143 逃げた兵
翌日、道を進んで昼過ぎ。
「もうじき……見えてきます」
クリスティナが告げた。
鳥達は1匹も居ないので……たぶん空からの監視を続けていたのだろう。
一行は車両の速度を落として慎重に進んだ。
「あれ?」
クリスティナが驚いた声を上げた。
「なんだろう? 逃げるように遠ざかって行きます」
「ん? こちらに気付かずに移動した?」
オリジナル・エルは目を細めた。
「いえ……気付いた筈です」
そのエルにやっぱりおかしいと伝えるクリスティナ。
「こちらの方を指差して、それから移動しましたから」
「バルタ……どう思う?」
オリジナル・エルは無線でオリジナル・バルタに聞いた。
「確かにエンジンの音は離れて行くね」
うーんと唸ったバルタ。
「でも……逃げる理由がわからない」
「やっぱり……盗賊かな?」
オリジナル・エルも唸った……その時。
炸裂音が響いた。
「なに? 砲撃された?」
バルタが叫ぶ。
そこから炸裂音は連続して続く。
「撃たれてる!」
慌てたペトラはヴェスペ自走砲を停止させた。
「さっきのチャーチル?」
「違う! 数が多いし……もっと南からの砲撃だ」
バルタはヴィーゼに戦車を停めさせて。
「南! 見える?」
「だめ! 見えない」
オリジナル・ヴィーゼはスグに返事を返した。
「クリスティナ! 索敵できる?」
「いま向かってる!」
「見付けたら教えて」
クリスティナにはそれだけで。
もう一度ヴィーゼに指示。
「着弾位置はわかる?」
「この先の道!」
ヴィーゼは少し間を空けて。
「道に沿って……着弾位置が近付いてる」
「正確には捕捉されて無いのね」
頷いて。
「敵は地図を見て、道路を砲撃しているだけだから、こちらは道路を外れて北に移動するわよ」
「ジャングルの中?」
「そう! ゴーレム達に先に行かせて道を作らせて」
「了解!」
ゴーレム・バルタは返事と同時に道を外れた。
クモゴーレムを操り、細い木は薙ぎ倒して。
下草は踏みつける。
「2.5mの幅を確保できればヴェスペ自走砲も通れるから!」
ゴーレム・ヴィーゼとゴーレム・エルに指示を出す。
二人はゴーレム・バルタの斜め後方を進んで、道幅を拡げていった。
そして、クモバモスがその後ろから邪魔に成りそうな倒した木を蹴飛ばして進み。
ペトラのゴーレム兵が最後の仕上げとばかりに転がっていた倒木を掴んでは横に投げ飛ばしていた。
「先に行くわよ」
オリジナル・バルタはルノーft軽戦車を、出来立ての道にとねじ込む。
「ヴェスペは次に続いて」
「わかった……でも、反撃はいいの?」
オリジナル・エルが少し悔しそうにしていた。
「いまはいいわ、まず逃げる事が先」
進む速度は遅いけど、確実に前進する一行。
ジャングルの木々を切り開いての即席の道だ。
なので、足元の地面は緩い。
後続のロバ車は問題なく引っ張ってはいるのだが……ごり押しに近いけど。
APトライクとモンキー50zのタイヤは小径なので、滑ったり空転したりと中々に大変だ。
填まり込んだ時の為にゴーレムが1体、側に着いていた。
それでも遅れる事はない……そんなスピードだった。
「砲撃……まだ続いているわね」
オリジナル・エルがイライラ気味に呟いた。
「当たらなければ意味無いのにね……無駄撃ちだ」
ローザがそれに答えていた。
砲撃は道に沿ってだから、道から離れれば当たる筈もない。
だから遅くても確実に進めばいいのだ。
そして、ジャングルはドンドンと深くなる。
木は大木だけが上に伸びて、その下は薄暗い。
なので、下草も減って木と木の間には空間が広がる。
その空間に横や斜めに太い蔦の様な木? が、絡む。
ゴーレム達は今はその蔦を引っこ抜くだけでもじゅうぶんに進路を確保できていた。
「見付けた」
クリスティナが無線機を取った。
「南の大きな川の向こう岸に……野砲が並んでる。牽引式で近くに馬も見える」
砲撃の間を抜けて鳥達が確認したようだ。
「数は沢山……距離は7km程?」
「ふむ……反撃してもよい?」
オリジナル・エルがもう一度バルタに聞いた。
「……わかった。いいよ」
オリジナル・バルタの許可も出た。
ヴェスペ自走砲を180度回転させて、前後左右を探った。
上を向けた砲に葉っぱや小枝が被さるのはいいが、太い枝だと射線の邪魔になる。
枝事ぶち抜いてもいいのだけど……その場合は先に鉄甲弾に成ってしまう。
流弾だと、スグ近くで爆発されると危険だからだ。
「ここら辺か……」
砲の延長線上を睨んだエル。
「取り敢えず1発撃つわよ……クリスティナ確認しといて」
頷いたクリスティナを見て、引き金を引いた。
ドンと発射音に上から葉っぱや枝が降り注いで来る。
「川に落ちた……目標はあと100m先で20m左」
「オーケー」
オリジナル・エルはミスリルゴーレムに次弾の流弾を詰めさせて、自分は火薬の缶詰を放り込む。
装薬は火薬袋が六包のフルの状態だ。
その分、砲は少し上向き気味。
真上から落とす格好に成る。
「撃つよ」
エルは宣言して、引き金を引いた。
ドン。
「ヒット!」
クリスティナが小さく叫んだ。
「次は……横に30m」
右も左も言わないのは、どちらでも当たるからだろう。
「オーケー」
さっきと同じ準備をして、横向きのハンドルを回す。
狙ったのは左だった。
ドン。
「ヒット……右に60m」
もう、左には敵は居ない?
ドン。
「ヒット……敵が後退を始めた」
「オーケー」
ドン。
「外れた……遠すぎ、そこまで速く動いてない」
奥に行き過ぎたようだ。
「今の場所にもう1発」
「オーケー」
ドン。
「ヒット」
「次は?」
「だめ……木の影にバラバラに隠れた」
もう、狙え無いようだ。
「こちらも移動ね」
最後に適当に撃って、操縦席のペトラに後退を指示した。
「敵の砲撃も止まったし……もう十分でしょう」
薄らく笑い、頷いた。
ヴェスペ自走砲は少し遅れて、前を追う。
その間に、クリスティナは逃げたチャーチルを探していた。
オリジナル・バルタからの指示だ。
川の向こうの野砲は動きが遅い上に遠い。
でも、チャーチルは近くに居る筈だ。
そして、こちらの砲撃が敵の野砲にダメージを与えたなら……向こうはこちらが生きていると知っている筈だ。
なので、直近の危険はチャーチルに為った。
「このまま進めば……また道に当たるよ」
クリスティナの報告。
真っ直ぐに進んでいた積もりが曲がったか?
それとも、道が曲がっているかだ。
「そして、チャーチルとは言わないので、まだ見付からないのだろう」
「いったん道の出るか?」
オリジナル・バルタは考え始めた。
「さっきの場所で野砲の距離は7km……あと3か5kmで射程外だろう」
イギリスの野砲として、25ポンド砲なら最大で13kmだ。
有効射程なら敵の砲兵の廉度次第がけど、それでももっと下がる。
決断したバルタは道路を選択した。
「道に出て最大速度で北に逃げるよ」
「わかった」
返事はゴーレム・バルタ。
相変わらずに木々を引き倒しながらだ。
道路に飛び出した一行は、北に向けて加速する。
隊列を組み直す暇はない。
出た順番で走るだけ。
「敵兵を見付けた!」
先頭を走るゴーレム・バルタだった。
「戦車は無い、敵歩兵が5人」
「武装は?」
オリジナル・バルタが聞き返した。
「kar98kに似ている」
「リー・エンフィールドだろうね、イギリスの装備に拘っているならだけど」
ローザが答えた。
「そいつは連射が速いよ」
「撃たれても問題ないよ」
笑ったゴーレム・バルタ。
「それに連射ならこっちの方が速いでしょう?」
mp40の連続した発射音。
「このまま囲むよ!」
「了解」
「わかった」
ゴーレム・エルとゴーレム・ヴィーゼの返事が響く。