど?」
「軍隊で使う弾薬箱に見えるな」
アンが受け取り……中身を確認した。
「モグラ?」
クリスティナが首を捻る。
男の体が硬直した。
普通の小さな生き物……モグラが足をバタバタとさせていた。
首を傾げたアン。
「まさか……食料だとは言わないよな?」
「ねえ……このモグラ貰っていい?」
クリスティナの後ろから覗いていたペトラが聞いた。
アンは男を見た。
男は答えない。
小さく肩を竦めたアン。
「どうも、そのモグラはこの男のモノでは無さそうだぞ」
男にもペトラにも聞こえるように。
「じゃあ……貰った」
ペトラはそう言って箱の中のモグラを掴み出す。
「あ!」
男は小さく声を上げた。
「ん? このモグラ……魔物だね」
ペトラは掴んだそれを繁々と見る。
「産まれたての赤ん坊みたい」
「モグラの魔物?」
反応したのはマリーだった。
だだだっと近付いて、確認。
「モグラの魔物といえば……エルフよね」
ふーんと考えて。
「パピルサク領のモグラの魔物は確か巨大に成って危険だからって、生きたままでは輸出は禁じられていた筈では?」
「特定危険魔物に指定されているヤツか」
アンは苦い顔に成る。
「ふーん……魔物なのか」
ゴーレム・ヴィーゼが興味深々で手を出した。
モグラはギュッと体を固くして、口を大きく開けたと思ったら口の中に光を溜めて光線を発射した。
「うわ! 手に穴が空いた!」
慌てるように手を上げ、飛び退いたゴーレム・ヴィーゼ。
「まだ使役してなかったの?」
「使役はしてるけど、まだ子供だから怖がってしまったようね」
ありゃーと眉尻を下げた。
「もう少し厳しめに注意しとくわ」
「使役……したのか?」
男が驚いた顔をした。
「おまえが……注文を出したエルフか?」
ペトラは小首を傾げて。
「うーん……違うと思う」
「成る程……取引でも有ったのか」
アンは頷いた。
あ! っと口を嗣ぐんだ男。
「今更、黙っても遅いぞ」
笑ったアン。
「取引の場所はここか?」
少し考えて。
「この道の何処かかな?」
そしてもう一度、笑う。
「どちらにしても……もうブツは無いわけだ」
ペトラのての中のモグラを指して。
「なんで、こんな所なんだ? なんで、州兵がそれをするんだ?」
男はアンを見た。
次にペトラのモグラを見て。
最後に下を向いて大きな溜め息を吐き出す。
「この先に……大規模なテロ集団が居て、そのせいでエルフは行動を制限されるそうだ。でだ、一般の動物商人では危険なので今回は特別に我々が代行したのだ」
「テロ?」
アンは首を傾げる。
「ファウストとか言う、前戦争の亡霊が暴れて居るらしい……その警戒も兼ねて州境に野砲を並べたのだ」
諦めた様子の男はペラペラと話始めた。
「ここはエルフ領では有るのだが、そいつ等が現れたならドンドンと撃ち込んでも良いとお墨付きも貰ってる。野放しにして我々の領内に来られても困るので有り難い事だと手放しで喜んだ……で、その見返りがモグラ1匹だ」
「こんな小さいモグラで……その価値は有るのか?」
表情は変えないが、目の奥は鈍く光るアン。
ファウストとは……ファウスト・パトローネの事だ。
今回の旅の目的の男。
「かなり希少なヤツだし……エルフにとっては無くては為らない魔物だからな」
「エルフの好きな地下都市を掘る為の道具か」
「そうだ」
頷いた男。
「この魔物のお陰で我々パピルサク人はエルフと上手く付き合えている……モグラ様様だな」
「では……このモグラはどうする?」
ペトラのモグラを指差して。
「どうもしないさ……エルフなら誰に渡しても同じだしな」
笑い。
「エルフは繋がって居るから、もう契約は完了だ」
「あの……」
オズオズと手を上げるペトラ。
「私はエルフでは無いですよ」
ん?
方眉を上げたパピルサク兵。
「モグラを使役したのだろう? 出来たんだよな?」
「使役は出来ましたけど……たまたまエルフと良く似たスキルを持っているだけですよ」
苦笑いのペトラ。
「実際には少し違うみたいだし」
「繋がって居るのだろう?」
眉を寄せてペトラを見て首を捻る。
「いえ……エルフとは繋がってません」
ペトラは素直に首を横に振った。
「本当に?」
少し慌て始めた男。
「本当だぞ……この娘は嘘は言っていない」
肩を竦めたアン。
「だから砲撃されたのだろう?」
「いや……そうか繋がって居れば、派遣されているエルフが注意するはず」
顔色が抜け始めた男。
「川の向こうの砲兵の中にエルフが居るのだな」
アンも頷いた。
「民間人として派遣されている」
「州境を越えるからだろう? 実質は兵士? 砲兵か?」
頷いた男。
「返しましょうか?」
ペトラはモグラを差し出した。
「だけど……使役の解放の仕方がわからないのですけど」
「魔物も動物も一度、使役してしまえば解放は無いわよ」
マリーが言った。
「だって、人間じゃあ無いから解放の概念がないし……なんなら使役されている方が飢える事が無いからと喜んでも居るんじゃないの?」
「そうなんですか?」
「そうよ、解放は使役する者とされるモノの両方の意思が必要なの」
マリーはモグラを指差して。
「おとなしくしている様だし……もう、なついちゃってるじゃないの?」
「うわぁ!」
叫びだした男。
「マズイ事に為った!」
「自業自得だと思うけど? いきなり砲撃してきたんだし」
フンっと鼻で笑ったマリーだった。




