129 ひなん
最後に成ったバモスがゴールに辿り着いた時……中に乗っていた全員が頭の先まで泥々のずぶ濡れだった。
幸い雨はまだ降っている。
なので……外に出て天然のシャワー。
その場所は、緩い斜面で道路の両脇は硬い岩のガレ場。
地面が固すぎるのか、ここにミミズは居ない。
なので、それを食おうとしていたハイギョも近付いては来ない感じだ。
となれば、雨が止んでも空の魔物も近付かないのでは? とも思ったが……まあ、それは希望的観測で実際にその時に成らなければわからない。
ただ、水から出られてもここには長いはしたくないと前進を続ける。
「折角……泥を落とせたのに」
モゾモゾとしていたマリーが愚痴る。
「シートが泥水を吸ってるから意味無い気がする」
「仕方無いよ……まだまだ水位は上がり続けているのだしもっと安全な場所まで行かないとね」
ローザがハンドルを掴みつつにわらった。
少しホッとしたのか皆は気が抜けた感じだ。
バモスはもう自力では動かない。
なので、今は後ろからアマルティアのゴーレム兵が押していた。
だから、速度は相変わらずに遅い。
そして、タイヤを転がすので誰かがハンドルを握らなければいけない。
電気系統も完全にパンクだから、パワステも効かない状態だが……そこは幸いに道が真っ直ぐだった。
まあ、ローザの種族はドワーフなので種族的にも力は強い方だからもっと問題ないとも言えるのだけど。
水から出て3時間ほどたった。
時間は昼下がりは越えているが夕方には早い感じだ。
移動の速度はゴーレムの歩く速度……時速にして5キロほどだと思う。
なので、掛ければ15キロの移動となった。
緩い坂でもそれだけ進めば流石に高い位置にまで登れる。
そして、その距離に成ればもう溢れた泥水の沼は見えない。
移動中に振り返って見たそれは、最初こそ溢れた水だが。スグに濡れた泥。そして最後はもうとても水とはわからない光った平らな影。
それも時間と移動距離で目視も出来なくなって、そこから更に進んで今に至る。
「ここら辺りで休憩しない?」
マリーの限界の様だ。
「乾いた泥がカピカピで痒いわよ」
「ゾンビでも痒いんだね」
アマルティアのそれは素朴な疑問。
そして、マリーの答えは。
「痒い……気がするのよ!」
だそうだ。
でも実際に痒くて不快感が有るのは事実だとバモスの皆も同意した。
「ここまで来ればもう水は大丈夫だよね?」
ローザも無線で訴える。
「わかった……みんな停止」
オリジナル・バルタが号令を掛けた。
「誰か……食べ物を頂戴」
全体が停まったその瞬間にオリジナル・エルが訴える。
「三姉妹が空腹で死にそう」
そう告げた声にも元気がない。
空腹と疲れがドッと出たのだろう。
雨はまだ止みそうに無いので、戦車で囲んで天幕を作る。
堂々と道の真ん中だ。
流石にアレでは後ろから人は来ないだろう。
前から人が来ても通行止めだと説明すればすむ。
だから遠慮はいらない。
「ふわぁー……助かった」
「生き返る……」
「フガフガ……フグッ」
犬耳三姉妹は両手で持ったパンを交互に口に運んでいた。
「でもホント助かったよね」
オリジナル・エルも貰ったパンを噛りながら。
「それもバルタのお陰ね?」
「たしかに……流石はバルタだ」
アンは頷いて、自分の首を指差して。
「ここまで水に浸かったよ……あと一歩、初動が遅れていたらココに成っていたな!」
指を動かして、頭の天辺。
「車はダメにしちゃったけど、命は助かったしバルタ様様」
ローザも頷く。
それに同調するアマルティアにペトラにクリスティナにムーズ、そしてマリー。
犬耳三姉妹は空腹で、ほぼ思考停止の気絶状態と変わらないので論外としても皆は大絶賛と感謝をそのまま告げた。
だが、オリジナル・ヴィーゼは首を傾げる。
「逃げるって……決断したこと?」
皆を順に見る。
「まあ、たしかに凄いけど……たまたまでしょう?」
「いえ、知識として砂漠での死亡は水難事故だと知っていて……それをスグに現在の状況と結びつけられるのは、やはり凄いと思いますよ」
「水難?」
混乱し始めたヴィーゼ。
「バルタから説明は無かったの?」
マリーが笑った。
ヴィーゼはバルタを見た。
ルノーftを見た。
雨が降っているからオリジナルのバルタは籠って出てこないのだ。
「説明するとだ……」
マリーは得意気に話始めた。
それを聞いて驚いたオリジナル・ヴィーゼ。
「そうだったの?」
口と目は真ん丸に開かれている。
「だから……急げってあわててたのか!」
成る程と大きく頷いた。
「うん! 流石はバルタだ」
その話を少し離れて聞いていたタヌキ耳姉妹。
少し考えて……一応は頷く。
水位が上がっているあの時の状況で聞いても、実は半信半疑だった。
バルタなら考えてるかもしれない……。
バルタがそこまで考えているわけがない……。
どちらも言えると思っていたからだ。
見た目は黙ってる事が多いけど……言葉数も少ないし。
でも……はてさて本当に考えているのかはわからない。
実際には誰か他に決断してくれる人が居れば、考える事はしないタイプだし。
でも今はパトは居ないから、バルタがリーダーだ。
うーん、やっぱり考えていたのかな?
等と考えていたタヌキ耳姉妹を遠巻きに見ていたゴーレム・バルタが小さく誰にも聞こえない声で呟いた。
「うん……正解」
同じバルタだからわかって居たのだ。
あの時……急げと言ったのは、ミミズが嫌いだからだ。
昔っから細長いモノには兎に角驚くのだ。
例えば……キュウリとかでもだ。
それでも蛇は大丈夫。
それはバルタの家が蛇を尊敬して神格化していたからだ。
蛇神様……。
だから、家族全員が怒るときは「シャーッ」っと喉の奥を鳴らす。
それは蛇の声真似で、神様が怒っているぞと相手に知らせる為だった。
つまりは、早く出発しようと言ったあの時も、ミミズに対して「シャーッ」って小さく威嚇していたに違いない。
背中に毛が生えていたら逆立って居たかもだ。
だから水難とか洪水は関係が無い。
だって、私がそれを知らないと言い切れるから……間違い無い。
因みに私は細長いモノはもう克服した。
ってか……土塊の体だと怖いモノは無いし。
それに……こんな運命を押し付けたなら、神様だって信じない。
総てのモノに対する怒りなんて、とっくに諦めに変わっているのだから。
もう驚く事も無いのだ。
だけど……みんなが勝手に勘違いしているなら黙っていようとも思う。
だって、それには多分に私にも同じだと思われているからだ。
それは元が同じなのだから、そうなるのは普通だし。
その方が何かと面倒が無い。
自分に取って有益な勘違いは大いに歓迎だ。
等と考えながらにムフフと笑う、ゴーレム・バルタだった。
「でもさ……これからどうしようか?」
ローザは話を変えた。
「車がダメになったから……人の割り振り」
「でも……もうそんなに人は乗せられないわよ」
ヴェスペを指差したオリジナル・エル。
「牽引車にだって砲弾を戻して欲しいし……イザという時にイチイチマリーに出し入れを頼むのも間に合わない可能性だって有るだろうから」
唸るエル。
「見てたけど……アマルティアのロバって中々に優秀だったよね?」
ロバ車を指差したゴーレム・バルタ。
「アレに引かせるとかは?」
「壊れた車を?」
「新しく荷車を作ってもいいけど……材料はマリーの転送の風呂敷で出して貰えばいいんじゃない?」
「そうね……」
唸るローザ。
その肩を叩いたゴーレム・エルとゴーレム・ヴィーゼ。
ニコニコとして手を後ろに回している。
「あ!」
その笑いからには覚えの有るバルタとタヌキ耳姉妹は声を上げた。
「ダメよ!」
「危ない!」
そんな注意を発する前に……ゴーレム・ヴィーゼの後ろの手がローザの目の前に出される。
その手にはウニャウニャウニウニと足を動かしていた、大きな魔物では無いクモが居た。
「捕まえた!」
「うぎゃ!」
仰け反るローザをみて。
二人して声を出して笑った。