141 坂を下りきった先
吊り橋も問題無く越えて、坂道を延々と下る。
そろそろ谷の底が覗ける様に成ってきた。
濁って泡立った泥水の濁流。
砂漠に出来た即席の湖の泥水が流れ込んでいるのだろう。
高低差は随分と有るようだし、あそこは高原の砂漠だった様だ。
もしかしたら……竜の背の一部とかかな?
そこまで行くのに気付いては居なかったけど、少しづつ登っていたのだろうと思われる。
長い距離を掛けて……少しづつ。
そして……坂道の終わりも見えてきた。
曲がりくねった峡谷の間からチラチラと見える……一面の緑。
深い森なのか……それともジャングルか、だ。
まだまだ高い位置から見下ろして居るだけなので……いまいち判別は出来ないけど、今までとは全く違う景色に為ることは確かなようだった。
「そう言えば……空の魔物も居なくなったわね」
マリーが窓から乗り出して空を眺める。
「プテラノドンも始祖鳥もハゲ鷹もそうか……たしか飛ぶのが下手だって言ってたからじゃないの?」
アマルティアが答えた。
「でも、それって高低差を利用して、高い所から飛び降りて滑空する様に飛ぶって事だろう?」
アンが首を捻る。
「それなら……まだ、ここも十分に高低差は在ると思うけど?」
「じゃあ……餌に為るモノが少ないからじゃないの?」
アマルティアは白い大きな布を点検していた。
何処かで停まった時に……キャンプの時にその布に魔方陣を描こうと思っているのだ。
マリーの転送魔方陣の風呂敷の様にだ。
イチイチ地面に描いているのも面倒臭いし……自分だけなら良いけど、ペトラの分までだから特にだ。
ただ、泥や土を乗せるのだから……汚れるよなぁ? とも悩む。
「餌か……道には私達だけだし、下は木々が邪魔か」
頷いたアン。
「それに上にはまだまだ大量に餌に成りそうなモノが有るからソッチに行くか」
「ねえ……マリー」
アンとの話はもう終わりだと、アマルティアは布を持ってマリーの側に行く。
弱い魔物なんてどうでも良い。
多少は美味しいけど……それも十分に確保してある、これ以上は腐るだけだ。
「この布なんだけど……汚れない様には出来ないかな?」
「ん? 布じゃあ無くてビニールにすれば? 水を掛ければ汚れも簡単に落とせるでしょう?」
「でも、魔方陣を描きたいから……」
う~んと唸る。
「なら……魔方陣を1つ教えて上げる」
小さなハンカチを取り出して。
「その魔方陣はゴーレム造りのでしょう? ってことは泥汚れ」
ハンカチに魔方陣を描き始めた。
「土と水分を集めて泥団子にする魔方陣よ」
「? 団子?」
「そう、汚れた布を畳んでこの上に置いて発動すれば、その汚れを集めて泥団子が出きる……ってことは、集められた布の泥汚れも無くなるってこと」
「ああ……成る程」
ポンと手を打ったアマルティアだった。
「それって、人間にも使えるのかい?」
横で聞いていたアンが食いついた。
「もう何日も風呂に入って無いから、臭いし痒いし……」
「無理……水も集めるから、人間だと水分が抜けて干物になるわよ」
「そうか……」
残念そうにうなだれた。
「もうすぐ、緑の中だから……森でもジャングルでも池か湖は在るでしょう? それまでは我慢ね」
宥めるアマルティア。
「ただの水で良ければ、転送して貰えばシャワーくらいには成るけど」
マリーは飲料水の入ったジェリカンを指差した。
「ああ! そうか。次の野営地で頼んでも大丈夫か?」
アンの後ろから顔を覗かせて居たムーズもニコリと笑った。
私もお願いって事らしい。
「1缶で2トン有るから、なんなら風呂も沸かせるわよ」
錬金術士の魔法のジェリカン……内容量は20L×100だ。
「それは嬉しいです」
ムーズは両手を合わせて喜んだ。
「なんだか急に暑く成って、汗が凄いので」
「下れば降る程に暑く為って湿度も上がるからキツイよね」
アマルティアも喜んだ。
「車を壊すから……クーラーも使えないし」
マリーは渋い顔。
「窓も割れてるから、冷気の魔石で冷やすのも限界があるし……まあ、高いってのも有るけど」
「てかさ……こうなると雨も欲しいよね」
アマルティアが服の胸元を掴んでパタパタ。
「もう少ししたら、木の陰に入れる……そうすれば涼しい筈」
アンも真似して服をパタパタ。
「もう……いっそのこと脱いじゃう?」
ムーズも吊られてスカートをパタパタ。
「どうせ……女子しか居ないし」
「そうね……いい考えね」
マリーは早速に服を脱ぎ捨てた。
「え? 冗談だったのに」
驚いたムーズ。
その横でアマルティアが脱ごうか脱ぐまいかと悩んでいた。
坂を降りきると……ジャングルだった。
湿気が凄くて蒸し暑い。
道路は相変わらずの石畳だが、少し逸れた地面は……踏めば水が染み出してきそうな感じだ。
そして見上げる空。
半分は左右に延々と延びる切り立った崖でもう半分は分厚い雲。
その雲は崖の上を隠してしまっていた。
「そうか……雨を降らす雲よりも高い高い位置に在ったから乾燥してたのか」
ヴェスペの砲台の上で休んで居たペトラが納得と呟いた。
車両を操縦しているの、今はローザだ。
「季節に依って、風向きでも変わるのでしょね」
オリジナル・エルもふーんと頷く。
「ねえ……そろそろバイクも良いんじゃない?」
エレンを筆頭に退屈そうにしている犬耳三姉妹。
「あんまり気持ち良く走れそうに無いけど……いいの?」
ペトラが尋ねた。
「ここにジッとしてる依りかはいいよ」
「じゃあ、次に停まった時にでもマリーにお願いしてみれば?」
エルは……まあ、好きにすればとそんな顔。
「もう、クモの糸の牽引も必要無いだろうし……それも外さないとね」
操縦しながらのローザ。
「そっか!」
ネーヴは自分の腰に巻かれた安全ロープ代わりの糸をほどく。
それを見て、おっと私もと全員が腰をゴソゴソ。
と……一人、エルが止まる。
手は腰の糸に当てたままで……視線はデッキの後方の角。
「ん? どうしたの?」
不審がったペトラが声を掛けた。
「うん……なんか」
砲弾が並ぶソコを指差して。
「小さいのが……」
首を捻る。
「ああ」
ウンウンと頷いたペトラは告げた。
「ガラガラヘビが子供を産んだの」
「え!」
固まったエルを尻目に犬耳三姉妹が食い付いた。
「ああ! ほんとだ可愛いね」
「何時の間に卵を産んだの?」
「あ! ガラガラヘビは卵は産まないで、直接子供産むの」
ピンと人差し指を立てて、講釈を垂れる雰囲気で。
「私も知らなかったんだけどね」
笑った。
「そか、でも今で良かったね。昨日迄なら子供を抱えているのは怖かったろうにね」
「あ……逆みたい、怖かったから子供を産んだんだってさ」
「なんで?」
「たぶん、種を残す為の手段じゃないのかな?」
操縦中のローザの意見。
「死の危険が出産の起因に成るって聞いたことが有る気がする」
「でもさ……交尾したから子供を産むんでしょう? タイミングを選べるモノなの?」
「交尾は……2年前だって言ってるけど」
ペトラは奥に隠れて居た母親ガラガラヘビを指した。
「季節が2回か3回かで出産がその度にでも、一回の交尾で良いんだって」」
「へえぇ……スゴイのかな?」
驚いてみたものの……良くわからないと首を傾げたエレン。
「一回の交尾で3年毎年、子供を産む……」
唸ったアンナ。
「効率は良いんだろうけど……なんか愛が無いよね?」
「交尾が愛なの?」
ネーヴは今一ピンと来てないらしい。
「いや……そうじゃあ無いけど」
やっぱり唸るアンナ。
「でも……そなのか?」
「まあ……良くわかないけど」
ローザが笑う。
「新しい旦那が出来ても……3年前の別れた男の子を産んじゃうって事だよね?」
「そう! それ!」
大きく頷いたアンナ。
「そこに愛は有るのか? って話!」
「蛇だから……それでも良いんじゃあないの?」
ネーヴは諦めた感じだ。
「愛は有るみたいだよ」
ペトラが俯いて。
「交尾は……丸一日やりっぱなしだってさ」
耳まで真っ赤にして言った。




