134 逃げるが勝ち
ゴメン
寝てまった……。
翌朝……日が上ると同時に起こされた。
目覚ましの音は銃声。
オリジナル・バルタは眠い目を擦り。
「なに?」
と、ルノーftの砲塔の中、頭をぶつけない様に起き上がる。
前の運転席で寝ていたオリジナル・ヴィーゼも目を覚まして苦い笑顔。
「晴れた」
そして、上を指差した。
「あああ……」
納得と頷いた。
「空の魔物が来たのね」
「バルタ! 起きてる?」
無線からの声はオリジナル・エル。
「すぐに移動……しよう」
「そうね」
まだ少しばかり頭がハッキリとしない。
「先に行くわよ」
ヴェスペのエンジン音。
「クモゴーレムは着いてきて」
「私達は……ロバ車が動いたらその後でね」
バルタは無線では無く、ヴィーゼに声を掛ける。
ロバ車は今は三台。
そして、生身のみんなは警戒して、車両で眠っていた。
もちろん、テントなんかも張っていない。
何時でも動ける状態での休息だった。
寝ないでも済むゴーレムの体が羨ましい。
ルノーftのエンジンが掛かり動き出した。
バルタは砲塔を後ろに回して、ハッチを前に持ってくる。
左手にmp40を掴んで……右手で観音開きの右側だけを押し開けた。
多少の雲が残るが、それでも青い空が見えた。
もちろん魔物も。
「多いな……」
バルタの耳にも魔物の気配は聞こえていた。
それでもハッキリとその方向がわからない理由は……魔物の数が多すぎたのだ。
空の何処の方向を見ても魔物が飛び回っている状態。
それでも、魔物に指向が見える。
明らかに私たちの後方を気にしている風だ。
体を反転させて砲の照準器を覗いた。
1ヶ所に魔物が集っている。
同族同士、または違う魔物にギャアギャアと威嚇して翼を振り回して飛んだり近付いたりの繰り返しで魔物団子に突撃しているヤツが見えた。
なにを? と目を凝らすと……白い何かを啄んでいる様子。
もう少し観察を続けて理解した。
昨日の生焼けで放置した、クモゴーレムの糸で巻かれたマリーの魚だ。
「なるほど……エルが急いだ理由はこれか」
魚を気にしている今のうちに逃げようって事の様だ。
もう一度ハッチに視線を戻す。
上の魔物はもうわかっている。
今度は体を振って左右の確認。
大きな岩がゴロゴロとしている所を小型のクモゴーレムに乗ったゴーレム・ヴィーゼが右手に見えた。
左はゴーレム・私。
ゴーレム・エルは少し後方なのだろうか?
見えないので斜めの死角のどちらかだろう。
前はロバ車が一列だ。
弾薬を積んだロバ車、次が雑貨で最後がアマルティアのゴーレム兵の運搬車両。
各々に警護の積もりだろうかアマルティアのゴーレム兵がロバに直接に乗っている。
見たところ……動かしているのは3体?
アマルティアは長期戦を覚悟しての節約だと思われる。
荷物にはゴツくて頑丈な幌が掛けてあるので、追い払うでじゅうぶんでは有るのだし問題ないのだろう。
時折はぐれた様に降りてくる魔物は一匹か二匹か。
それはstg44のバラ弾で簡単に追い払う事も出来ている。
イザとなれば3両目の荷箱のゴーレム兵を動かすのだろう。
そして、クモバモス。
こちらは窓から銃が突き出されている。
壊れて窓も無いので何処に向けるのも自由だ。
タヌキ耳姉妹が乗っているのだし、近付こうモノなら簡単に狙撃される。
アマルティアもそっちだ。
アンも居る。
もう運転の必要も無いのだし、ローザだって銃を撃てる。
マリーは……良くわからない。
クリスティナは守られる方では有る。使役している鳥達もこの空では役には立たないので仕方がない。
さすがのコノハちゃんでもプテラノドンには敵わないと思う。
まあ、弾込めは出来るのでそれで役に立って貰えばいいのだろう。
ヴェスペは犬耳三姉妹が乗っているし、なんなら後ろのクモバモスからの援護も期待できるから大丈夫だ。
あとは何処まで速度を上げられるかだ。
全隊を一塊としてバラけない速度で、出来るだけ早くにここから離脱したい。
とにかく逃げるが最優先だ。
まともに戦うには魔物が多過ぎだ。
暫く道なりに進むと、渓谷にぶつかった。
竜の背の反対側は道を挟んで深い谷。
その谷の向こう側も90度の絶壁。
谷底は霞んで見えない。
そして、道はその谷に沿って蛇行しながら延々と下っている。
「なによこれ……もしかして今まで山を登っていたの?」
オリジナル・エルがヴェスペを止めて呟く。
「そうかも知れない」
犬耳のエレンは操縦しているペトラの膝に居たナキウサギを指差して。
「標高の高い所の生き物だもの」
「空の魔物が……特にプテラノドンは竜の背から降りて来ていたのね」
アンナは左手で上を指す。
「もしかすると、混ざっていた始祖鳥かハゲ鷹はここが住み家とかね」
ネーヴの意見。
「どうしたの?」
無線からオリジナル・バルタの声。
「なぜ止まったの?」
エルは唸りながらに無線機を取って。
「ここから下り坂なのだけど……雨が降ったらヤバそうなの」
あの勢いの雨では道路が川になり、その途中に居れば鉄砲水で流される予感しかしないと説明した。
「それに、雨が降らなくても崖が危ない……上も下も」
エレンがそれに付け足した。
「昨日までの雨で崖の壁が緩んでるかもしれない、チョッとした振動で崩れるかも……だね」
「他に道は?」
「無い」
エレンが言い切った。
「じゃあ……進むしか無いじゃないの?」
バルタも無線で言う。
「そうなんだけど……何か対策が欲しい」
「ねえ……クモの糸で車両を繋いだら?」
オリジナル・ヴィーゼが提案した。
「昨日、少しだけ乗せて貰ったのだけど……クモゴーレムは地面をシッカリと掴んでいる感じだった。もしかして崖が登れるとか?」
「この崖は無理そうだけど、掴んで踏ん張る事は出来そうだよ」
ゴーレム・ヴィーゼが試しにと崖にヘバリ着く……落ちる方の右側だ。
「危ないわよ!」
オリジナル・エルが慌てて叫んでいた。
「大丈夫、糸の端は残して有るから」
ゴーレム・ヴィーゼはクモバモスを指差した。
「この状態なら……延々とぶら下がって降りられる」
「まあ……崖を降りるは却下しても、車両を繋ぐのは良さそうね」
オリジナル・バルタは頷いた。
「誰かが落ちても……この面子ならルノーftかヴェスペだと思うけど。糸に繋がっていれば引き上げては貰えそうね」
「クモバモスが落ちなければ……か」
オリジナル・エルも頷いた。
「ロバ車は大丈夫なの?」
オリジナル・ヴィーゼが聞く。
「ロバは元々山道に強いわ……しかも造ったのが山羊の獣人のアマルティア。もっと強くなっている可能性も有るでしょう?」
オリジナル・バルタが答えた。
「そうか」
納得したヴィーゼが頷いた。
「それにロバ車は落ちても軽いから」
ゴーレム・バルタが付け足した。
「クモの糸の強度なら楽勝よ」
「オーケー……それで行きましょう」
少し考えたのか皆の意見を聞いていたオリジナル・エルは決断した様だ。
オリジナル・バルタは端から前進する事を諦めても居ないのだし、それですべてが決定した。
早速準備に取り掛かる。
クモバモスの糸を適当な長さで切る。
一度出してしまえばナイフでも切れないのだけど、出しきる直前で……クモの腹の中でなら、ここまでと決めればそこで糸の端が出来る。
あとはそれを引っこ抜けばスポンと抜けた。
そして、切れない強度のわりには細くて柔らかい。
直径が1cm程の太さのナイロンの釣糸の様だった。
因みに、小さい方のクモゴーレムはその半分の太さ……たぶん釣り上げ強度も半分だと思われる。
どちらにしても一番に重いヴェスペを簡単に釣り上げる事が出来る強度だった。
その太い方でクモバモスを中心に前にヴェスペ。
後ろにルノーft。
ロバ車は独立して小型のクモゴーレムに繋ぐ。
ついでに荷物も糸でグルグル巻きにした。
後でほどくのが面倒そうなのだけど……橋から順番に解いていけば良いだけの話。
マリー見たいに短絡的にイッペンに切ろうとしなければ絡む事も無い。
「よし! 前進」
バルタが合図を出した。
「ユックリ行くからね」
エルが及び腰の返事。




