128 ゴールまでの距離
水位が随分と上がってきた。
足しを突っ込めば足首の上から膝下くらいだろうと思う。
「駄目だ……限界」
ゴーレム・ヴィーゼはゴーレム・バルタにうったえた。
極力波を立てずにモンキー50zを進めても、もうゴボゴボと廃気音が息を着き始める。
顔をしかめたゴーレム・バルタ。
無線機を取り。
「バルタ、ルノーftの後ろに載っけてくれない?」
オリジナル・バルタに頼むのだった。
「わかった……いったん停まる」
それを聞いたゴーレム・バルタはモンキー50zを肩に担いでルノーftの後ろの牽引車によじ登る。
牽引車には荷物が満載だったので無理矢理に体をねじ込んで、バイクは肩の上のままだ。
「バルタ、これもお願い」
ゴーレム・ヴィーゼが自分の乗っていたモンキー50zを差し出した。
頷いたゴーレム・バルタは両肩に乗せる。
次にゴーレム・エルはバイクをいったんヴィーゼに預けて、自分もよじ登った。
そしてまたバイクを受けとるとバルタに並んで肩に担ぐ。
「APトライクの方を見てくる」
水没した道路に残ったヴィーゼはそう告げて、水を掻き分けて走っていった。
さすがに水が得意なヴィーゼ、その足取りは速い。
素早くトライクに近付いて、運転していたゴーレム兵に指示を出した。
もうAPトライクの方も限界だったのだ。
「ヴェスペを一瞬だけ停めて」
無線機で声を飛ばした。
わかったと返事と同時にヴェスペが停まる。
後ろには砲弾が山と積まれた牽引車。
さっきと同じ様にしようとよじ登ろうとした時。
後ろから声を掛けられた。
「待って」
振り向けば、マリーがゴーレムに肩車されて近付いて来る。
手には転送の魔方陣が掛かれた風呂敷を持っていた。
「あまり時間は掛けたく無いのだけど」
ゴーレム・ヴィーゼが声を掛けた。
「大丈夫よ、スグに終わるわ」
マリーは牽引車の砲弾の上に器用に登り。
そこに適当に風呂敷を広げると、ゴーレムに指示を出す。
頷いたゴーレムは手早くその風呂敷の上に砲弾を置いていった。
魔方陣が光、砲弾が吸い込まれていく。
それを次から次へと繰り返して、スグに牽引車は空に成った。
「これで、APトライクも簡単に積めるでしょう?」
大きさ的にトライク自体は転送は無理なのだろう。
風呂敷のサイズは五巾……175cm角。
マリーのそれは二四巾90cm角の一升瓶を包む大きさを四つ繋いで出来ていた。
なので、2mを越えるAPトライクは無理なのだ。
「ねえ……それだとモンキー50zは転送出来ない? 長さで140cmくらいなのだけど」
「その大きさなら出きるけど」
マリーは頷いた。
「だったら」
ゴーレム・ヴィーゼはマリーを担ぎ上げて、後ろに走る。
「ルノーftの後ろの牽引車もお願い」
車両は四つに為った。
戦車が二台にロバ車にバモス。
そして、水深は50cmを越えてきた。
「ますますヤバく為った来た」
水を掻き分けて先頭を走るヴェスペの運転を変わったゴーレム・ヴィーゼが叫ぶ。
上から見ればボートが水面を走る様な逆V時の白波が出来ている。
「左!」
無線からオリジナル・バルタの声。
そちらからは巨大なハイギョが迫っていた。
「撃つよ!」
オリジナル・バルタの声がもう一度。
すぐさま砲撃音と縦に立ち上った水飛沫と魚の肉片。
「もうこの深さだと道路の上にも魚が来るよ!」
流石に戦車を一飲みとはいかないのは見ればわかるが、水面で浮力の着いたバモスは押されて道路から外れる危険が有るのだ。
そうなればもうそこは泥の沼で身動きが出来なくなる。
それで無くても泥水で道路の確認が難しい状況なのに、いい加減に邪魔はしないで欲しい。
そのバモスも何時までも走れそうにないのにだ。
「最悪はゴーレムに担いで貰うしか無いのか?」
ローザが唸っていた。
エンジンに水が入らない様に、気を付けながらの運転だ。
「パトのシュビムワーゲンなら……なんの問題も無いのに」
二言目のこれは愚痴。
「ゴールが見えてきたよ!」
ヴェスペがもう一段、加速した。
水を平らな底に押し退ける圧に負けて、上下と履帯が地面から離れるのだろうスピードが前後に振られている。
そのスピードにはバモスは着いて行けそうに無かった。
みるみると離されていく。
「待ってよ……」
情けなく懇願するローザ。
ロバ車にすら追い付けないでいた。
仕方無いとオリジナル・エルはルノーftで押してやる様にと運転してオリジナル・ヴィーゼに指示を出す。
後ろからガツンとブツカリそのまま加速。
ルノーftの方は油圧で目一杯に車体を押し上げた状態だ。
たまに履帯がバモスのボディーを削るのだが、そんな事は気にはしていられないとグイグイと押していった。
そして、バモスの車内にも水が入り込み。
濡れたシートがお尻を湿らせ始めた頃……ついにバモスは悲鳴を上げた。
ガカン……ゴロゴロ……ゴン。
エンジンからの異音。
もちろんエンジンはもう動かない。
「今の音はなに?」
バモスに戻っていたマリーが叫ぶ。
「ウオーターハンマーの音……エンジンに水が入って圧縮出来ない水がコンロッドを曲げたの」
悲しい声のローザ。
「それって……もう動かないってこと?」
アンも不安げに聞いた。
「修理……出きるかな?」
ひきつった笑いに成ったローザが首を捻る。
そして、もう握る必要の無いハンドルを手放し、後ろを振り返って。
「アマルティア……お願い」
頷いたアマルティアは目を閉じた。
暫くして、バモスは持ち上がる。
担いだのはアマルティアのゴーレム兵が4体。
速度は格段に遅くは為るけど……高さを稼いで水深は2m以上は大丈夫だろうと思われる。
それは両手を上げたゴーレム兵の高さとバモスが水に遣っても、中の人間が呼吸が出きるであろう分を足しての話だ。
それ以上なら……もう泳ぐしか無い。
「バルタ……先に行って」
ローザは諦めたのか、無線で後ろのルノーftに告げていた。
水かさの上がった道路は、すでに湖に成ったいた。
雨は一行に止む気配は無いが、今はもうそれも有り難い。
止めば空の魔物が帰ってくるだろうからだ。
「後……どれくらい?」
両手を上にあげたマリーが聞いた。
濡らしたくないモノを上に抱えて居たのだ。
マリーの場合は、錬金術士の鞄だ。
同じく両手を上げていたローザが答える。
「もう……見えているんだけどね」
ローザが抱えて居たのはネーヴに頼まれた洋服の入った革のスーツケース。
ネーヴも1つを抱えていた。
「水が胸まで来たんだけど」
そのネーヴの腕はプルプルと震えていた。
バッシャーン。
スグ近くで水柱が上がった。
たぶん、ヴェスペの砲撃だ。
それを確認する余裕も無いのだけど……さっきから頻繁にそれが起こるからたぶん間違いない。
ヴェスペはもう既にゴールしていて……安全な所から砲を此方に向けていたのは最後に見た。
バモスに近付くハイギョに撃ち込んで居たのだ。
「しかし、鬱陶しい奴等だ……近付けば殺られるって事を学習できんのか?」
イライラを隠さないアン。
頭の上には銃。
「そこまで賢そうな顔には見えないけど?」
返事を返したのはアマルティア。
こちらも銃だった。
「さっき、顔が合ったけど……小さな丸い目で口はだらしなく横に広がってたよ」
「まあ……魚だし、みんなそんな顔なんだろうけど」
イナとエノは笑っていた。
ふたりはスッカリ諦めていて、なにも持ち上げては居なかった。
いや……心の中では思っていた。
なんでみんな持ち上げているの? と、だ。
濡らしたくないって事はわかっている。
だったら……マリーの転送風呂敷を使えばいいのに……だ。
まあ、それくらいに皆はパニックに為っているのだろうけど。
それでも、それが不思議で為らなかったのだ。
「なんで?」
タヌキ耳姉妹の独り言だった。