013 元国王とムーズの伯爵家の前職は?
一行はまた草原を進んでいた。
先頭は相変わらずのルノーft-17軽戦車。
その両脇を犬耳三姉妹のバイクが前に出たり後ろに下がったり……あるいは左右にウロチョロと。
ここ最近の何時もの光景。
今回……少し違うのは。
ネーヴの口から長いフランスパン……バケットが生えていた。
そしてソレを後ろから見ていた……幌車の中から顔を覗かせるクリスティナ。
手にはやっぱりフランスパン。
小さく千切っては口に運んでいる。
その背中合わせに座っていたアマルティアが口を開いた。
手には同じくパンを持っていたがソレを食べる為ではなかった。
「ねえ……あの村」
見ている先には元国王。
「あのまま放って置いても良いの? 絶対……なんかオカシイわよ」
「おかしいな……」
頷いた元国王。
「わかっていて何もしないの?」
「あそこで何をしろと?」
「奴隷の子供達とか……」
「ワシが助けてもその面倒は見きれん……あの子達が一人前に成る前にワシの寿命は尽きる」
「寿命って……」
「この爺さん……この男は見た目元気だから忘れてるのでしょうけど」
マリーが横から元国王を指差して。
「これでも百歳は越えてるのよ……ヨボヨボの爺さん」
「明日、死んでも何の不思議もない」
笑った元国王。
「それにあの子供達だけを助けても意味は無い。あのような境遇に置かれている者は今のこの国には腐る程おるじゃろうからな」
「戦争に勝てなかったから……国庫も空っぽだろうし」
マリーはパンを口に入れた。
「勝てなかったと言う事は……敗戦国と変わりは無いのよ」
「まあ……王都に行くのじゃ」
チラリと外に目を向けて。
「それなりの役職の誰かに、村の事は話はする」
「それにまだ別の何かを隠してるみたいだしね」
フランスパンが固いのだろうか、口の中のモノが飲み込めない様子で悪戦苦闘しながら。
「今の私達が暴れても……後でその証拠か何かを隠されたら……余計に面倒に成るでしょう」
「何かを隠してるって?」
首を捻ったアマルティア。
「犯罪か何か?」
「言葉選びがおかしかったでしょう?」
マリーはまだ口の中に残っているのに、追加でパンを放り込む。
「目線もルノーft-17軽戦車を見ない様にあからさまに外していたしな」
元国王は脇に置いていた水筒を取り出した。
「わかんない?」
唸るアマルティア。
と、無線からエルの声。
「ルノーft-17軽戦車と言えば……戦前は親衛隊が主に装備していたはず」
「そうじゃな……あれを見れば普通はそう考えるじゃろう」
「親衛隊が?」
何か?
やっぱりわからないアマルティア。
「親衛隊は国防警察と並んでの国の警察組織じゃ……つまりはヤマシイ事をしている者には警戒させる代物じゃ」
水筒から飲み物を出してマリーに差し出した。
「先日に来たと言う黒い制服の兵士のマークがカギ十字とワザワザ言い直したのもおかしいし……用事を聞いてそれだけ? と、驚くのも変じゃ」
「黒い制服の兵士に……立て続けに親衛隊の装備のルノーft-17軽戦車」
胸を叩いて顔を白黒させ始めた。
「悪い事をしていればそれだけで大慌て……でしょうね」
元国王から差し出された飲み物を引ったくった。
「まあ……地下に隠れている」
マリーの背中を軽く叩きながら。
「エルフが何かを企んでいるのか……それとも」
「それとも?」
「それとも……」
元国王はアマルティアを見て。
……。
「わからん」
「え!?」
「何か悪い事をしているのでしょう?」
ゲホゲホと咳き込みながらのマリー。
「それを調べるのは警察の仕事……私達は見たままの事を通報するだけ」
「兎に角、王都に行ってからじゃな」
「元国王なのに……」
「元は元よ……今はただの普通の老人」
ホッと一息吐くマリー。
「今は国王制は廃止されて……連合の共和国じゃからの」
「結局の所……国が悪いってことね」
無線からまたエル。
「あの村の小麦畑を見れば……それなりの収入には成るでしょうけど……それでも
悪い事や娘達に売春をさせたりとか……奴隷を売るとかしないと生きていけない程に貧乏って事よね。立派な小麦畑が有るのだから普通ならそれを大事に育てれば村としても生きていける筈なのに」
「まあ……そうじゃの」
頷いた元国王。
「戦争が終わって二年……まだまだ国は混乱しているのは確かじゃ」
「経済も元通りには程遠いって……お爺様が」
端の方で聞いていたのだろうムーズが入ってきた。
「貧困対策はまだまだこれから……それ以前の経済対策からかの」
溜め息を吐いた元国王。
「そのへんも……少し話してみるかの」
「でも……景気は自由にコントロールするのは難しいのでしょう?」
ムーズがニジリ寄り、話の中心に身を乗り出す。
「戦後の混乱で、経済……特に物流が混乱しているからデフレから抜け出せないって」
「フム……」
方眉を上げた元国王。
「そうか……御主の爺さんは元は経理専門の内政貴族じゃったな」
「財務官僚って感じね」
マリーがボソリと呟いて頷いている。
「生産は主に農業じゃな……それは人手を掛ければ一年もすれば元に戻る」
「工業は?」
マリーが疑問を挟む。
「工業は主にドワーフが担っておる……先の戦争では大儲けはしても被害は無い」
「確かに……そうか」
頷いたマリー。
「だが……市中に金が無い」
話を元に戻しての元国王。
「だから物流が整っても売れない」
掌をヒラヒラ。
「買い手に金が無いからじゃ」
ムーズを見て。
「完全なデフレ状態じゃな」
眉間にシワを寄せて考え込むムーズ。
「お金が無いなら……物々交換では?」
「それでは運ぶ荷物が大きく成りすぎる」
「さっきの村の小麦だと……それに見合う肉とかと交換するには、運ばないといけないって事か」
アマルティアも一緒に考え出した。
「そうじゃな……肉は元から運ぶとしても交換された小麦も運ばなくてはいけなくなる……本来なら金に変えて小さくして、行きと帰りで別々の商品を運べるのにそれが小さくならんと成るわけじゃ」
「そうか……だから物流がおかしく為るのか」
頷いたアマルティア。
「では……どうすれば?」
ムーズが元国王に答えを求める。
「そうじゃな」
考え込む元国王。
「ワシなら……カードを復活させる」
「お金のやり取りの出来る魔法のカードですか?」
今更? そんな顔をしたムーズ。
「それでもお金が無ければ同じなのでは?」
現金もカードでもお金はお金だ。
無いものはカードにも反映されない筈。
「その上で税金を取る」
「無いのにまだ税金をですか?」
「そうじゃ」
大きく頷く元国王。
「今でも金持ちは居る。なのでソコから金を取る」
「それでも……それは国にお金が入るだけでは?」
「そして貧乏人にはマイナス税を掛ける」
「マイナス?」
「簡単に言えば……ベーシックインカムってやつじゃ」
肩を竦めて。
「収入が少ない者には金を配る」
「国にお金が無いのにですか?」
先の金持ちからの税でも賄えないと首を捻った。
「そうじゃ……無いなら国で刷れば良い」
両手を広げて。
「元々は国が発行する金じゃから……」
ニヤリと笑い。
「幾らでも出せるぞ」
少し呆れたムーズ。
「そんな事を刷れば直ぐにインフレが起こるでしょう」
経済の簡単な話だと、お爺さんに教わっていたらしい。
「今はデフレなのだから……インフレにすれば良いのじゃろう?」
しかし、それを簡単に終わらせる元国王。
「それでは国の信用が……」
「誰に対しての信用じゃ?」
人差し指を立てて。
「今は国は一つじゃろう……隣国も何も無いなら信用は国と市民の間だけじゃよ」
「人はお金が有れば遣う……生きる為だけじゃなくてもね」
マリーも頷いた。
「遣えばそれがグルグル回る」
「貴重なモノでは無くなれば余計に遣う……税金で取られるくらいならもっと遣う」
元国王はムーズに指を突き立てて。
「適当な頃合いで調整すれば良いだけじゃ」
ドドーンと盛大な擬音付きでだった。




